俺と柳ヶ瀬
「郡山、なんかあったのか?今日はやけに嬉しそうだな」
「そ、そうか?」
放課後の教室で、俺はアニキを待っていた。柳ヶ瀬も一緒に残って付き合ってくれていた。
……俺、そんなに嬉しそうな顔してたのか?
今日は新婚旅行から親父達が帰ってくる日だった。
確かに嬉しいかもしれない。親父に会えることがじゃなく、これでやっとアニキと愛佳の言い争いに俺だけがが巻き込まれる回数が減る。
これからは親父たちもあの二人を仲裁をしてくれることだろう。……たぶん。
「親父たちが旅行から帰ってくるんだよ。お土産が楽しみだ」
「そうか、お前ん家再婚したんだったな。そういえば義妹可愛いんだろ?今度紹介してくれよ」
「……絶対いや」
俺が冷たく言うと柳ヶ瀬がむくれる。
「なんだよケチ。このシスコン」
………うわ。ムカツク。こんな口の悪い奴を愛佳に紹介して愛佳の心が傷付けられたらどうする。心配で合わせられない。それよりも心配なのは俺がいつまで柳ヶ瀬と友達でいられるかだが。
「―――…イサ」
低い声が響く。すると、クラスの女子ならず男子までもがドアの方を振り向いた。
……もう毎日こんな状態だ。いい加減なれろ、お前ら。って、柳ヶ瀬。お前も見とれるな。
「相変わらず、すっげえ存在感だな。お前のアニキ」
ボソッと柳ヶ瀬が感想をもらす。
…………そんな感想いらない。
もう少し労ってくれる友人が欲しい。こんなアニキを持つ俺の身にもなってくれ。平安な人生はまず望めない。……うう、自分は普通すぎるほど普通なのに。
―――そもそも何で柳ヶ瀬と友達になったんだっけ。
アニキとの帰り道、俺はそんなことを考えていた。
俺が中学校に入学した時、学校中でアニキの顔が知れ渡っていたせいで、俺はクラスの奴に遠巻きにされていた。どうもアニキの弟ということで近寄りがたかったようだ。
そんな時だった。柳ヶ瀬が俺に話し掛けてきたのは。
「おい、郡山。お前のアニキ今日初めてみたよ。すっげーカッコイイのな!!」
興奮したように柳ヶ瀬は語る。
「……そんなことないよ」
俺は目を逸らして答えた。
「そんなことないわけあるか!」
柳ヶ瀬は俺の頭をペシッとはたく。
な、なんだ?なんではたかれるんだ!?
「あんだけの美形のアニキをそんな風にいうな。謙遜どころかかえって嫌味だ。ボケ」
……ボケって。
ムカつかなかったと言えば嘘になる。でもそんな風に俺に接する奴は初めてだった。
それ以来柳ヶ瀬は俺に話し掛けるようになり、俺も柳ヶ瀬に話し掛けるようになった。
そしていまだに付き合いは続いている。
「……俺はマゾか?」
「は?」
アニキが変な顔をする。
うわ、俺いま声に出してたのか!?
「い、いや。何でもない。独り言」
俺は慌てて顔の前で手を振った。
―――俺はマゾなわけじゃない。柳ヶ瀬が誰とも分け隔てなく接してくれたのが嬉しかっただけだ。
そうだ、そういうことにしておこう。
俺は首を縦に何度か振る。
「イサ……。一人芝居か?」
「えっ!!」
独り言の上に動作まで付けた俺が不気味だったようだ。アニキが俺から一歩遠ざかる。
おお、アニキに避けられるなんで新鮮だな。
……って、違う!!ホントにマゾなのか俺!?いや、いつもアニキにはくっつかれているからそう思っただけだ!!
俺は何とか自分で自分を説得し、意識を逸らそうとアニキに話し掛けた。
「親父たち、今日帰ってくるんだよな。もう帰ってるかな?」
「そうだな、昼頃に飛行機が到着すると言っていたからな。もう家にいるんじゃないのか」
「そっか。じゃあ愛佳、きっと喜んでるな。久しぶりに母親に会えて」
「そうだな。ガキだからな」
……………。
どうやら話す話題を間違えたようだ。
「ええと、今日の夕飯何かな。久しぶりに義母さんが作ってくれるのかな?」
こないだも夕飯の話題で話を変えたような気がするけど、まぁいいか。
「いや、旅行から帰って来たばかりで疲れているだろう。オレが作るさ」
「そっか」
………アニキ、義母さんには優しいのに、なんで愛佳にはこんなに冷たいんだ?再婚が気に入らなかった訳ではなさそうだ。そうだとしたら義母さんにも冷たいはずだ。
「イサ、雨が降りそうだ。早く帰るぞ」
考えごとをして歩みが遅くなっていたようだ。俺の肩を少し押すようにして、アニキが早足で歩き出す。
「雨?」
顔をあげて空を仰ぎ見ると、灰色の雲が広がっていた。