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生存競争

「伏せろ!」


 前を歩いていた雪羅が大声で注意喚起し、刀を抜いた。人間程の大きさの蛇が頭上から雪羅へと飛び掛る。

 流れるような太刀筋で、雪羅は蛇を真っ二つに切り落とした。

 妖の蛇は斬り口から血を迸りながら絶命した。

 よく死体を観察すると蛇の頭には目が五つ付いており、それが異形の物だという認識をより強め、太都は暫く蛇の目に恐怖心を感じ釘付けになったが、死して筋力を失った眼球が地に落ちた事により正気に戻った。


「これが……妖」


 太都が喉を鳴らした音が静かな洞窟に響いた。

 妖のグロテスクな死体から太都は目が離せないでいた。

 斬り口からは血が溢れ出ており見辛いが、よく確認すると血に紛れて内臓が見える。超常的な存在ではなく、血が流れ臓器が機能し動く生物であるのは間違いないようだ。

 “妖”というぐらいだから、幽霊や妖怪のような物理攻撃が通るのか怪しい類を太都は想像していたが、その認識は改めなければならないだろう。

 妖が生き物で殺せる事ができるとわかり、太都の心は幾分か軽くなった。


「雑魚妖じゃあ、腕を上げる事もままならんな」


 雪羅は肩を回しながら、つまらなそうに周囲を見渡した。強い妖はどこかにいないかと探しているのだろうか。

 太都もこのまま弱いわけにはいかない。

 どこかに自分でも倒せる妖がいないか気を張って観察しながら洞窟内を歩いた。


 警戒しながら進むと、誰かの足が木の枝を踏んだのかバキリという音がした。ただここは洞窟。木の枝などあるはずない。

 太都が反射的に足元を目を凝らして見ると、そこには骨が落ちていた。


「骨?」


 妖の骨だろうか。大して気にもとめずに目線を元の高さに戻そうとしたら、目の移動に合わせて妖の骨が映り込む。


「ここは……!?」


 太都の身が凍えるように震える。ここら一帯、食い荒らされたような骨だらけなのだ。


「雪羅! 逃げ……」

「ここは、大物の食事処のようだな。期待できそうだ」

「そ、そそそ、そうなんだ。楽しみだなー」


 この場所へは妖を倒し強くなるために来たのだ。大物なら歓迎だ。そう自分に言い聞かせながら、太都は震える身体を抑え込んだ。

 しかし、それと同時に雑魚妖ともう少し戦ってレベリングしてからで合って欲しかったとも思ってしまう。そこで太都は己のステータスがカンストし、レベリングでは上げるべき能力がないことを思い出した。

 ならば、強い敵と合いまみえる方が戦い方を覚えるには手っ取り早いかもしれない。

 そうポジティブに考え、気を取り直した。

 太都の当面の目標は輝夜より強くなって彼女を守れるようになる事だ。輝夜は充分強いし太都など必要ないかもしれないが、太都の欲求がそうなりたいと強く願うのだから仕方ない。


「微々はこっちね」


 輝夜が太都に乗る微々をそっと掬い、木の籠を魔法で作りその中に入れた。これでそこらの妖では微々に手出しできないだろう。


「かたじけないです」


 微々の目標は妖と戦う事ではない。今のところは輝夜の魔力が上がり、身体を元に戻してもらうことなのだ。ならば輝夜が強くなるためにお荷物にならない事が先決である。

 微々が檻に守られると同時に、生き物の匂いに釣られた大物の妖が太都達へ近付いて来る足音が聞こえてきた。


「来たぞ」


 猛スピードで走っているのか、気構える余裕もなく太都が気が付いた段階ですぐそこまで迫っているようだった。

 警戒した太都が剣を抜くと、すぐに人の三倍の大きさはあるであろう狼の妖が姿を現した。

 その大きさと牙の鋭さに、太都は一瞬怖気づいてしまい、その隙に輝夜が飛び出してしまった。


「早い者勝ちだねー」


 輝夜は遊具に飛びかかる子供のように、その妖へと駆け寄った。遅れを取り仕舞ったと焦る雪羅も負けじと後に続く。

 両手を翳し銀の髪を揺らしながら、輝夜が高火力の火の柱の魔法を狼の妖へと放った。

 輝夜は初めての敵に油断はしない。今出せる全力の火の魔法だ。その熱が洞窟内のひんやりとした空気を猛暑日のような暑さへと上げた。

 突然の気温の上昇により器官に入る酸素は熱を持ち、太都は呼吸をする度にどこか息苦しさを覚えた。

 高温の火の柱が妖へと直撃する。これでは跡形もなく燃えて灰になってしまうのではとそこにいる誰もが思っただろう。

 しかし、その火の柱が妖にぶち当たると同時に飛散し、消えてしまった。

 狼の妖は傷一つ負っていない。

 己の全力の魔法が効かなかった事に驚嘆した輝夜の動きが一秒止まる。たった一秒、見せた隙が彼女の運命を分けた。

 その一秒の間に狼の妖は輝夜の目の前まで高速で移動し、彼女の身体を食らったのである。

 輝夜の繊細で柔らかい肌は、巨大狼の鋭く大きな牙に貫かれ周囲へと真っ赤な鮮血を撒き散らした。

 蹂躙するかのように輝夜を振り回しながら、肉を食いちぎる狼型の妖。そこには獲物への情などなく、ただひたすら食欲を満たすために噛み砕くだけだ。

 その光景はまるでスローモーションになったように仲間達の目に焼き付いた。

 妖に対して小さな身体の輝夜は骨ごと飲み込んだ方が早いのかバリバリゴリゴリと狼が噛む度に、骨が砕ける鈍い音が響いていた。


「魔法使いが第一線に飛び出すとか馬鹿か!!」


 雪羅が舌打ちをしながら狼型の妖へと斧を振りかざす。

 狼の妖はさっと飛び退き、雪羅の渾身の一振りは宙を切った。しかし、雪羅はすぐに身体を回転させ、狼の着地と共に足へと斧を叩きこむ。

 狼の後ろ足へと直撃するが、皮が厚いのかジワリと血は滲むがダメージとして通ってはいないようだ。


「太都、時雨、微々を連れて逃げろ!!」


 雪羅は後方で待機する二人へと叫び声を上げた。

 名前を呼ばれた事でずっと止まっていた太都の時が動きだした。

 輝夜は食われた。回復も不可能。残った四人の内一人でも生き残るには四人の中の誰かが囮になり時間を稼ぐ必要があるだろう。

 太都と時雨と微々では時間稼ぎすらできない。雪羅が適任である。

 輝夜が犠牲になり、雪羅まで犠牲にするのか。


「そんな事、絶対に嫌だ!!」


 太都は一か八か覚えたての高圧水の技を放った。魔法は効果がないかもしれないが物理的に大量に水を放つこの技なら敵の体勢を崩すことくらいはできるかもしれない。

 太都の右手から水が生成され、その水に圧力をかけ妖目掛けて一直線に飛ばす。

 その高速の水は妖へと直撃した。そして、妖の身体をそのまま抉り一直線に貫いた。

 当たり所が悪かったのか、水に貫かれた巨大狼は目を白黒とさせながら力を失い、巨体はゆっくりと地面へと倒れ動かなくなった。


「輝夜……」


 妖が倒れるのを見届けると、力を出し切った太都もまた気を失ったのだった。


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