表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

義母と愛佳

『……うわー、ねてないんじゃないか?愛佳』


アニキが愛佳を呼んでリビングに来た瞬間、そう思った。それほどひどい顔をしていたから。目の下がかなりやばい。

アニキはどうなんだろう?そう思ってちらっと見たけど普段と変わらなかった。もともとあまりアニキがひどい顔をしているのを見たことがない。寝ても寝なくても顔はいつも通りだ。顔の皮が厚いのだろうか?


そんなことを考えた後、すぐに視線を下に落とした。

二人と目を合わせにくい。……いや、義母さんもあわせて三人だ。昨日のあれを知られたんだと思うと、なんだかもう恥ずかしくて逃げ出したい。

そもそも義母さんが愛佳につけさせたいケジメってなんなんだ?

 

「おはよう、二人とも。そこに立ってないではやく座って」

義母さんがそう急かすと、アニキも愛佳も無言でイスに腰を掛けた。

………気まずい。アニキが隣に座るのはいつものことなのに、体が緊張のせいか強張る。


「さて、二人の朝ごはんは話が終わった後でね。」

みんなが座って落ち着くのを見ると、義母さんが手をテーブルの上で組んで話しだした。

「翔良くんごめんなさい。昨日、聞くつもりはなかったんだけど聞いてしまったの。………やっぱり、無理矢理するのはよくないわ」

グッとのどがむせた。

叱るところはそこなのか?無理矢理じゃなかったらいいのか?兄弟なんだけど……。

「ああ、聞いてしまいましたか。ええ、そうですね。すみません」

アニキが平然と答える。

………なんでそんなに冷静でいられるんだアニキ。隣にいる俺の方がいたたまれない気持ちになった。

「親父は気が付いていましたか?もし知らないなら、黙っていてもらえるとありがたいのですが」

「大丈夫。旦那は気付いてないわ。もちろん言わないわよ。旦那が知ったら倒れてしまうわ」

それはそうだろう。俺も倒れたいくらいだった。

しかしなんでこの二人は普通のことみたいに話してるんだ?俺は貧血を起こしそうなほど会話の内容がつらいんだけど。はやく話を終わらせてくれないだろうか?

そんなことを思っていると、義母さんが愛佳に話し掛けた。

「―――愛佳」

さっきまでとは違い、厳しい声になる。

「あなたは昨日、してはいけないことをしたわね」

愛佳はギクリと義母さんを見た。

「人の気持ちを勝手に言ったのはなぜ?いけないことだって、分かってるわよね」

愛佳は少し震える声で答えた。

「………翔良が、あたしを邪魔者扱いしたから……だから……」

「そう、だったら勝手に人の気持ちを言っても言ってもいいの?あなたは家事も出来ないわ。翔良さんにこれから迷惑をかけるのは目に見えてる。それでも残りたいって言ったのはあなたよ。これから邪魔にならないでやっていけるって、自信を持って言えるの?」

愛佳は唇を噛んだまま答えなかった。否定できないことが悔しいんだろう。泣きそうな愛佳をかばいたいけど、母子の会話に口を挟むのははばかられた。


義母さんは一つ溜め息をつくと、愛佳にキツイ目線を向けた。

「愛佳。私が本当に怒っているのは、あなたが卑怯だったからよ」

ビクッと愛佳が肩を震わせる。

「自分の気持ちを言わずに人の気持ちだけを言ったのはどうして?自分の気持ちを伝える勇気がないのに、人の気持ちを言うのは卑怯なことじゃないの?」

「…ご、ごめんなさ……」

「あたしに謝らなくていい。謝る相手が誰だか分かっているでしょう?」

愛佳が一瞬黙った。その後つらそうに、でも悔しそうに眉をよせて口を開く。

「…………ごめん……翔良」

「別に。気にしていない」

まるでたいしたことがないような、そっけない態度を取る。そんなアニキを見て、ふと思った。

アニキにとって、昨日のことにあまり意味はないのかもしれない。

恋愛感情じゃなくて、ブラコンの延長みたいなもの……だとか。いや、でもあのキスはやり過ぎな気がする………。


「勇雄くん。顔を上げて、真剣に聞いてほしいの。これから愛佳が言うこと」

義母さんの言葉にゆっくりと顔を上に向けた。

愛佳が何か俺に伝えたいことがあるんだろうか?

「愛佳、ちゃんと言えるよね。自分のケジメをつけられるわよね」

愛佳はうなずくと、これ以上ないくらい真っ赤な顔で、でも、真剣な顔をして俺を見た。


―――何だろう?そんなに大事なことなんだろうか。


「―――……お…にいちゃん、あたしね………」




ガタッ―――

と、突然リビングに鳴り響いた。音のした方に振り向くと、アニキがイスから立ち上がっていた。


「………アニキ?」

腕を掴まれて身体を立ち上がらせられる。俺の腕を掴んだままカバンを二つ、俺の分まで持つと、リビングから出ていこうとした。

「ちょっと!!翔良!!なんでお兄ちゃん連れてくのよ。あたしまだ何も言ってないのに!!」

ふと立ち止まると、アニキは愛佳に視線を向けた。

「ケジメをつける必要はない。お前は言わなくていい。黙ってろ」

「な…んでっ!!」

「お前の気持ちをイサに伝える必要はない」

切り捨てるようなアニキの言い方に、愛佳の眉が吊り上がる。

「あんたにそんなふうに決められたくない!言うったら言う!!」

愛佳はイスから立ち上がると、早足に俺とアニキの方へと向かって来た。

なんだろう?と思っていると、愛佳に勢い良く制服の襟元を引っ張られて身体がぐらりとかしぐ。

「うわ……っ」

転ばないように足を踏み締めると、目の前に首を精一杯のばした愛佳の顔があった。


唇が、一瞬触れる。


そのとたん後ろから腕を強く引っ張られて、すぐに離れた。

 

「行くぞ」

不機嫌な声が聞こえた。でも、思考が止まってしまったようになにも考えられない。体を動かせない。動かない俺を、アニキは引き連って玄関へと向かった。

愛佳がその後から追い掛けてくる。

「お兄ちゃん!あたし、お兄ちゃんが好きだよ!!」

大きな声で叫ぶ愛佳の声が耳に届く。俺は驚いて振り返った。

それでもアニキの足が止まることはなかった。俺は無理矢理くつを履かせられると、玄関の外へと連れ出された。

バタンとドアの閉まる音がする。


「………あのガキが」


地を這うようなアニキのつぶやく声が聞こえた。その言葉に反応することも出来ず、あれほど避けたかったアニキと登校することにも気付かずに、ただ呆然としたまま、腕を引かれて学校へと連れられていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ