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外国とトラウマ

アニキの言った通り、家に着いて暫くすると雨音が鳴り出した。


俺はリビングのソファーから窓の外をちらりと見た。

……だんだん外が暗くなってきた。そのうちカミナリが鳴るんじゃないだろうか。

コの字のソファーの左側に座っていた俺は、さっきまで見ていた斜め前に座っている愛佳に目を戻した。

親父と義母に囲まれている愛佳は、声を上げて泣いていた。


…………どうしたらいいんだろう。

向かいに座るアニキを見ると、何を考えているのか判らない無表情な顔でずっと窓の外を見つめていた。


「やだ、やだ、やだぁ―――。あたし行かない。外国なんて行かない!!ここに残るのぉ!!」

首を激しく振りながら愛佳が叫ぶ。


もう一時間ほど泣いているんじゃないだろうか。愛佳の目は真っ赤になって、もう目の回りがはれてきそうだった。



ことの起こりは親父の爆弾発言からだった。


「俺は今回の旅行で決めた。アメリカで仕事をする」

親父達は新婚旅行にアメリカへ行った。だけどそれが仕事の転勤の下見も兼ねていたとは、親父達が帰ってきてから初めて聞かされた。義母さんだけは知っていたらしいけど。

「会社の研究所がとても素晴らしい。最先端の機械が揃っていて、今の会社とは比べものにならない」

旅行から帰ってきた親父は、興奮したように語った。

親父は大手の会社の研究所員だ。

腕を見込まれて、アメリカにある本社の研究所から誘いの声がかかったのだそうだ。

再婚したばかりだったこともあるのだろう。親父は話を断ろうとしたらしいが、義母さんは違う所へ行くはずだった旅行先をアメリカへと変更し、会社を見てからと親父に薦めたのだっだ。本当に親父にはもったいないくらいの出来たお嫁さんだ。

そして愛佳も一緒に連れていくという話になり、愛佳が泣き出したのだった。

 

「愛佳。男の子二人だけのお家にあなたを置いていくことは出来ないのよ?」

義母さんは愛佳を一生懸命に諭そうとする。

「なんで?昨日まではそうだったじゃない!!お母さん達居なくても、あたしちゃんとここで生活してたじゃない!!」

だが、愛佳は一向に引こうとしない。

「数日と数年は違うでしょう!?今度はいつ帰ってくるか判らないのよ!?」

「でも、どうしてあたしだけ行くの!?お兄ちゃんも一緒じゃダメなの!?」

愛佳は縋り付くような目で俺を見る。

………ううっ、そんな目で見られても辛い。だって、俺はどうしたって行けない。

「愛佳、勇雄さんを困らせるんじゃないの」

義母さんが愛佳をたしなめる。それでも愛佳は俺を見ることをやめなかった。

「愛佳………」

どうしよう。この際どうにかして俺も外国に行くべきなのだろうか。

「…………」

いや、無理だ。――――……絶対。


愛佳の視線が痛くて目を伏せる。……やばい。少し息が浅くなってきた。


「義母さん。夕飯に使う材料が足りないので、買い出しに行ってもいいでしょうか?」

アニキはそう言うとソファーから立ち上がった。

「え、ええ。雨が降ってるから気をつけてね」

「はい。」

アニキは、ドア迄歩くと振り返った。

「イサ、お前もこい」

俺は急いで立ち上がった。

「うん!」



玄関を出て傘をさす。

俺は大きく息を吸った。

―――アニキがあの部屋から連れ出してくれてよかった。また親父やアニキに心配させるところだった。


俺は昔から……―――いや、あの時から、外国というキーワードに弱い。もう、トラウマになってしまっているのだろう。その時のことを思い出すだけで過呼吸になってしまう。


………うん、大丈夫。だいぶ呼吸も楽になった。


アニキは玄関を閉めた後、一歩も歩かない俺に黙って付き合ってくれていた。


俺は振り返ってアニキを見た。

「アニキ、スーパーでいいんだよな」

そう言って俺は雨の降る中を歩きだす。

「ああ」

アニキが後ろからついてくる。


雨のせいか、人影は少なかった。その道のりを、俺とアニキはゆっくりと歩いた。




 

―――雨は時間が立つごとに酷くなった。

俺とアニキが買い物を終えて家に着いた頃には、カミナリが鳴りだしていた。



リビングへ入ると義母さんは疲れた顔をしてソファーに座り込んでいた。愛佳はまた2階の自分の部屋に閉じこもっているようだ。


帰るなり、台所に向かっていたアニキに問い掛けた。

「……アニキ。俺、夕飯愛佳の部屋で食べていいかな?」

いつもは俺と愛佳が二人きりになるのを嫌がるアニキも、今日は頷いてくれた。

「少し待ってろ。すぐに出来る」




「お、重い……」

お盆に乗せた二人分のご飯は量が多かった。階段を昇るのが大変な程に。

「愛佳の好きそうなものが多いよな……」

お盆にはハンバーグやルーから作ったシチュー、サラダやいつもは付かないデザートまで並んでいる。ちなみに愛佳は洋食や甘いものが好みだったはずだ。

仲が悪そうに見えても、ちゃんと愛佳のことをアニキも気にしているんだ。

そう思うと、俺は少し嬉しくなった。


愛佳の部屋の前に立って、お盆を下に置いた。

そしてドアをノックしようとした瞬間、カミナリが鳴った。

「きゃあっ!」

部屋の中から愛佳の声が聞こえた。

「愛佳!?」

俺はすぐに部屋のドアを開けた。


愛佳は布団を被ってくるまっていた。

もう一度カミナリがなると、ビクッとふるえる。

………カミナリが怖いのか?

愛佳は俺に気付かないようだった。俺は愛佳にそっと近付いた。

「愛佳」

声が聞こえたのだろう。愛佳は布団をバッと押し退けると、大きな目で俺を見た。



「お兄ちゃあん!!」

愛佳はベットの上で膝をついたまま、俺に抱きついた。


………震えてる。ホントにカミナリが怖いんだ。


俺は少し緊張しながら愛佳を抱きしめた。

「大丈夫だよ。怖くない。大丈夫」

愛佳は一瞬ピクッと肩を動かした後、ぎゅっと俺にしがみついてきた。少しすると震えは止まったようだった。

しかし、抱きしめた手を離してみても、愛佳は俺に抱きついたままだった。

「愛佳?」

そう呼ぶと首を左右に振って離れるのを拒否した。 


………………どうしたらいいんだろう。なんかすっごいドキドキしてきた!!自慢じゃないけど女の子抱きしめたのなんか初めてだし!!


俺が内心慌ていると、後ろから腰を強く引っ張られた。


背中が壁にあたる。壁というより、これは人だろう。


顔を後ろに向けると不機嫌なアニキの顔があった。

「ア、アニキ?」

なんか怖いんですけど……。つーか、苦しいんですけど。


アニキの両腕は俺の腰を強く締め付けていた。


「……なによ翔良。人の部屋に勝手に入ってこないでよ」

「……お茶だ」

床を見ると確かにお盆に乗ったお茶が置いてある。………コップから零れてるけど。


愛佳はアニキを睨んで言った。

「……お兄ちゃんから離れなさいよ」

「嫌だね」

「―――……っ。離れてよ!!さわらないでよ!!なんで!?なんでよ!?」

「あ、愛佳!?」

愛佳の声が叫び声のようになった。大きな瞳からは涙が零れる。

「なんであたしだけ行かなきゃいけないの?いやだよ。あたしここにいたいよ!」

「愛佳………」

愛佳は涙を拭かないままに俺を見る。

「お兄ちゃん……。あたし好きな人がいるの。そばにいたいの。だから、ここを離れたくない」

「――――………」

愛佳に好きな奴がいる。それは初めて知ったことだった。でも、それよりも………。

布団を被ったせいて少し跳びはねた長い髪や強い瞳、真っ直ぐに俺をみる視線。それがすごく大人びて見えて………驚いた。 

「アニキ……。離して」

俺の声は少しかすれていた。

「イサ……」

アニキが腕を離すと、俺はすぐに愛佳の部屋を出た。


早足で自分の部屋に入ると、後ろからアニキが追い掛けて入ってきた。

「なんだよ、くるなよ……」

「イサ……。泣くな」

………バレていたのか。泣き顔を見られたくなくて逃げたのに。


「イサ……」

アニキは俺の前に来ると、手を延ばして俺の頭を胸に押し付けた。

―――なんだよ、もう。最近アニキに抱きしめられてばっかりだな。俺は女じゃないんだぞ。

そう思ったけど、なんだかアニキの胸の心音が心地良くてそのままでいた。

外国に行けない自分も、親父達を説得するすべを持たない自分も嫌だった。愛佳が悲しんでいるのに、なにも出来ない自分が悔しかった。


「……俺、義母さんが愛佳を連れて行きたいって、その気持ち分かるんだ。でも、愛佳が泣いてるのに、ここにいたいって言ってるのに……。どうにかしてやりたいのに……」

せめて俺が外国に行けたなら、少しは愛佳も寂しさが紛れたかもしれない。

好きな奴と離れる辛さも、慰めることが出来たかもしれないのに。

「……泣くな」

アニキが指で俺の涙をぬぐう。

そしていっそう強く腕に抱き込まれた。


「愛佳のことは俺が何とかしてやる。だから泣くな」

「アニキ……?」


アニキが愛佳のために動いてくれるのか?愛佳と仲が悪いのに?本当に?………いや、でもアニキならなんとかしてくれるのかもしれない。元彼女の真橋さんを軽く追い払ったアニキなら……――――――。

 

そう考えて安心したせいなのか、アニキの心音を聞いて落ちついたせいなのか。俺はアニキの腕の中でゆっくりと眠りに落ちていった。

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