柳ヶ瀬と俺
「う――っす、早いな郡山」
教室のドアを開けると上半身ハダカの柳ヶ瀬がいた。
「………ストリップ?」
そう聞くと容赦なく頭をはたかれた。
「これから部活なんだよ。大会近いから着替えて朝練………って、おい。そんなに強く叩いたか?いや、叩いたけど。大丈夫か?郡山」
叩かれたまま下にうずくまる俺を見て、柳ヶ瀬は不安そうに問い掛けてくる。
別に、そんなに痛かったわけじゃなく、柳ヶ瀬の顔を見たら安心して気が抜けた。………とは、言いたくなかった。
「お前のストリップ見たら気分が悪くなっ……」
言葉を言い終える前に、さっきよりも強く叩かれる。
「いっって――――!!やり過ぎだろ柳ヶ瀬!!」
「うるせぇ。このナイスボディに向かってなんて言い草だ。失礼な」
「失礼なのはいつものお前の言動だろ!!」
「いつもってなんだよ!いつ俺がお前に失礼なことしたんだよ!」
………おい、自分の口の悪さは無自覚か。柳ヶ瀬………。
「もういい………」
力無くそう告げて、俺は自分の席へ向かった。
寝不足で、これ以上言い合う元気がなかった。
椅子に座るとすぐに机の上につっぷして腕に顔をうずめる。
少したってから、柳ヶ瀬が何もいわずに教室から出て行くのが分かった。
自分の他に誰もいなくなった教室は、静かで眠けを誘う。
うとうとしていると、足音が聞こえて誰かが早足に教室に入っくるのがわかった。
「―――――イサ」
自分を呼ぶ声に驚いて顔を上げる。
「……………アニキ」
近付いてくる足音に、心臓の音が早くなった。
「……柳ヶ瀬くんから、イサが具合が悪そうだと聞いた」
………どうしてほっといてくれないんだろう。
今はアニキと話したくないのに。
「イサ……」
アニキの手が、ひたいに触れる。
俺は勢いよくそれをはらった。
アニキの顔を見たくなくて、ぎゅっと目を閉じる。
「………イサ」
アニキの一歩下がる音が聞こえた。
「……………一人で、暮らすか?」
………え?
「もしイサがオレと一緒にいたくないのなら、愛佳を連れて親父たちとアメリカに行く」
また一歩、後ろへと下がる。
「どうするかは、イサが決めるといい……」
遠ざかる足音で、アニキが少しずつ離れていのがわかる。
アニキが教室を出て行ってしまってからも、目を開けられなかった。
……一人で……暮らす?
考えたこともなかった……。
ガツッ
―――と、何かの落ちる音がした。
「………悪い、聞いた。ジュース買いに行ったらお前のアニキと会ってさ、お前のこと言ったんだけど……なんか、言って悪かったみたいだな。すまん」
柳ヶ瀬の慌てた声に少し可笑しくなった。
「……っ…ははっ。柳ヶ瀬が謝るの初めて聞いた……」
「笑うなアホ。ジュースやんねーぞ」
そう言ってから、下を向いた俺の顔を覗きこんだ柳ヶ瀬が驚いた声を出した。
「こ……郡山」
「俺が具合悪そうだからジュース買ってきてくれたのか?柳ヶ瀬が優しいなんて気味が悪いな」
「………」
柳ヶ瀬はなにも言い返さなかった。言い返さない柳ヶ瀬も気味が悪い。
ああ、でもそうか、俺が泣いているからか。
いくら柳ヶ瀬でも、弱っているやつにはいつもの毒舌を吐かないのか。
……アニキが教室を出ていく少し前から、涙が止まらなかった。
もう、どうしたらいいのか分からない。
いろいろなことが起こってなにも考えられない内に、また俺の驚くことを聞かされる。
張り付めていた気持ちが溢れて、涙腺が壊れた。
「―――……あ、あ―――っと……学校、サボるか……」
困ったよう柳ヶ瀬はそう言って、机に一部がへこんだ缶ジュースを置いた。
小さく目を開けると、冷えた缶から水滴が伝い落ちるのが見えた。
柳ヶ瀬のめったに見せない優しさが、胸にしみた。