七 「髪の毛」
あるところで、赤ん坊が生まれた。
たいそう可愛らしい子で、太助と名づけられた。
太助はすくすくと大きくなったが、なぜか髪の毛が生えてこなかった。
まゆ毛や体のうぶ毛は生えているのに、髪は一本も生えないのだ。
親たちは心配し、毎日頭をもんでみたり、いい毛はえ薬があると聞けば塗ってみたり、まじないをしてみたりと手を尽くしたが、何年たっても太助の頭はつるっつるのままだった。
太助は十になった。
弟や妹の面倒をよくみる、優しい子に育っていたが、ある日倒れた。
ひどく顔色が悪いが熱もなく、ただ布団に横たわる太助。医者が診ても、ただ弱っているとしか言いようがない、まるで年寄りのようだと。
太助は言った。
「私の体はもう終わりです」と。
じいさんが最後の望みにと、村外れに住む祈祷師を連れてきた。どんな原因もぴたりと当てると評判だった。
祈祷師は、太助を見るなり言った。
「お前たちの望む結果は出ないが、良いか」と。
「何も分からぬまま孫を失うよりは良い、頼む」とじいさんは答えた。
「お前は良いのか、太助」
「私は良いが、弟や妹には見せたくない」
「そうか、分かった」と祈祷師は受けた。
近所の人たちと弟妹を隣の部屋に出し、どこからも覗かれないように幕を張る。祖父祖母と父母だけが見守るなか、祈祷師は太助の枕元で祈祷を始めた。
太助は汗をかき、苦しそうに呻く。祈祷師が気合いと共に太助の頭をつかみ、何かを引っ張るしぐさをした。
「これをご覧なさい」
親たちの方に向き直った祈祷師の手に握られていたのは、四尺(約百二十センチメートル)ほどもある一本の髪の毛。得体の知れない気味の悪さに、皆が思わず体を引いた。
「これは太助の髪の毛です。太助には髪が生えていなかったのではない。体の内側に向かって伸びていたのです」
「その通りです」
いつの間にか太助が起き上がり、布団の上に正座している。着物の前をはだけて腹を出したかと思うと、突然小刀で腹を割捌いた。
横一文字に開いた傷口から血は出ず、見えるのは真っ黒な髪の毛の束であった。
「まさか……まさか、そんなことが……」
じいさんが呻く。 母親は卒倒し、ばあさんと父親が頬をたたいて起こそうとしている。
「だから先に言うたろう。お前たちの望む結果は出ないが良いか、と」
「皆さま、すみませぬ」
太助は着物をきちんと整え、深々と頭を下げた。
「ご覧の通り、私の体はもう髪の毛で埋め尽くされてしまいました。もはや、心の臓が止まるのも時間の問題でしょう」
「太助……太助が謝ることなど……私が、そんなふうに産んだから……」
目を覚ました母親が、取り乱して泣いている。
「いいえ、これは私が過去世から背負ってきた業です。誰のせいでもないのです」
まだ十とは思えないほどの落ち着きで、太助は微笑んだ。
「このような化け物を慈しんでいただき、感謝の言葉もございません。最後に、一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
「ああ、何でも言いなさい」
じいさんが応える。皆が居ずまいを正す。
「私の体は、埋めずに焼いてください。ご存じの通り、髪の毛は土の中でも腐らずに長年残ります。死んだ後まで、絡まれたくはありません」
「分かった。一本残らず焼き尽くそう」
「ありがとうございます。これで、業が切れます」
太助は、また微笑んだ。
「そろそろお別れです。短い御縁でしたが、太助は幸せでございました」
手を揃え、深々とお辞儀をした太助は、そのまま動かなくなった。
太助の亡骸は、遺言通り荼毘に付された。
父親が掘った穴の中で、髪の毛ばかりになっていた太助の体は瞬く間に燃えていった。祈祷師は引き抜いた一本の髪の毛も火に投げ入れ、万が一にも燃え残りがないように、丸一日の間、祈祷を続けながら火の番をした。
「太助は業が切れた。お前たちはその手伝いをした。これも縁だ、嘆くことはない」
太助の白い骨を丁寧に埋葬して弔い、祈祷師は礼金がわりの米を背負って帰っていった。この家は、長く福に恵まれ、豊かに暮らしたということだ。