六 「美容室」
最初に断っておくけど、これは本っ当に、そうとうレアな話だ。ここにいるみんなは、一生当たらない確率の方がはるかに高い。
もし当たったら、それは運命としか言いようがない。諦めてくれ。
小さい頃、美容室や、理容室つまり床屋さんが嫌いだった人はいるかな? きみは、かなり警戒心が強かったのかもしれない。もしくは、何かを感じていたか、だ。
ここからは、理容室も引っくるめて「美容室」と言うよ。
美容室は、合法的に他人の体の一部を手に入れられる、数少ない職場だ。欲しいと思えばの話だけどね。
変な言い方をしているが、要するに「髪の毛」。自分が欲しいと思う相手が客として来れば、チャンスは目の前にいくらでもある。
なんで欲しいか、何に使うのか……分かるね?
「呪い」をかけるためだよ。
あるところに、それに気づいた美容師がいた。仮にAとしよう。
気づいたところで、悪用しなければ問題ない。むしろ、従業員があやしい動きをしないように、きっちり管理している経営者も知ってる。しかし、Aは違った。
Aは思ったんだ。
「これは金になる!」と。
客の中で、人の悪口ばかり言うやつをピックアップする。
中でも、ストーカー気質や粘着質で、卑屈で自己評価が著しく低いのを選ぶ。ほっといても自分で呪いをかけそうな客。意外といるもんらしい。
優しく気長に愚痴を聞いてやって、言葉巧みに誘導して、ある日、耳元でささやくんだ。
「協力しようか?」ってね。
Aという信頼できる(と思っている)協力者を得て、客は恐るべき実行力を発揮する。あらゆる知恵と人脈、時にはヤバい手も使って、ターゲットをAの美容室に来させるんだ。
そうすれば、あとは簡単。こっそり手に入れた髪の毛を客に渡す。客はそれを使って呪いをかける。何らかの結果が出れば、成功報酬を受けとる。
客は、自分がかけた呪いが効果を発揮するか、すごく期待してターゲットを見ているからね。少し体調が悪いとか、うっかりケガをしたとかでも「呪いの効果だ!」と信じこむ。喜んで、Aに金を払うんだ。
だがそのうちに客は、もっと強力な呪いをかけたくなる。またAに協力を依頼する。一度「呪いが効く」と信じた客は、ターゲットの不幸の原因は全て、自分の力だと思うようになっていく。そのうち口コミで噂が広がり、新しい「客」がつく。そしてまた……。
こうして、Aは順調に稼いでいった。
ただ、一つだけ誤算があった。
Aに協力を求める客が増えるということは、つまり「自分を高める努力はせず、人の不幸を願う」人間が集まってくるということだ。二人や三人のうちはよかったが、五人、六人、七人……と増えるにつれ、Aは気が滅入るようになっていった。金は増えていくが、心は重くなるばかりだ。
Aは今さらながら、やってはいけないことに手を出したのだと悟った。少しずつでも客と縁を切ろう、ダメなら店をたたんでもいい。閉店後の店内で、そう心に決めた。
「人を呪わば穴二つ、とはこの事だな」
そう口に出した、その時。
「ぐあっ」
短い息と共に血を吐き、Aは倒れた。胸の真ん中をつかんで、ピクリとも動かない。
次の日、店が開かないことを不審に思った知人が発見したときには、もうすっかり冷たくなっていたそうだ。
きみたちなら、分かるだろう?
この日、客に渡した髪の毛の中に、偶然抜け落ちたAのものが混入していたのだ。
ターゲットの小さな不幸では満足できなくなった客が、本気で呪い殺す決意でつまみ上げた一本が、偶然にもAのものだったのさ。