アニキと俺と愛佳
※BLにするかしないかまだ決めていないのですが、BL風味なので苦手な方はご注意下さい。
「帰るぞイサ」
低い重圧のある声。なのにどこか色気がある。
…そう評したのはうちのクラスのやつだっただろうか。
「アニキ、わざわざ迎えに来なくていいって言ってるのに…」
ため息をついて俺は椅子から立ち上がる。
廊下へ出るとアニキは俺のクラスの奴らにつかまっていた。
「郡山先輩、これ調理実習で作ったんです。食べてください」
「あたしのも食べてください」
「あたしのも」
……おい、俺が授業中にクッキー(になるはずだったもの)を焦がしたとき、一つもくれなかっただろおまえら。
……俺はまたため息をつく。
こいつらが騒ぐのも無理はない。
アニキは顔がいい。
高く整った鼻。切れ長の目。少しとがったあご。
中学生時代バレーをやっていたためか背も高い。
その上成績は全国でも上位に入るくらいイイ。
そして先週付き合っていた彼女と別れた。
………俺はまたまたため息をつく。
別れた原因は……。
もしかすると俺……なのだろうか。
「お兄ちゃんおかえり」
長い黒髪が腰のところでふわりと揺れる。
大きな目が子犬のようで可愛い。
家に帰ると愛佳が嬉しそうな顔で迎えてくれた。
「…そのお兄ちゃんに俺も入ってるのか?」
見とれいた俺の横で、低い声を一段と低くしたアニキが嫌そうにつぶやく。
「あんたに言うわけないでしょ。あたしは勇雄お兄ちゃんに言ったの。あんたなんか翔良で十分。
こおりやま しょうりょう、あーもうなんて長くて言いにくい名前かしら」
「……親に言え」
「た、ただいま愛佳。そ、そうだアニキ、クッキー貰ってただろ。愛佳にあげたら?アニキ甘いの苦手だろ」
「コイツにやるくらいなら近所のガキにやるほうがましだ」
「あたしだってあんたにもらうくらいならそこの河岸で浮浪者のフリして道行く人に恵んでもらったほうがマシだわ。」
言いあっている二人の間に火花が見える。
……ああもうつくため息もない。
先週アニキと俺の父親が再婚した。
相手は愛佳の母親だ。
よほど相性が悪いのだろう。一緒に暮らして以来この二人はずっとこんな調子だった。
………何かが唇に当たる感触がする。
「ん……」
……なんだろう?…まぁ…いいか……ねむ…い………――――――。
「………勇雄おにーちゃん」
「………ん」
俺は身じろぎして目を覚ました。
「お兄ちゃん、起きた?夕ご飯のお買い物行かない?」
「愛佳……」
さっきのは気のせいだったのだろうか。
俺はうたたねしていたソファーから身を起こした。
「今日も愛佳が作ってくれるのか?」
そういって笑うと愛佳の顔が少し赤くなった。
「う、うん。ごめんね昨日は失敗しちゃって」
昨日から両親は新婚旅行に行っている。
そのため昨日の晩御飯は愛佳が作ってくれたのだが、どうやら料理はあまりやったことがなかったようだ。アニキにこっぴどくけなされていた。もちろん愛佳も言い返していたのだが。
今日はそのリベンジだろうか。
「うん、いいよ。行こうか」
俺がそう言うと愛佳は嬉しそに笑った。
……可愛い。
ほんとうに可愛い。
両親の離婚で三年もの間男所帯だったせいか、俺は一つ下の中学に通う愛佳がはじめから可愛いくて仕方がなかった。
「今日もマズイ飯を食わすつもりか」
玄関で靴を履いていると2階からアニキが降りてきた。
「〜っ。今日は失敗しないわよ!」
愛佳が真っ赤になって怒鳴る。
「昨日の今日で何を言ってるんだ。一日で料理が上手くなるわけがないだろう。」
そう言うとアニキは愛佳の持っていた靴を奪って階段上へとほうり投げた。
「あ〜っ。なにすんのよ!」
そしてアニキは俺の腕を掴むとドアを開けて走りだした。
「ア、アニキ?」
「あっ、ちょっと。嘘。翔良のばか〜っ!!」
愛佳の叫び声は近所中に鳴り響いた。
「………アニキ。ちょっと…ひどい…だろ、さっきの…は…」
俺は息を切らしながら問い掛ける。
「何がた。」
アニキは息一つ切らしていない。スーパーまで歩いて15分の距離を全力で走ってきたのにもかかわらず…だ。いや、全力だったのは俺だけか。アニキにずっと手を離してもらえずに引きずられた。
「愛佳と一緒に行くって、俺約束したのに」
「あのマズイ飯をまた食いたいのか」
昨日の晩御飯の味を思い出したのか、アニキが嫌な顔をする。
確かにアニキに作ってもらったほうが旨いだろう。
親父が再婚する前はアニキが家事をほとんどやっていた。親父と俺が無器用だったからだ。
「……いーんだよ。最初から上手く作れる奴なんていないんだから。一生懸命作ってくれるだけで嬉しいんだ」
そう言うと俺はカゴをもって店内へと入った。
ポンポン。
後ろからアニキが俺の頭をなでた。
「なっ…にすんだよアニキ!!」
「いや、いい子に育ったなと思って」
はぁーーー!?
訳わかんねぇ。
つか、目立つことするな。ただでさえアニキは人目を集めるんだ。ああ、店内の主婦の視線が痛い…。
アニキと一緒にいると目立って仕方がない。いや、目立っているのはアニキだけだが。
でも一人でいるとその他大勢に埋もれてしまう俺としては、あまり人の目にはさらされたくない。
これだからアニキと出かけるのは嫌なんだ。
「イサ」
「ん?」
アニキは俺の肩に手を置くと俺を上からのぞきこんだ。
……俺を上から見るな。
俺の背が低く感じるだろ。いや俺は平均的だ。アニキが高すぎるんだ。
「なんだよ?」
「オレも義母さんが来る前は一生懸命作ってたぞ」
…………。
なんだ?
愛佳と競ってるのか?
アニキも以外と子供っぽいところがあるんだな。
「…なに笑ってるんだイサ」
「え…いや」
バレた。声には出して笑わなかったのに。肩が震えてれば分かるか。
「分かってるよアニキ、すごく感謝してる」
三年前、母は離婚届けを置いて男と駆け落ちした。俺達を置いて。
俺は中学に入学したばかりで、アニキが中学3年生の時だった。ほとんどの家事をアニキがやってくれた。受験勉強もあってさぞ大変だっただろう。
俺も出来る限り手伝っていたのだが、手伝いになっていたかどうかはあやしいところだ……。
「親父が再婚してくれてよかったよな。今度はアニキ、受験勉強に専念できるな」
「勉強なんかしなくても受かるさ」
……今、全国の受験生を敵に回したぞアニキ。
「親父の再婚はいい。よくもあんな美人の嫁を見つけたものだ」
だよな。よくやったぜ親父。おかげであんな可愛い妹までできて…。
「だがあのガキはよけいだ」
「…………」
冷静な顔で人をけなすアニキが怖い。否定したいけど黙っとこう。ごめん愛佳。
「えーと、今日は何食べる?アニキ」
触らぬ神に祟りなしだ。
「……つかれた」
昨日はあれから散々だった。愛佳は拗ねてご飯を食べないし、アニキは必要以上に俺を構ってきた。そしてなぜか愛佳はますます拗ねた。
愛佳が家に来てからアニキの俺への執着がひどくなったような気がする。もともとブラコンぎみだったアニキは母親が出ていってからますます俺に構うようになった。親父が仕事で忙しかったから、その分アニキが構ってくれたのだと思う。
でも愛佳が来てからのアニキの俺への構いかたは異常だった。
学校への登下校も一緒にしたがるし、愛佳と話していると不機嫌になる。昨日のスーパーへ行くときにしてもそうだ。おかしいだろ?兄弟で手を繋ぐなんて。高校生にもなってだぞ。
こういうのは何て言うんだっけ。母親に赤ん坊が出来た時に上の子供がするやつ。そう、赤ん坊帰り。
赤ん坊帰り……。うわ、なんてアニキに似合わない言葉なんだ。
「郡山、なに変な顔してんだ?」
「柳ヶ瀬」
変な顔してたのか俺。うー、恥ずかしい。
柳ヶ瀬は中学からの友達だ。歯に衣をきせない性格でたまに周りが引いたりするが、裏表のない性格で付き合いやすかった。スポーツ刈りで爽やかな顔立ちのせいか、けっこうモテる。
「いや、まあいつもの顔とそんなに変わりないから気にすんな。」
俺が少し赤くなったせいか柳ヶ瀬が余計なフォローをいれる。いや、そのほうが気になるだろ。ショックだろ。いつも変な顔してるのか!?俺!!
「お前がモテるのに彼女出来ない訳がわかった……」
この悪気はないけど口の悪いのが原因だ。
コイツと付き合うには頑丈な心臓が必要だろう。俺も何度心にキズを付けられたことか。……もう結構なれたけど。
「何失礼なこと言ってんだお前。それより真橋さんが呼んでるぞ、郡山」
失礼なのはお前だ!!
……って、真橋さん!?
「呼んでるなら早く言え!!」
「わりぃ。お前が変な顔してるから忘れてた」
…まだ言うか。
もうイイ。こいつには構わないでおこう。それより真橋さんだ。
俺に何の用だろう。
俺は急いで廊下へと向かった。
廊下に出ると真橋さんは窓から外を覗いていた。そして俺に気付いたのかゆっくりと振り返った。
……やっぱり綺麗な人だな。
真橋さんは3年生の中で一番の美人だと言われ有名だった。
肩までの軟らかな髪が開いた窓からの風にゆれる。顔に付いた髪を避ける仕種さえも可愛い。
「勇雄くん、お昼休みに呼び出してごめんね。ちょっと付き合ってくれるかな」
「……はい」
でも俺はこの人が苦手だった。
同じ可愛いなら愛佳のほうが全然可愛い。
真橋さんはアニキがいるときは優しかったが、俺一人の時は少しつめたかった。アニキが自分より俺を構うのが嫌だったのだろう。
真橋さんはアニキの元彼女だった。