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外国とトラウマ 2

――――嫌な夢を見た。


昔の夢。

俺は小学生だった。

お袋がまだ一緒だった頃の夢…………。



周りに見える景色は遠い国のもの。

日本ではないどこか。

まだ幼い俺は、国名も知らなかった。

天高くそびえ立つアパートやお城のような建物が、俺に日本ではないことを感じさせていた。


昔、お袋はこの国で一時期モデルの仕事をしていたらしい。

日本人離れしたスタイルや顔に加え、外国では珍しい黒髪が受け、なかなか有名だったのだそうだ。


この国へ来たのは、お袋がモデル時代の知り合いの結婚式に招待されたからだ。

俺もアニキも夏休みだったから、仕事で都合の付かない親父をおいて、三人で旅行も兼ねてこの国へ来たのだった。



披露宴には俺もアニキも出席した。

大きなレストランを貸し切った華やかな会場。でも外国人ばかりで、何を話しているのかさっぱり分からなかった。だから俺は、大人達の目を盗んで会場の外へと脱出したのだ。


「イサ!!」


俺が外へ出たのに気付いたアニキが、俺を追いかけてくる。少し怒っているようだ。

この頃のアニキはまだ中学に入ったばかりだったけど、既に大人のような分別を持ち合わせていた。

「外国は危ないんだ。一人で歩き回るな」

「だってヒマなんだよ。みんななに言ってるのか、ぜんぜん分かんないし」

「……早く戻らないとお袋が心配する。もし抜け出したのがバレたら、怒ってイサが楽しみにしていた海へ連れてってくれなくなるかもしれないぞ」

「……いやだ」

俺は泣きそうになった。

「じゃあ早く戻ろう。今ならトイレに行ってたことにしてごまかしてやるから」

そう言ってアニキは手を差し延べた。

俺は頷いてその手を取った。

―――………いや、取ろうと……した。



誰かの足音に気付いたアニキは、少し後ろを振り帰ると差し延べた手を勢いよく伸ばし俺に覆い被さった。


その瞬間、大きな音が鳴り響いた。


「え……?」


何が起きたのか分からなかった。

アニキの体が影になって、何も見えなかった。

崩れ落ちるアニキ。

そして、クリアになる視界。

その視線の先には……――――


少し離れた場所に、知らない男の人が立っていた。 


その手に握られているのは拳銃。


銃声を聞いた教会の中の大人たちが、慌てて飛び出してくる。



「いやぁ!!翔良!!」


お袋の叫ぶ声が聞こえる。


下に見えるのはアニキと赤く染まる地面。


―――……なにが、おこったんだろう。

―――どうしてアニキはたおれているんだろう。

―――どうしてこんなにも血がながれているんだろう。


『外国は危ないから』


―――……おれのせい?

―――おれが、かってに外にでたから?

―――だから?



拳銃を持った男が狂ったように叫ぶ。



何を言っているのか、分からない。

知らない国の言葉。



回りの人が男を取り捕まえる。

アニキに駆け寄って名前を呼ぶお袋。



………覚えているのは、そこまで。


目の前がぼやけて、そのあと視界が真っ白になった。



「……イ…サ…」


―――意識が無くなる前に、アニキの声が聞こえた気がした。 






「―――――アニキ!!」

叫んで、目が醒めた。


胸に、手をあてる。

心臓が、早い。


「……もう、見ないかと思ったのに」


夢ではない、現実に起こったこと。

犯人はお袋の不倫相手だった。

親父から後で聞いたのは、お袋が親父と出会う前に付き合っていた男性だったということ。

親父と付き合うことになり、お袋とその男は別れたが、いつの間にかよりを戻していたらしい。

年に数回のお袋の旅行の意味を、その時初めて知った。


お袋が愛人にもらした一言が原因で、男は犯行に及んだと自供した。


『―――子供さえいなければ、夫を捨ててこの国で暮らすのに』

そう、お袋が言ったのだと……―――。


男は刑務所に収容され、俺達家族の仲はバラバラになった。

幸いアニキの撃たれた場所は肩の神経からは少しそれた所で、後遺症は残らず早期に回復した。

でも、家族の仲が回復することはなかった。

親父は子供には母親が必要だと考えたのか、離婚する気はなかったようだが、お袋が耐えられなかったらしい。


この一件のあと、頻繁に不倫を繰り返すようになり、俺が中学へ上がるのを見届けた後、愛人の内の一人と駆け落ちした。


その日はとても晴れていて、穏やかな雲が流れていた。入学してすぐの学校からの帰り道、川添いの桜並木が綺麗で、花の好きなお袋に教えようと早足に歩いて帰ったのを覚えている。

家に帰るとお袋の姿はなく、テーブルの上には一枚の紙切れがあった。

お袋の名前の入った離婚届け。ただ、それだけ。

メモの一言もなかった。




―――全部が俺のせいのように思えた。


外国は危ないのに、俺が勝手に外へ出たから。

だから、アニキが怪我をしたんだ。

だから、家族の仲がおかしくなったんだ。

だから、お袋が家を出ていってしまったんだ。


お袋が家を出て、俺は少しおかしくなってしまったのかもしれない。

外国の風景がテレビに映るだけで、呼吸が出来なくなった。

喉の奥に膜ができたかのように、息が出来ない。

心配したアニキと親父が病院へ連れて行ってくれた。

精神的なもので、外国を見ると嫌なコトが思い出されて過呼吸になるらしい。

夜中に夢をみて、飛び起きることもあった。そう、今のように。


「………汗、気持ち悪い」

ベットから降りて袖口で首を拭う。

そこで昨日の洋服のまま寝てしまったことに気付いた。

「あのまま寝ちゃったんだ……」

シャワーを浴びようと部屋のドアを開ける。

すると、ドアのすぐ横の壁にアニキがもたれかかっているのに気付いた。


「………なに?アニキ」

「―――……いや、なんでもない」


俺をひと見すると、そのまま無言で階段を降り始めた。


………俺の叫んだ声が聞こえたんだろうか。


俺もアニキの後を追って階段を降りだす。


愛佳のことがあって、外国のことを考えたせいか、久しぶりにあの夢を見た。

背中には汗で洋服が張り付いている。

こんなんじゃ、外国に行くことは出来ない。


だけど、愛佳が悲しんでいるのをそのまま見ているのは嫌だった。


親父達は俺が何を言っても納得しないだろう。納得させられるだけのものを、持っていないから。


でも、アニキになら……―――。


―――力が欲しいと思った。

アニキに頼るしかない自分。

そんな自分を恥ずかしく思った。



階段上で立ち止まり、先を行くアニキを見下ろす。

階段を降りるアニキの背中が、心なしかいつもより大きく見えた。

゛教会゛ではなく→゛会場゛です。途中間違ってます。すみません。

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