五 「紙袋」
学校の帰り道にある空き地に、ある日それは置かれていた。
「お? なんだあれ? 何入ってんだー!?」
目ざとい誰かの声で、僕たちはバタバタとかけだした。杭とロープで入れなくなっている空き地に、手つきの白い紙袋が見える。
「朝は、なかったよな?」
「なかった! なかった!」
五、六人がロープぎりぎりに群がった。
ひざの高さくらいまである紙袋は、幅いっぱいに物が詰まっていると想像できる姿で、ピシッと立っていた。
「なんだろ? お菓子かな?」
「ビールとかじゃねえの? 重そうな感じだし」
「こんなとこに食べ物置くかなあ……?」
道路から三メートルほど奥にある紙袋の中身は、見えそうで見えない。背伸びしたりジャンプしたり、一番背の高いやつにおんぶしてもらって伸び上がったり、考えつく限り頑張ったがダメだった。
「捨て猫、とかじゃないよね……?」
諦めかけたとき、誰かが言った。全員、一瞬動きが止まった。
「だったら、やべえじゃん!」
「声もしないし、動かないから違うだろ」
「でも、もしも死にかけてたりしたら……」
「やべえ」
「確かめないと!」
紙袋の底で、目を閉じて横たわる子猫の姿が想像できる。まず違うとは思いながらも、確かめないと納得できなくなってしまった。諦めるわけには、いかなくなってしまった。
「行くしかねえだろ!」
普段から何でも先頭を切りたがるやつが、三段に張ってあるロープの間をなんとかくぐろうとし始めた。
「おい、勝手に入っていいのかよ!?」
「見つかったら怒られるって!」
「だいじょぶだって、のぞいてくるだけだから」
「何やってんだガキども」
空き地の反対側から、作業服姿のおっさんがにらんでいた。人がいるなんて思ってもいなかった僕たちは、その場で硬直してしまった。もう中に入ってしまったやつを、置いて逃げるわけにもいかない。全員、おっさんの方を見たまま固まっていた。
「何してんだっつの」
「あ、こ、この紙袋……」
中に入ってるやつが答える。
「紙袋がどうした」
「もし、捨て猫だったら大変だ、と思って、確かめようと思って、今朝、なかったから」
「ああー?」
おっさんはズンズン歩いてくると、紙袋を無造作に持ち上げた。
「おら、見たいんなら見ろ」
そう言って、こちらへ向けて傾ける。僕たちは金縛りが解け、少しでも近くで見ようと身を乗り出した。
「見えるか?」
「……なんにもねえ!!」
そう、紙袋は空っぽだった。ただの真っ白な空間があるだけ。
「なんだよー心配して損したー!!」
「なんでそんなの置いてんだよー!?」
そんなバカな! 置いてあったときも、持ち上げられたときも、確実に重量を感じたのに!
口々に文句を述べる僕たちを、おっさんはシッシッ、と手を振って追い払う。
「用があるから置いてんだ。見えねえんなら、さっさと帰れ」
帰らないなら学校に連絡するぞ、と脅されて、僕たちはダッシュでその場から逃げ去った。
紙袋は、翌日も、翌々日も、しばらく空き地に置かれていた。
風にも動かず、雨にも汚れず、同じ場所に真っ白なままで佇む紙袋。だんだん気持ち悪くなってきて、あえて無視するようになってしばらくした頃、帰りに見るとなくなっていた。
なくなった日は空き地におっさんが立っていて、紙袋のことを聞くと「用が終わったから燃した」と言った。
空き地には小さい美容室が建って、今もなかなか繁盛している。
おっさんには、二度と会うことはなかった。
しかし「見えねえんなら」帰れ、とは、どういう意味だったのだろう。
「見えたら」帰されなかったんだろうか。
あの紙袋には、本当は何か入っていたんじゃなかったのか……?