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現場検証

 太都は逃げるように宿の外へ出た。

 宿の周辺十メートル程は深い谷となり、吊り橋も落ちたままだ。

 せっかく外へ出たのだから気になる事を確認しようと、太都は吊り橋があった場所へと近付いた。

 吊り橋は二本の杭に麻のロープで繋がれていたようだ。橋は向こう岸の崖に垂れ下がっていた。どうやらこちら側のロープが切れてしまったのだろう。

 太都は杭へと近付いて、そこに巻かれた麻のロープの残骸をみた。


「やっぱり……」


 麻のロープの切り口は綺麗に整っていた。この切り口の様子から経年劣化ではなく、切断に刃物が使われたことがわかる。

 太都達の記憶を書き換え、この宿に連れてきてここへ閉じ込める。それが、犯人の目的なのだろう。


 ならば怪しいのは、間違いなくここの宿の従業員だ。

 この宿の存在は疑わしいことばかりある。

 太都が落ちた吊り橋をじっくり観察していると、背後から声を掛けられた。


「危ない!」


 振り向くと小さな身体の微々が、太都の方へとトコトコと駆け寄ってきた。


「微々ちゃん?」

「太都、死ぬ気!?」

「ん?」

「こんな崖の淵に立って、下に落ちる気なのかと思ったわ」

「ああ……ごめん。違うんだ。少し様子を見ていて」

「様子?」

「ちょっとね……」


 ここで太都が気が付いた事は一旦微々には伝えない事にした。無闇に打ち明けて不安にさせる必要はない。


「微々ちゃんはどうしたの?」

「やる事がないから外へ出ようと思ったの。そしたら太都が見えたのよ」

「ごめん。紛らわしい事しちゃって」

「別にいいわ。こちらこそ……早とちりしちゃったようでごめんなさい」


 小さな身体でちょこんと頭を下げる姿が可愛らしい。

 太都は小動物を愛でるように頬擦りしたくなるが、それをしたら微々を怒らす事になるのが容易にわかるためぐっと我慢した。


「んっ、痛っ」

「どうしたの微々ちゃん?」


 微々が突然頭を押さえて、眉間に皺を寄せた。


「ちょっと、頭痛がして。もう、大丈夫よ」

「本当に? 無理しないでね」


 日々の疲れが祟ったのだろうか。

 微々はもう何ともなさそうだが、彼女の体調が気になり何か宿で温かいもの飲ませて休ませたいと太都は思った。

 宿へ戻ろうと腰を浮かせた矢先に、突然別の誰かに話しかけられた。


「おっ、こりゃ珍しいな。小さい人間か?」


 野太い男の声に反応し、太都と微々は声のした方を見た。

 毛深く体格の良い熊のような男が、目をキラキラと輝かせながら微々を見ていた。

 怖がった微々が太都の腕の後ろへと隠れる。そんな微々の代わりに太都が答えた。


「ああ、少し事情があって、身体が小さくなってしまったのです」

「そうか、そりゃあ大変だ」

「あの、貴方は……」

「ああ、すまねぇ。俺は竹千代だ。立ち往生仲間さ」


 竹千代と名乗った男の頭に角は生えてない。どうやら人間のようだ。

 彼が差し出した手を握り、太都も自己紹介した。


「太都です。こっちの子は微々と言います。お互い大変でしたね」

「まさか吊り橋が落ちてしまうとはな」


 太都としては他の客が話し掛けて来るのは幸運だった。

 自分のようにここまで来た記憶がない人がいれば、それが謎解明への取っ掛かりになる可能性があるからだ。


「あの、竹千代さんは、何故この宿へ?」

「ただの一人旅の途中さ。偶々寄ったのがこの宿だったのだが、まさか鬼と人間の混合だとはな」

「そうだったのですか」


 竹千代も自分の足でこの宿へ来た記憶があるようだ。やはり、記憶が定かではないのは太都だけなのだろうか。


「お前達はどうなんだ?」

「俺達は鬼と人間の混合で旅をしています。急ぎの旅ではないのですが、矢張り足止めされるともどかしいですね」


 太都は自分の記憶のあやふやさについては口を閉じた。無闇に話して頭がおかしいと思われたくなかったからだ。


「ほぉ、珍しい。鬼と人間か……」


 竹千代が顎を触りながら唸ると、突然宿から悲鳴がした。


「何だぁ?」

「行きましょう!」


 太都と竹千代は顔を見合わせ、三人で宿へと小走りで戻った。


 宿の玄関を潜ると、広く大きな居間に人が集まり、その中の一部の者が外を眺めることができる窓を指差していた。

 居間で酒を飲み交わしていた雪羅と時雨も、窓に目を向け眉を顰めていた。


「何かあったの?」


 太都は二人に状況を確認した。


「誰か飛び降りた。多分二階からだ」


 雪羅は窓に釘付けになりながらそう話した。


「微々ちゃんはここで待ってて」


 それを聞いた太都は、微々を雪羅と時雨に託し急いで二階へと駆け上がった。

 重低音を響かせながら竹千代も太都の後へと続いてくる。

 先ほどの窓の位置から大体この部屋だろうと目測を付け、そこの戸を叩いた。

 誰からも返事がない。戸に手を掛けるも鍵が掛かっているのか普通に開かないようだ。


「開かないか……」

「こりゃ、内側から閂か何かを引っ掛けてるな」


 太都と竹千代が戸の前で立ち往生していると、彼岸花が視界の角で揺れた。

 しかしそれは見間違いで、宿の女中である水鏡の真っ赤な着物がそのように見えてしまっただけだった。


「どうしましたか?」

「水鏡さん、この部屋から落ちたのだと思うのですが戸が開かなくて」

「内側から閂がかかっているのね。壊さないと中を確認するのは無理ねぇ」


 水鏡は困ったように、顎に手を当てた。

 客が飛び降りた可能性があるというのに、彼女から冷静さを感じるのは太都の気のせいだろうか。


「ここは二階ですし、外から回って中を確認した方がいいか……」

「おう、兄ちゃん大胆な事言うねぇ。だがそれは無理だろう」

「そうですよ、お客様。丁度この部屋は崖ギリギリに建っているのです。外から回るだなんてとても」

「っ……、そうなのですか」

「そう気を落とさないでくださいまし」


 水鏡が強く握られた太都の右手を取り、両手でそっと掴んだ。太都は突然の触れ合いに驚き、一歩下がってしまいそうになった。


「水鏡さん?」

「おい、女中の姉ちゃん。この戸をぶち破ってもいいか? そうでもしねぇと埒が明かねぇ」


 痺れを切らした竹千代が、腕を振りながら水鏡へ提案した。


「そうですね。状況が状況なだけに仕方ありませんね」

「扉の修理代は俺が持つから安心しな」


 竹千代はニヤリと笑い拳を振り上げ、思い切り戸を殴った。

 大きな破裂音とともに木片が部屋の内側へと弾け飛んだ。


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