俺とアニキと回想シーン
「真橋さん何の用だったんだ?」
5時限目が終わると同時に柳ヶ瀬が話しかけてきた。俺が授業に遅れてしまったせいか、気にしてくれていたようだ。
俺は少しだけ柳ヶ瀬から目をそらして答える。
「いや、別にたいした用じゃないよ」
「そうか。ならいいけど」
よかった。突っ込んで聞かれなくて。あんまり言いたい話じゃない。
「そういえば郡山が行った後すぐ、お前のアニキが来たぞ」
「アニキが?」
「真橋さんに呼ばれてどこかに行きました。って伝えたけど、お前会った?」
そういえば、アニキが屋上に来たときに捜したって言ってたよな。何か用があったんだろうか。
「さっきアニキに会ったよ。でも何も言ってなかったけどな。いいや、帰りにでも聞いてみる」
俺がそう言うと柳ヶ瀬は真面目な顔をして腕組みをした。
――何だ?こんな顔するなんて珍しい。
「………なぁ、郡山」
「何だよ」
「ここ最近、放課後にお前のアニキが迎えに来るのは何でだ?」
「―――――………」
柳ヶ瀬の不躾な質問で俺は思い出したくないことを思い出していた。
―――――愛佳達が引っ越してきた晩のことだった。
『イサ、入るぞ』
俺が寝ようとしてフトンをかぶった時、アニキが部屋に入って来た。
『アニキ、なに?』
俺はすごく眠くて、ベットに寝たまま返事をした。そのベット脇にアニキが腰掛ける。
『イサ、明日から放課後迎えに行く。教室で待っていろ』
『……なんで?』
『明日からは一緒に下校する』
俺は眠気も忘れて跳び起きた。
『な、なんでだよ!?なんでアニキと一緒なんだよ!?』
『……お前が先に帰ると愛佳と二人きりになるからだ』
親父も義母も共働きで夕方過ぎ迄働いている。家に一番早く帰ってくるのは愛佳だった。
確かに俺がアニキより早く帰れば愛佳と二人きりになるだろう。でもそれが何か悪いのか?俺が愛佳に何かするとでも思っているのか?
いくら可愛いくても義妹だぞ。
『なんだよそれ。訳わかんねぇ。いいじゃないか愛佳と二人になっても。俺、アニキが教室に迎えに来るなんて嫌だからな!!』
怒鳴った瞬間俺はベットに押し倒された。
『アニキ?』
『愛佳とあまり二人になるな』
『なんで……』
両腕をアニキの手に押さえ付けられて動くことが出来ない。
『分かったと言え』
『嫌だ』
『言わないとキスをするぞ』
『!!』
アニキの顔が近付く。
『じょ、冗談だろ?アニキ』
『本気だ』
アニキは真っ直ぐに俺を見おろしている。
ま……間近で見ても美形だなアニキ。ってそんなことを考えている場合じゃない。
だんだんとアニキの顔が近付いてくる。
『………どうする?』
口元にアニキの息がかかった。
その瞬間、俺は負けた。
『わ……わかった!!分かったからアニキ!!頼むからやめてくれ!!』
アニキはゆっくり顔を上げると、目を細めて笑った。
「約束だぞ……」
俺はアニキが部屋から出て行くまで、動くことが出来なかった。
―――――思い出したくなかった……。
これも突っ込んで聞かれたくなかった。あんまりどころか口かさけても言いたくない。
「柳ヶ瀬……」
「おう」
「どうしても聞きたいなら教えてやる。そのかわり聞いたあと俺とお前は他人な」
俺は全開の笑顔で言った。
柳ヶ瀬の動きが止まる。そしてゆっくりと口を開いた。
「……聞かれたくないんだな?」
俺は笑顔で頷く。
「分かった、悪かった。二度と聞かないからその顔はやめてくれ。……気色悪い」
――――失礼な。相変わらず口が悪いぞ柳ヶ瀬。
「用はないぞ」
「は?」
学校からの帰り道、俺はアニキに何か用があったのか聞いてみた。
その答えがこれだ。
「なんで俺のクラスまで来たんだよ……」
「昼休みに真橋が1年の教室に行くとクラスの奴に言っているのが聞こえてな。もしかするとお前の所かもしれないと思った。」
アニキ、真橋さんと同じクラスだっけ。話しかけるなって言ってたけど無理なんじゃないか?
「真橋がイサに何をするつもりなのか心配になってな」
……心配して捜しに来てくれたのかアニキ。
「すぐに真橋を追い掛けたんだが、途中教師に捕まった」
ポンッとアニキが俺の頭の上に手をのせる。
「悪かったなイサ。嫌な思いをさせた」
「………別に嫌ことなんてされてない」
辛いのは真橋さんだ。アニキのことが本当に好きだったんだろう。だからアニキと一緒にいる俺にあたってしまったんじゃないだろうか。
アニキのオマケ扱いには少し参ったけど………。
俺が俯いていると、アニキは俺の頭に置いた手を髪にからめて掻きまわした。
「なっ…にするんだよ!!」
「真橋の言ったことは気にするな」
「別に気にしてなんかない!」
こんな嘘をついてもアニキにはすぐバレる。でも恥ずかしいだろ。高校生にもなってアニキに慰められるなんて。
「俺よりも真橋さんは大丈夫なのかよ」
「ああ、あの後屋上でずっと泣いていたみたいだな」
「だなって……!!」
そんな他人事みたいに!
「後ろ」
アニキは前を向いたまま後ろを指差した。
………なんだ?後ろを見ろってことか?
「え………?」
真橋さんが仲良く腕を組んで歩いている。もちろん相手は男だ。
「なんで……?」
俺はそれを呆然として見つめた。
真橋さんは俺が見ていることに気付くと声を張り上げて隣の男に話し掛ける。
「ヤダ―。見て、兄弟で帰ってる。恥ずかしいよね高校生にもなって。ブラコンなんて見てて気持ち悪い。あっちから帰ろう」
真橋さんは隣にいる男の腕を引っ張って脇道へそれた。
角を曲がる瞬間、隣の男はちらりとアニキを見ると片手を上げて笑った。
真橋さんは気付かなかったようだ。そのまま二人の姿は見えなくなった。
「アニキ………誰?今の奴」
「真橋の新しい彼氏…だろう」
「な、なんで!?真橋さんアニキのことが好きだったんじゃないのか!?」
俺はアニキを問い詰める。
「さぁ……。顔の良い奴なら誰でもいいんじゃないのか?」
「ええぇ……。でも何でさっきの今でもう付き合ってるんだよ!?」
アニキが何かしたんじゃないだろうな。
俺はアニキを疑いの目でじっと見つめる。
アニキは口元に手を当てるとゆっくり口を開いた。
「……オレを悪く言って屋上にいる真橋を慰めろとあの男に言っただけだ。6時限目は二人共教室に戻って来なかったな」
はぁ――――!?なんだそれは!!
「なんで自分の悪口なんか言わせるんだよ!!」
「真橋のような自信過剰の女は自分の気持ちに賛同してくれる奴になびく。自分を一番好きだからな」
―――………。そ、そうなのか?
「あの男は前から真橋を気に入っていた。口の上手い奴だから真橋もすぐになびいたようだな。まぁあまりいい噂のある奴ではないが」
「なんでそんな奴紹介するんだよ!」
「真橋も同じようなものだ。俺と付き合っている間も毎晩クラブ遊びをしていたからな」
真橋さんが?そんな風には見えないのに。
あれ?そういえば……。
「ア、アニキもクラブに行ってたのか!?」
「何を言っているんだ。毎晩オレは家に居ただろう」
そういえばそうだな…。
俺は少し胸を撫で下ろした。
しかしアニキはそれを知っていて付き合ったんだな。本当に誰でも良かったのか……?
俺は我知らずため息をおとす。
アニキは労をせずして真橋さんを自分から遠ざけたのか。あの男に真橋さんを押し付けて。
「―――――……」
こんなにも簡単に人を動かせるものなのか?いや、アニキだからか。
―――…恐ろしい。
普段俺も気付かない内にアニキに躍らされているんじゃないだろうか。