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八 「穴」

 河原かわらのすすき野原の中に、大きな穴が見つかった。

 堤防に影響があってはまずいので、早いとこ重機で埋めてしまうことになったのだが、のぞくとけっこう深そうだ。横穴があったら掘り返して埋めないとまた陥没かんぼつするので、一度調査をすることになった。


 晴れの予報が続き、川の増水の心配がない日曜日。消防団の中でも小柄で若い俺が、腰にロープを巻いてもぐることになった。

「危なそうなら、すぐ戻れよ」

「ロープ引っ張れば、引き上げてやるからな」

「オッケー!」

 同じ分団の二人と、万が一用の小型重機に見送られ、俺は穴の中に降りていった。


 穴は直径約一メートルで、三メートルほどの深さがあった。ヘルメットにつけたライトで照らし回りを調べる。固くまり、すすきの根もからんでしっかりした土だ。足元も水がしみ出たりはしていないので、すぐ崩れることはなさそうだ。

「横穴ないかー?」

「今見てるー、って、あったわ」

 少しかがんでみようとしたら、尻が明らかに空間に突き出た。向きを変えてのぞきこむと、そんなに遠くないところに光が射し込んでいるのが見えた。

「おーい、後ろ側に縦穴あるぞー」

「え、もう一つあるのか!? ちょっと見てくるから待ってろー」

「おー、落ちんなよー」

 待っている間、俺は周囲の壁を一通り叩いて調べた。横穴以外に異常はない。土の中は静かで暖かく、思ったより過ごしやすそうだった。


「ダメだー、見つかんねえー」

 五分ほど待ったところで、仲間が上から顔をのぞかせた。

「手探りもしてみたんだけど、穴みっかんねえよー」

「えー? 光入ってんの見えんだぞー」

 光の感じからすると、けっこう大きな穴のはずだ。暖かい風が吹いてくるのを感じる。

「すぐそこだと思うんだけどなー。ちょっと行ってみるわ」

「気をつけろよー」

 俺は腰のロープをしっかり確認し、中腰で横穴に入っていった。


 予想通り、十メートルほどで光の場所に到着した。なんだか、空気が暖かい。

「おーい、ここだー」

 何度も呼んだが返事がない。空が見えるほどの大穴があいているのに。俺は身軽さを生かし、壁に両手両足を突っ張って上に登っていった。

「聞こえなかったのかよ、ここ……」

 元の穴の方に声をかけながら地上に上がる。すすきが風にサワサワと揺れている。だが、二人の姿はなかった。ついでに、穴もなかった。


「どういうことだ……?」

 さんざんいつくばって穴を探したが、ぜんぜん見つからない。気がつけば、重機もない。回りはすすき、右に土手、左に一段下がった河原の向こうに川面かわもが見える。元の場所に間違いなかった。

「あれか、別の世界に来ちゃったー! とか言うやつか? マジかよ?」

 だいぶ頭が混乱していた。俺は土手に腰掛け、しばらくの間、キラキラ光る川面を見ていた。


「ニャー」

 左に目をやると、いつの間にか猫が座っていた。白黒半々くらいのブチ猫。

「おーい、なにしてんだあー」

「え、おっちゃん!?」

 土手の上から聞こえたのは、小さい頃から知ってる近所のおっちゃんの声だった。

「おっちゃん、なんでこんなとこにいんの?」

「これから行くとこがあってな。お前こそ、なんでここに来てんだ?」

「ここに穴あいててさー、ふさぐ前に調べに来たんだけど……」

「穴?」

 俺の腰に結ばれたロープを目で追ったおっちゃんは、一瞬目を見開いた後、いつもの調子で言った。

「早く戻んな。穴が崩れたら大変だぞ」


 それもそうだ。さっさと戻ってみればよかった。別の世界に来ちゃったー、なんて動揺していた。そんなこと言ったら、みんなに笑われそうだ。

「うん、じゃあね、おっちゃん」

「おお」

 お互いに軽く右手をあげてあいさつし、俺は出てきた穴にもぐり込んだ。

「ニャー」

 猫の見送りを聞きながら、俺はもと来た穴の光を目指して進んでいった。


「おーい、無事かあーっ」

 仲間が呼んでいる。俺はロープをクイックイッと引いた。

「どこまで行ってんだーっ」

「戻ってきたぞー。上がるから引いてくれー」

 かがんでもう一度、横穴をのぞく。やはり光は見える。

 三人で探したが、縦穴は見つからなかった。不思議な気分になりながら、その場所までの横穴を掘り返す印のくいを打った。俺がもぐった縦穴をとりあえず重機で崩してふさぎ、あとは土建屋に頼むことになった。

 そして、いくら見回しても、猫もおっちゃんも見えなかった。




 帰ろうとして、携帯に留守電が入っているのに気がついた。家からだ。

「お母さんです。佐々木のおじさんが亡くなりました。手伝いに行きますので、あなたも終わったら早く帰ってきてください」

「……おっちゃん……!?」

 おっちゃんだ。嘘だ、さっき会ったばかりなのに。急いでエンジンをかけて車を走らせる。

 途中で、はねられた猫の死体を見た。さっきの猫とそっくりな、白黒半々のブチ猫だった。

 



 

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