依存
一行が鬱蒼と繁った草木を掻き分けながら、道無き道を歩いていると、雪羅がある洞窟の前で立ち止まった。
「この洞窟が入り口だ。皆準備はいいか?」
「ここに妖って化け物が……」
怖いなどと拒否をする軟弱者は一人もいない。微々の太都の肩を掴む力が増し、未知の生き物への緊張が伝わってくる。
太都は未だに“妖”などという化け物の類に対しての言い知れぬ恐怖はあるが、小さい身体の微々は太都のそれとは比にならないだろう。微々の事を考えたら太都は気を強く持たねばと、己に気合を入れ直した。
どうやら太都は、何か守るものがあると強くなるタイプのようだ。
「何、緊張するな。最初の方は弱い妖しか出ないさ」
雪羅は太都の背中を強く叩いた。
「痛っ」
どうやら雪羅には太都の恐怖心が見透かされていたようだ。
雪羅のせいで太都が内心怖がっていたのが周囲にバレ、太都は罰が悪そうに輝夜を見た。
輝夜は太都と目が合うと、太都を安心させるように優しく笑った。
自分の情けないところを知られたが、輝夜に失望されていないとわかり、太都は安堵に胸を撫で下ろした。
輝夜に弱い男だと見限られ、愛想をつかされたらきっと太都は立っていられないだろう。それぐらい、自分に懐く輝夜の存在は太都の中で大きかったのだ。
誰も知らない異世界で、己に全幅の信頼を寄せ、愛情を向ける存在が大事にならないはずがなかった。
大事な大事な僕のお姫様
どうか僕を嫌いにならないでおくれ――……
太都は怖がってないと証明するように輝夜に握り拳を作って見せた。
輝夜は太都へと歩み寄り、その拳をそっと両手で包み込みながら下へとおろし、太都の手に己の指を絡め、恋人のように手を繋いだ。
「行こう、ダーリン」
「……うん」
雪羅は揶揄うように「愛し合ってるねぇ」と言った。
「か、輝夜はそう言うんじゃないから。その、何ていうか妹みたいな存在で……」
「ダーリンは私の旦那様だからね」
「輝夜!?」
恥ずかしがりながらも太都は輝夜の手は離さない。
微々は仲睦まじい太都と輝夜のやり取りを見て何かを思い出したのか、表情に暗い影を落とした。
「よし、妖退治に出発するぞ」
雪羅の掛け声とともに、太都達は洞窟へと足を踏み入れた。
暗く湿り気のある洞窟内を、太都は滑らないように一歩一歩踏みしめるように進んでいった。
苔が生え、湿気も多いこんなに不安定な足場で、まともに戦うことが出来るのかと疑問を覚えながらも、余計な事は言わずに先を歩く雪羅へと続いた。
今更『足場が悪いので戦えません帰ります』なんて言えるわけがないのだから。
先頭は雪羅が歩き、しんがりは輝夜が歩いている。戦闘力のある二人に挟まれるように太都とその上に乗っている微々、時雨がいる。
太都は気を紛らわせようと隣にいる時雨に話しかけた。
一緒に旅をする仲間だが、太都は時雨とまともに話しをしたことがない。
変な現場を見られてしまったのもあるが、元より無口で他人と交流するタイプでもなく相棒である雪羅とも事務的にしか話さないのだ。
太都が話掛けても頷くか首を振るだけで声を聞くことなんて稀だった。
「あの、時雨さんは大丈夫ですか?」
「大丈夫とは?」
しかし、この時は珍しく太都の言葉に時雨は声を出して答えたのだった。自分から話しかけておいて、太都は返答が音を伴って返ってきた事に驚いていた。
「足場も良くないし、回復特化で戦闘に向いた人ではなさそうなので……」
「雪羅と一緒ならこの程度日常茶飯事ですから」
「ん? 私の悪口か?」
雪羅が振り返り、悪戯っ子のように時雨の顔を覗き込んだ。時雨はすまし顔で瞼を閉じながら小さく息を吐いた。
「……褒めてるのよ」
「なら、良し」
雪羅は満足そうに笑いながら、再度進行方向を向いた。
「本当に仲が良いんだね」
太都が時雨と雪羅のやり取りに素直な感想を述べたところ、時雨は立ち止り真顔になって太都の耳元へ顔を近付けた。
暖かい息が耳へかかり、時雨の言葉が官能的な響きを持ちながら外耳道を進んで中へと侵入してきた。その音を脳が言葉として判断を下し、彼女の発した音の内容を理解すると艶のある熱がすっと冷え切った。
「雪羅は私の親の仇なの」
太都は「本当に?」と時雨に表情で訴えかけるが、彼女が太都の方を見る事はなかった。
時雨の言葉が嘘か本当か確認する術を太都は持っていないが、今の言葉はきっと真実なのだろうと察した。
旅をする仲間と言えど、太都はまだまだ時雨と雪羅の事は知らない事が多い。
彼女達の事情に深く立ち入る程の関係も信頼も築けていないのだ。
他人との心の距離の遠さに寂しくなった時、太都は輝夜の方を必ず見た。輝夜は太都を受け入れてくれる。
現に太都が振り返って彼女を見ると、輝夜は太都へ花の咲いたような笑顔を返してくれた。
彼女の笑顔を見て落ち着いた太都は再び気を引き締めながら、雪羅の後を警戒しながら歩いた。




