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七 「髪の毛」

 あるところで、赤ん坊が生まれた。

 たいそう可愛らしい子で、太助たすけと名づけられた。


 太助はすくすくと大きくなったが、なぜか髪の毛がえてこなかった。

 まゆ毛や体のうぶ毛は生えているのに、髪は一本も生えないのだ。

 親たちは心配し、毎日頭をもんでみたり、いい毛はえ薬があると聞けば塗ってみたり、まじないをしてみたりと手を尽くしたが、何年たっても太助の頭はつるっつるのままだった。


 太助はとおになった。

 弟や妹の面倒をよくみる、優しい子に育っていたが、ある日倒れた。

 ひどく顔色が悪いが熱もなく、ただ布団に横たわる太助。医者が診ても、ただ弱っているとしか言いようがない、まるで年寄りのようだと。


 太助は言った。

「私の体はもう終わりです」と。

 じいさんが最後の望みにと、村外れに住む祈祷師きとうしを連れてきた。どんな原因もぴたりと当てると評判だった。


 祈祷師は、太助を見るなり言った。

「お前たちの望む結果は出ないが、良いか」と。

「何も分からぬまま孫を失うよりは良い、頼む」とじいさんは答えた。

「お前は良いのか、太助」

「私は良いが、弟や妹には見せたくない」

「そうか、分かった」と祈祷師は受けた。


 近所の人たちと弟妹を隣の部屋に出し、どこからものぞかれないように幕を張る。祖父祖母じじばばと父母だけが見守るなか、祈祷師は太助の枕元で祈祷を始めた。

 太助は汗をかき、苦しそうにうめく。祈祷師が気合いと共に太助の頭をつかみ、何かを引っ張るしぐさをした。


「これをご覧なさい」

 親たちの方に向き直った祈祷師の手に握られていたのは、四尺(約百二十センチメートル)ほどもある一本の髪の毛。得体えたいの知れない気味の悪さに、皆が思わず体を引いた。

「これは太助の髪の毛です。太助には髪が生えていなかったのではない。体の内側に向かって伸びていたのです」


「その通りです」

 いつの間にか太助が起き上がり、布団の上に正座している。着物の前をはだけて腹を出したかと思うと、突然小刀で腹を割捌かっさばいた。

 横一文字に開いた傷口から血は出ず、見えるのは真っ黒な髪の毛の束であった。


「まさか……まさか、そんなことが……」

 じいさんが呻く。 母親は卒倒し、ばあさんと父親が頬をたたいて起こそうとしている。

「だから先に言うたろう。お前たちの望む結果は出ないが良いか、と」


「皆さま、すみませぬ」

 太助は着物をきちんと整え、深々と頭を下げた。

「ご覧の通り、私の体はもう髪の毛で埋め尽くされてしまいました。もはや、心の臓が止まるのも時間の問題でしょう」

「太助……太助が謝ることなど……私が、そんなふうに産んだから……」

 目を覚ました母親が、取り乱して泣いている。

「いいえ、これは私が過去世から背負ってきたごうです。誰のせいでもないのです」

 まだとおとは思えないほどの落ち着きで、太助は微笑んだ。


「このような化け物をいつくしんでいただき、感謝の言葉もございません。最後に、一つお願いをしてもよろしいでしょうか」

「ああ、何でも言いなさい」

 じいさんがこたえる。皆が居ずまいを正す。

「私の体は、埋めずに焼いてください。ご存じの通り、髪の毛は土の中でも腐らずに長年残ります。死んだ後まで、からまれたくはありません」

「分かった。一本残らず焼き尽くそう」

「ありがとうございます。これで、業が切れます」

 太助は、また微笑んだ。


「そろそろお別れです。短い御縁でしたが、太助は幸せでございました」

 手を揃え、深々とお辞儀をした太助は、そのまま動かなくなった。



 太助の亡骸なきがらは、遺言通り荼毘だびに付された。

 父親が掘った穴の中で、髪の毛ばかりになっていた太助の体は瞬く間に燃えていった。祈祷師は引き抜いた一本の髪の毛も火に投げ入れ、万が一にも燃え残りがないように、丸一日の間、祈祷を続けながら火の番をした。


「太助は業が切れた。お前たちはその手伝いをした。これも縁だ、嘆くことはない」

 太助の白い骨を丁寧に埋葬してとむらい、祈祷師は礼金がわりの米を背負って帰っていった。この家は、長く福に恵まれ、豊かに暮らしたということだ。

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