台所にて。
第3話の後半が変わっています。すみません。
「お兄ちゃん、あたし怖い」
「大丈夫だ愛佳。俺が守ってやるから」
「お兄ちゃん………。うん、あたしがんばる。――えいっ!!」
「あつ……っ」
「お、お兄ちゃん!大丈夫!?」
パンッ。
手を鳴らす音が台所に響く。
俺と愛佳が振り向くと、後ろにアニキが立っていた。
「ストップ。おまえ達何をやっているんだ」
俺と愛佳は目を見合わせる。
「…………り、料理だよな、愛佳」
「そ、そうよ。見れば分かるでしょ?コロッケを揚げてるのよ。今、冷凍コロッケを油に入れたところ」
「入れた……ね。オレには投げたようにしか見えなかったがな」
アニキが愛佳をにらむ。
「……な、投げたらダメだったかな?お兄ちゃん」
小さな声で愛佳が俺にささやく。
「……だ、ダメだったみたいだな」
愛佳が料理するのを嫌がるアニキを俺は何とか説得に成功した。しかし……。
料理初心者の俺たちにとって、冷凍コロッケといえど揚げものは難題だったようだ。
「イサ、直ぐにヤケドした所を流水で冷やせ。」
「り、流水?」
「……水道の水を流しっぱなしにしろ」
なるほど。流れる水のことか。
「愛佳はヤケドの薬を持って来い」
「薬箱どこ?」
「………リビングにあるクローゼットの棚の右上」
バタバタと愛佳がリビングへと向かう。
アニキは箸でコロッケをひっくり返すと腕を流水で冷やしている俺の隣に立った。
「大丈夫か?」
アニキが心配そうに俺の腕を見る。
「全然大丈夫。少ししか油かからなかったし」
「そうか」
「お兄ちゃん、薬持ってきたよ」
愛佳が急いで戻って来る。
アニキは愛佳の持っている救急箱を奪い取った。
「何するのよ翔良!!」
そして救急箱を開ける。
「ヤケドの薬、どれだか分かるのか?」
「………わ、分かるわよ!えっと……これ!」
愛佳は緑の箱を取って差し出す。
「それは飲み薬。ヤケドは塗り薬だ」
「んーと……じゃあこれ!!」
じゃあって、クイズになってるぞ愛佳。
「…………これ塗るか?イサ」
「なんの薬なんだ?」
「親父の痔の薬だ」
愛佳がボトッと薬を落とす。
「え、遠慮しとく……」
親父……痔もちだったのか。
「お兄ちゃん、ヤケド痛くない?大丈夫?」
愛佳が不安そうにたずねる。
「大丈夫だよ。薬も塗ったし、全然痛くないよ」
「よかった。……ごめんね、お兄ちゃん。あたしもう料理しない」
俺がヤケドをしたせいでどうやらとても落ち込んでしまったようだ。
「愛佳……」
「その方がいいな。愛佳は料理に向いてない」
アニキがご飯の準備をしながら言う。
コロッケもキレイに揚がったようだ。
「………っ」
悔しそうに愛佳が俯く。いつものように言い返すことも出来ないようだ。
「……愛佳、そんなことないよ。やったことがないから出来ないだけで、料理だってきっとやれば出来るようになるよ」
「お兄ちゃん……」
「そうだ、アニキが愛佳に料理を教えたらどうかな?アニキ料理上手いし」
俺がそう言うと二人の動作が止まった。
「……冷凍コロッケもまともに揚げることの出来ない奴に教える料理などない」
「あたしだってあんたに教えてもらってまで作りたい料理なんかないわよ!!どんな授業料を要求されるかわかったものじゃないわ!!いーもん、お母さんが旅行から帰ってきたら教えてもらうもの!!」
「そうすることだな。せいぜい母親にはヤケドさせないようにしろよ」
「!!」
アニキは冷たい顔をして愛佳を見る。愛佳は真っ赤になって言った。
「……あたし、ご飯いらないから!」
愛佳は階段を駆け登り、自分の部屋へと戻る。
「アニキ!!」
俺はアニキを睨んだ。
「今のは言い過ぎだろ!何でそんなに愛佳に冷たいんだよ!!料理くらい教えてやってもいいだろ!?」
「……………」
アニキは俺の手を取ると腕にある小さなヤケドの跡を見た。
「……あいつはお前にヤケドをさせた。もう二度とお前とは料理させない」
「アニキ、俺が勝手に手伝ったんだよ。愛佳のせいじゃない」
「…………そんなにあいつを庇うな」
―――――え?
アニキは俺の手を離すとご飯の準備を再開した。
「イサ、あと少しで出来る。座っていろ」
「わかった……」
アニキ………?
アニキがなんだか切なそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか……―――――。