四 「新幹線」
ようやくチケットが取れた、大好きな歌手のコンサートに行った帰りの話ね。
行きの新幹線は自由席にしたけど、帰りは奮発して指定席にしたの。疲れるから確実に座りたくて。
あたしが乗った車両は席がほとんど埋まってて、少し空いてたところも次の駅で乗ってきた人で埋まったの。あたしの席は三人掛けの窓際で、隣の人が寝ちゃわないうちにトイレに行っとこうと思ったのね。
で、用が終わってトイレから出ようとした時! いきなりガクッ、と揺れたの!
事故かと思って、慌てて出たのに、なんか普通に走ってるっぽくて。不思議に思いながら車両に戻ったんだけど……。
ビックリしたよ。人がいないの。
あれ、焦ってて逆側の車両に来ちゃったのかな? と思って、一度戻って逆の車両をのぞいたんだけど、そっちにも人がいないの。
いや、やっぱり先に見た方が私が乗ってた車両だって思い直して、思いきって入っていったの。
よくよく見たら、少ないけど人はいた。
もしかしたら、さっきの揺れは駅から出るところで、いっぺんに降りちゃったのかなとも考えた。
でも、わざわざ指定席をとるのは、ある程度遠くまで行く人たちなんだよね。一駅や二駅で降りる人は、自由席で立っててもいい、って人が多いもの。
いくらなんでも、こんなにいっぺんにいなくなる訳がない。
ふと、窓の外を見た。真っ暗で、何も見えない。トンネルかなと思って、しばらく待ってた。けど、いつまで経っても抜けない。町の灯りの一つも見えない。
もっとよく見ようと窓に顔を近づけて、あたしはあることに気づいた。
窓に、何もうつってない……?
外が真っ暗で車内が明るいと、窓ガラスが鏡みたいになるでしょう?
自分の顔や、通路を挟んだ席の人が見えたりするでしょう?
ないの。ただただ外の黒が見えるだけなの。
よくよく見れば、何人かいる人たちも、なんだか実体のない3D映像みたいで……。
ヤバい! 変なところに紛れ込んだかもしれない! あたしはとりあえずデッキに出た。どうすればいい?
そうだ、こういうのネットでよく話題になるから、脱出方法も載ってるかもしれない!
圏外。泣きそうだった。
「なんで? なんで圏外なの? 前に乗ったときはずっと使えてたじゃん! なんで!?」
調べるのもつぶやくのも、家族や友人に助けを求めることもできない。思いつく手が、もうない……。
あたしはフラフラと目の前のトイレに入り、鍵をかけた。
便座に腰かけ、スマホを握る。圏外なだけでなく、時計も全く進んでいない。画面がついたままでフリーズしてしまっている。
ああ、私は、この新幹線はどこに向かっているんだろう。どこかに着くのか、着かないのか。もし着くなら、そこはどこなんだろう……。
――どれくらい経っただろう。
突然、ガクッと体が揺れた。驚いて目をさます。いつの間にか、うつらうつらしていたようだ。
次の瞬間、耳に飛び込んでくる音。走行音、揺れと共に動くドア、そして車内放送。
「間もなく○○、○○」
あたしが降りる駅名! 恐る恐るドアを開けた。人がいる、降りる気満々で扉の前に立つ人が何人も! 大きなリュックサックを背負って、スーツケースを引いて、両手に紙袋をぶら下げて!
急いで車両に戻ると、満杯ではないものの、人がいる! 荷物を網棚から下ろしている人、駅弁のカラをせっせと袋に詰めている人、まだ降りないのか目を閉じたまま微動だにしない人たちが!
席に戻り、荷物を下ろして降りる準備をする。隣の人は途中で降りたようで、もういなかった。
速度が落ち始めた。窓の外に、見慣れた駅前の灯りが現れた。窓に自分の顔がうつっている。
「帰ってきたんだ!」
早足で改札を通り、迎えに来てくれた妹の顔を見たら涙があふれて止まらなかった。
「帰ってきたよ! 帰ってきたよお!」
泣きながら繰り返すあたしを見て、妹は笑いながら言ったの。
「ラッキーだったねえ」