表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

二十一「パトカー」

 夏休みで帰省した同級生たちも加え、私たちはワンボックスカーに満杯に乗り込み、噂のトンネルへ向かった。

「聞いた? あそこで偽物のパトカーが見れるって噂」

「えー、どういうこと? どうやってわかるの?」

「なんか見れば絶対分かるんだって」

「なんだそれ?」

 私たちは口々に騒ぎながら、噂のトンネルを目指した。


 そのトンネルは昔から、幽霊が出ると有名な場所である。曲がりくねった真っ暗な山道を町から三十分。私たちは好奇心に駆られ、肝だめしと称して、そのスポットへ向かっていたのだった。

「ていうかさー、昔からそんな噂あったっけ」

「幽霊はあったけど、パトカーは最近だよね」

「俺も今年初めて聞いた」

 運転していた同級生が、まっすぐ前を観ながら話しだした。

「高校ん時さ、あのトンネル抜けて帰るやついたじゃん?」

「阿部?」

「うんそう。あいつこの前会ったから聞いたけどさ、そんな噂、今までなかったって」

「だよなぁ。 まあ、メインは幽霊だし、見れたらラッキー、ってとこじゃね?」

 車の中はにぎやかだ。誰一人として、恐怖など感じていなかった。


 ゆるやかな上りの、長い左カーブを抜けると、突然トンネルが口を開けていた。

「思ったよりも明るい」

「そりゃそうだよな」

「いけいけレッツゴー……短っ!」

「なんだよ、あっという間じゃねえかよ! こんなとこなんか出るの?」

 拍子抜けするほどの短さだ。昼間に一度通ったことがあるが、こんなに短かっただろうか。大勢でいるからかもしれないが、ちっとも恐怖を感じない。


「つうかさ、ここ本当になんか出るの?」

 どこかで切り返して戻ってこようと、車はそのまましばらく山道を降りていった。やがて、小さな商店の前に並ぶ自動販売機の明かりを見つけ、私達はそこへ一度止まった。

「何か飲む?」

「俺はいいかな」

「それぞれ欲しいやつ買おうぜ」

 何人かが車から降りた。窓から外を見ると真っ暗だ。街灯の灯りがポツポツと続いている。町よりも甲高いカエルの声が聞こえる。

 しかし、まだそんなに遅い時間ではないというのに、民家の灯りが見えない。月も星も見えない。真っ暗闇だ。


「阿部んってこのへんなの? 結構遠いよな」

「よく来てたよな、20キロとかあったらしいぞ」

 切り返して来た道を戻ろうとしたその時、遠くにポツンと車のライトが見えた。

「お、車来るぞ」

何気なにげに車と遭うの初じゃね? いやちょっと待って、青いランプ回ってる」

「あー、防犯パトロール?」

「まさか、偽物のパトカーってアレ?」

 見る間に青ランプの車はスーッと近寄ってきて、私たちと道路を挟んで反対側に止まった。


「やべ、降りてくる! 逃げる?」

「あそこに止められたら回せねえって!」

 ごくごく一般的なワゴンタイプの軽自動車から、中年の男性が二人、こちらにやってきた。

「こんばんはー。どこ行くの?」

「あ、こんばんは……いや、ここから帰るとこです」

「ふーん……君たち、アレ? 偽物のパトカー探しに来たとか?」

 人当たりのよさそうなおじさんから偽物のパトカーという単語が出て、車内が驚きと期待で満ちた。

「え、ほんとに出るんですか!?」

「出る出る。もう帰るんなら、絶対見れる方法教えてあげよっか?」

「マジっすか!!」


「あ、あそこじゃね?」

 私たちは来た道を戻り、トンネルを抜けた。教わった通り、左側にある「オレンジの街灯があるタイヤ交換スペース」に車を止める。

「で、全員車から降りれば、必ず見れるって言ったよな?」

 ぞろぞろと全員降りて、しばらく道路を見つめていた。遠くから車がやってくるかと、左右分担して目をこらして。


 十分ほども待っただろうか。

「……そもそも車来ねえし……」

「だまされたんじゃね?」

「さっさと帰れ、ってことじゃないの? たぶん、あたしたちみたいのがいっぱい来て迷惑してるとかさあ」

「あり得るなー……」

 諦めて帰ろう、という空気になった、その時。


「あ……なんだこれ!」


 運転手の声に振り返った私たちは、言葉を失った。


 偽物のパトカーがあった。

 さっき降りたばかりの白のワンボックスカー。その下半分が、くっきりと黒く塗りつぶされていたのだった。


「か、影とかじゃない!?」

「ちが……塗装だ、ちゃんと焼き付けもしてある……」

「やだっ、何? どういうこと?」

「来る前から塗ってたとかないよな!」

「んなわけあるか! 捕まるだろ!」

「逆側も塗ってあるぞ!」

「意味わかんない!!」

 一人がぺたり、と座り込んだのをきっかけに、全員がその場に崩れ落ちた。パニックが度を越すと、体の機能が停止するらしい。数分ほど誰もが無言だった。視線はうつろに、車に注がれていた。


「全員乗って、最初のコンビニで全員降りる」を実行した結果、車は嘘のように元通りになっていた。

「写真撮っとけばよかった……」

 誰かがつぶやいたが、正直言えば、撮らなくてよかったのではないかと、私は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ