再会
「みんな、輝夜が生きてた!」
太都が輝夜を抱き洞窟へ戻って仲間達の方へと叫んだ。太都の抱いている者を見ればわかるが叫ばずにはいられなかったのだ。輝夜は表情を変えずに仲間達の顔を順に見た。
最初に駆け寄ったのは微々だ。微々は太都の身体によじ登り、肩の上から輝夜へ声をかけた。
「輝夜さん、生きていたのね」
「輝夜……なのか?」
雪羅と時雨は慎重だ。妖に噛み砕かれてぐちゃぐちゃになった輝夜がこの短時間で姿変わらず現れたのだ。何かあると勘繰るのも仕方ないだろう。
「あの、輝夜の荷物あるかな? 着る物がないみたいで」
「ここに」
時雨が輝夜の荷物から変えの衣服を取り出す。
「ありがとう。じゃあ輝夜下ろすよ?」
太都は輝夜を地上にそっと労わるように立たせた。輝夜の顔には相変わらず表情がない。
「俺は外に出てるから」
女の子の着替えに同席するわけにも行かないため、太都は一旦外へと出た。
森に囲まれた洞窟の外で太都は木漏れ日を、暇を潰すように眺めていた。
改めて見ると整備されていない天然の森の美しさに感嘆する。毎日が目まぐるしく変化し、日々忙殺されていたため、この世界の美しさに目を向ける暇がなかった。
太都は森を眺めながら、輝夜について考えていた。
妖に食われたショックなのか、まるで感情が欠落したようになった彼女の事を思うと胸が痛くなる。
PTSDというものが太都がいた世界線では認識されていた。過去に窮地に陥ったり強い恐怖を感じるとそれが原因で心が上手く機能しなくなってしまうのだ。
「連れて来るべきじゃなかったのかな」
「それは貴方が決める事ではないでしょう」
太都がぽつりと声を漏らすと、横に時雨がいつの間にか立っていた。
急な返答に太都は驚き、後ろに倒れそうになったが何とか持ち堪えた。
「時雨、び、びっくりした」
「輝夜さんの着替えが整いました。中へどうぞ」
「あ、ありがとう」
時雨は身を翻し洞窟の中へとさっさと戻ってしまった。太都も急いで後をついて行く。
洞窟の中には変えの着物を身に付けた輝夜が座っていた。目の焦点が合っておらず、見た目の美しさも相まり、まるで球体関節人形のようだった。
「輝夜、大丈夫?」
太都が恐る恐る声を掛けると輝夜はゆっくりと首を声がした方へと向けた。しかし、質問への返事は返ってこない。
「あの、俺の名前わかる?」
太都は急に不安になり、輝夜にさらに質問をぶつけた。もしかしたら、ショックで記憶がないのかもしれない。太都と出会った時も輝夜は記憶がないと言っていた。通常では考えられないが、そういう症状に陥り易い体質なのかもしれない。
「逸見太都……」
輝夜は続いてその場にいる全員の名前を順に言い当てていった。どうやら記憶障害ではないらしい。
「全く、あの元気娘がこんなに大人しくなると調子が狂うな」
雪羅は困ったように頭を掻いた。
輝夜はどこか定まらぬ視線で宙を仰ぎ見ている。彼女の目にはあんなに懐いていた太都含め何も映ってはいないのではないかと周りに思わせる程空虚なものだった。
「輝夜、ゆっくり休もう」
「そうだな、今日はこの近くで休むか。輝夜も疲れたんだろう」
雪羅が輝夜と太都の肩をバンバンと叩いた。雪羅が喋ると場が少し柔らかくなり、仄かに暖かくなる錯覚を覚えた。
「私、洞窟を探索したい」
輝夜がぽつりと口にした。
虚ろだった輝夜の目に光が灯りもう一度、耳を疑う皆同じ言葉を繰り返す。
「私、妖と戦いたい。もう大丈夫。魔法の効かない相手がいる事を理解したし死なない」
「輝夜、ダメだよ。休まないと」
輝夜の体調を考えるとこれ以上動くべきではない。太都は輝夜の無防としか思えない提案を説得しようと、彼女の華奢な肩を強く掴み少し強めに声を出す。
「大丈夫よ、太都。今度は上手くやる」
輝夜は太都の肩に手を置き、満月のような瞳で見つめ、太都の肌に艶かしい息を掛けた。
輝夜が見せたことがない色っぽさに太都は戸惑い、思わず輝夜を掴む力が弱まってしまう。
彼女は太都の事を名前で呼んだ。“ダーリン”とはもう呼ばないのだろうか。太都はやはり輝夜に嫌われたのだろうかとまた不安になった。
「輝夜……」
「いいから太都の言う通り今日は休むぞ。そして魔法を使った戦い方の練習だ」
雪羅が太都と輝夜の間に割って入る。輝夜も一晩程度ならと雪羅の提案を受け入れた。
それから皆は安全な岩陰に身を隠しそこで夜を明かした。就寝するまでの間輝夜は雪羅にみっちりと戦い方を叩き込んでいた。
輝夜にボロ負けした雪羅が戦い方を享受していることに太都は不思議なおかしさを感じていた。
こうしていると輝夜が殺された時の絶望が嘘のようだ。
太都が雪羅と輝夜をぼんやりと見ていたら、下から裾をクイクイと二回引っ張られた。小さな微々が太都を見上げている。
「微々ちゃん、どうしたの?」
「聞きたいことがあるの」
「何?」
「狼型の妖を倒した時の太都のあれは魔法なの? 何で輝夜より魔力がない太都の魔法は効いたのかしら」
「この世界の仕組みはよくわからないけど、多分俺が使ったものは魔法認定されなかったんじゃないかな」
「魔法以外にあんな現象を起こす方法があるってこと?」
信じられないというように眉をひそめる微々に、太都は巻き物を取り出し見せた。そこに表示されている掃除人の項目を指差す。
「何この職業?」
「俺、掃除が好きなんだけど、掃除をしていたらこんな能力を得たんだよね、水の技はこの掃除人って職業特有の技みたい」
「弱そう」
「ゔっ、返す言葉もないな。俺の親は掃除の会社を経営していて、俺自身も掃除好きなんだ。気分転換に掃除をしていたらこんな職業が付いてた。勇者には向かないってことなのかな」
「そんなことはないと思うけど……」
微々は太都の巻物をよく覗き込んだ。そして、訝しげな顔をしながら考え込んでしまった。
「太都の魔力の数値、魔法専門の私でも見た事ない桁違いのものなの」
「そ、そうなんだ。うーん、実感ないなぁ」
太都は首を傾げながら、手を握ったり開いたりを繰り返した。その手は空気を掴むだけで、なんの力も感じない。とてもじゃないが輝夜に比べて己の魔法は平均レベルで、魔力が最高値に達しているなど到底思えなかった。
「輝夜さんと同程度……もしくはそれ以上あってもおかしくないはずなのに」
「俺が戦い初心者で全然使いこなせてないからね」
「そういう事もあるのかしら」
微々は納得がいかないのか、また考え始めてしまった。
魔法の事になると真剣になる様子を見ると、微々は魔法が本当に好きなのだと実感する。身体が小さくなり思った通りに魔力を発揮できないのは、彼女にとってとても辛い事だろう。
太都は微々の魔力を元に戻してやりたい。そう思うのだが、彼女が元の魔力を取り戻す事がいいとは言い切れないと太都の勘が告げていた。
微々の話には矛盾が多い。その矛盾を解決しない事には解放してはならないと、太都の心が警鐘を鳴らしていたのだった。




