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輝夜が消えた日

 ※


「ねぇ、太都君。お願いがあるの」


 十歳程の少年と少女が、部屋でトランプを裏返しに並べ神経衰弱をしていた。子供の有り余る時間の暇つぶしとしてカード遊びは最適なものの一つだった。

 テレビゲームも悪くはないがソフトを簡単に買って貰えるわけではないので、ソフトに飽きてしまえばこう言った古典的な遊びへと落ち着くのだ。

 二人でやる神経衰弱はいつも勝ち負けが拮抗していた。

 少女は賢く記憶力もいい。一方太都は平凡で少女に比べ記憶力がいいとは言えなかったが、洞察力や直感力が優れており少女の機微や反応、それと己の勘で手持ちのカードを揃えていった。

 この日は少女が一勝、太都が一勝でイーブンだ。三回目の勝負を始めようとした時、少女は太都の事を大きく潤んだ瞳で見つめた。

 その視線は十にも満たない少女が扱うには色っぽく、年上なはずの太都の心を翻弄し掻き乱した。


「どうしたの?」

「この勝負。もし、私が勝ったら私の事お嫁さんにもらってくれる?」


 少女は照れ臭そうに首を傾げながら、太都に一生のお願いをした。

 太都の胸は喜びの踊りを舞い、幸せという名の欲望が彼の体温をぐんと高めたのだった。

 少女も自分を欲していたという喜びを悟られる事に気恥ずかしさを感じ、太都は何でもない風を装いながら「うん、わかった」とだけ返事をした。


 子供ながらにずっと想っていた少女だ。太都にとってその約束は願ったり叶ったりだった。

 だからこの後、神経衰弱で少女相手にボロ負けした太都は、一生少女が自分のものでいるという確信めいたものを手に入れる事が出来た。

 その約束が子供ながらの泡として消えるような儚いものだと知るのは、それから何年も後のことだった。


 ※


 太都が目を覚ますと、身体が軋むように痛かった。

 どうやら洞窟の出入り口付近の石上に寝かされているようだ。


「大丈夫か、太都」

「夢羅……」


 目を覚ました太都を夢羅が抱き起こす。夢羅の顔はどこか泣きそうだ。

 太都が寝惚け眼で周りを見ると、時雨と微々も側にいた。輝夜だけはいない。


「夢じゃないんだな」


 太都は自力で立ち上がり、無言で数秒立ち尽くした。

 誰も太都に声は掛けない。掛けられる言葉が今はない。

 夢羅や時雨、微々が案外冷静なのはこの弱肉強食の時代を生き抜いたからだろうか。しかし、現代日本で温室育ちの太都の精神的ダメージは相当で、彼女達のようにある一定の平静さを保つ事は難しかった。


「少し、一人になる」


 だから太都は、何とか持ち堪える事ができる数十秒を使ってこの場から離れることにした

 太都は洞窟から出て、近くの大木の影にそっと腰を下ろした。太都の後を着いてくるような無粋な者は一人もいない。

 誰もいないことを確認して太都は思い切り泣いた。泣けども泣けども輝夜を亡くした喪失感は涙では満たされない。

 輝夜は強い、しかし魔法が効かない相手にはあんなに弱い存在だったのだ。慢心が招いた悲劇に太都はまた後悔した。

 深い後悔をしこの世界に来て、再度深く深く後悔する。自分の存在等この世に必要ないのではないか、自分がいない方が全ての人が幸せになれるのではないだろうか、大切な人を失い一種の鬱状態になっている太都は、寂寥感に苛まれ腰に挿してある刀を抜き、それを己の首にあてた。

 太都が刀を動脈に沿って今まさに動かそうとしたところ、目の前を光の球体が通り過ぎていった。

 それは最初に輝夜と出会う直前に見た光の塊とよく似ていた。太都は半ば無意識でそれに手を触れた。

 すると光は強い光を伴って、太都の視界を真っ白に覆った。靄がかかった視界がはっきりとしてくると、目の前には夢のような光景があった。

 血を飛び散らせ、肉を裂かれ、骨を砕かれた少女が傷一つない状態で座っていたのだ。


「輝夜……?」


 輝夜は一糸纏わぬ姿で、太都を不思議そうな顔で見ている。

 ここは天国なのだろうか、自殺した太都は輝夜と同じ世界に来れたのだろうか。


「無事、だったんだね……」


 太都は感情に任せて輝夜を抱き締めた。輝夜の肌は柔らかく、そして冷たかった。太都と触れ合っている部分のみが熱を持つので、彼女の身体を温めるように太都は輝夜の肌に手を這わせ続けた。

 太都が彼女の肌を弄るように触れていると、「離して」と冷たく刺すような声を輝夜が発した。


「ご、ごめん」


 太都は輝夜との再会が嬉しくて、夢中で彼女の身体を触ってしまっていた。見た所彼女は裸だ。異性に直接肌を触られたら嫌に決まっている。しかし、妙だ。輝夜は常に喜怒哀楽が激しくこんなに落ち着いて表情一つ動かさない子ではなかったはずだ。

 太都は輝夜の体調が良くないのではと注視した。


「そうだ、服」


 太都は輝夜に自分の着ている着物の上着をそっと掛けてあげた。輝夜は裸だ。それで緊張していてぶっきらぼうになってしまっているのかもしれない。

 輝夜は太都が差し出した着物を黙って受け取って羽織り、明後日の方向をつまらなそうに眺めていた。


「輝夜、怒ってる?」

「怒る?」

「ご、ごめん。気が利かなくて。裸の輝夜に早く着る物を渡すべきだったんだけど」


 輝夜は太都を無機物を見るような感情のない瞳でじっと見つめた。


「か、輝夜?」


 太都は輝夜の変化についていけず、どうしたらいいのかわからなくなりこの空気を脱したくて堪らなかった。


「そうだ! みんなのところに行こう」


 そう提案するも輝夜はじっとそこに立っているだけで動こうとしない。

 太都はどうしようか迷いながらも輝夜の手を取った。嫌われているようなので直接触れるのは躊躇われたが、このままでは輝夜が消えてしまいそうだったので仕方なくの決断だ。直に手に触れても輝夜は嫌がる様子がなく一先ず太都は安心した。

 そこで輝夜が裸足な事に太都は気が付いた。二人が出会った時の事を思い出す。


「ごめん、輝夜。また気が利かなかったね」


 太都は輝夜から手を離し、彼女の前にしゃがみ込み背中に乗れと促した。

 輝夜は太都を見るだけでじっとしたまま動かない。


「仕方ない」


 このままでは埒が明かない。輝夜を置いていくわけにも行かないし、このまま裸足で歩かせるのも気が引ける。「嫌だったら言ってね」太都は立ち上がり、輝夜の膝と胴を持って横抱きした。

 相変わらず輝夜の身体は羽根のように軽く、太都は彼女の命がまたすぐに消えてしまいそうで不安になった。

 所謂お姫様抱っこの体勢で、裸に着物を一枚羽織っただけの輝夜の肌に上着を着ていない太都の身体が密着し、機嫌の悪い輝夜を不快にさせるのではと内心ハラハラとしていた。

 今のところ輝夜は無表情だが、不快に顔を歪めるということはなさそうだ。嫌だとも言わないため、太都は輝夜をそのまま皆の所へ連れて行った。




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