二十一「パトカー」
夏休みで帰省した同級生たちも加え、私たちはワンボックスカーに満杯に乗り込み、噂のトンネルへ向かった。
「聞いた? あそこで偽物のパトカーが見れるって噂」
「えー、どういうこと? どうやってわかるの?」
「なんか見れば絶対分かるんだって」
「なんだそれ?」
私たちは口々に騒ぎながら、噂のトンネルを目指した。
そのトンネルは昔から、幽霊が出ると有名な場所である。曲がりくねった真っ暗な山道を町から三十分。私たちは好奇心に駆られ、肝だめしと称して、そのスポットへ向かっていたのだった。
「ていうかさー、昔からそんな噂あったっけ」
「幽霊はあったけど、パトカーは最近だよね」
「俺も今年初めて聞いた」
運転していた同級生が、まっすぐ前を観ながら話しだした。
「高校ん時さ、あのトンネル抜けて帰るやついたじゃん?」
「阿部?」
「うんそう。あいつこの前会ったから聞いたけどさ、そんな噂、今までなかったって」
「だよなぁ。 まあ、メインは幽霊だし、見れたらラッキー、ってとこじゃね?」
車の中はにぎやかだ。誰一人として、恐怖など感じていなかった。
ゆるやかな上りの、長い左カーブを抜けると、突然トンネルが口を開けていた。
「思ったよりも明るい」
「そりゃそうだよな」
「いけいけレッツゴー……短っ!」
「なんだよ、あっという間じゃねえかよ! こんなとこなんか出るの?」
拍子抜けするほどの短さだ。昼間に一度通ったことがあるが、こんなに短かっただろうか。大勢でいるからかもしれないが、ちっとも恐怖を感じない。
「つうかさ、ここ本当になんか出るの?」
どこかで切り返して戻ってこようと、車はそのまましばらく山道を降りていった。やがて、小さな商店の前に並ぶ自動販売機の明かりを見つけ、私達はそこへ一度止まった。
「何か飲む?」
「俺はいいかな」
「それぞれ欲しいやつ買おうぜ」
何人かが車から降りた。窓から外を見ると真っ暗だ。街灯の灯りがポツポツと続いている。町よりも甲高いカエルの声が聞こえる。
しかし、まだそんなに遅い時間ではないというのに、民家の灯りが見えない。月も星も見えない。真っ暗闇だ。
「阿部ん家ってこのへんなの? 結構遠いよな」
「よく来てたよな、20キロとかあったらしいぞ」
切り返して来た道を戻ろうとしたその時、遠くにポツンと車のライトが見えた。
「お、車来るぞ」
「何気に車と遭うの初じゃね? いやちょっと待って、青いランプ回ってる」
「あー、防犯パトロール?」
「まさか、偽物のパトカーってアレ?」
見る間に青ランプの車はスーッと近寄ってきて、私たちと道路を挟んで反対側に止まった。
「やべ、降りてくる! 逃げる?」
「あそこに止められたら回せねえって!」
ごくごく一般的なワゴンタイプの軽自動車から、中年の男性が二人、こちらにやってきた。
「こんばんはー。どこ行くの?」
「あ、こんばんは……いや、ここから帰るとこです」
「ふーん……君たち、アレ? 偽物のパトカー探しに来たとか?」
人当たりのよさそうなおじさんから偽物のパトカーという単語が出て、車内が驚きと期待で満ちた。
「え、ほんとに出るんですか!?」
「出る出る。もう帰るんなら、絶対見れる方法教えてあげよっか?」
「マジっすか!!」
「あ、あそこじゃね?」
私たちは来た道を戻り、トンネルを抜けた。教わった通り、左側にある「オレンジの街灯があるタイヤ交換スペース」に車を止める。
「で、全員車から降りれば、必ず見れるって言ったよな?」
ぞろぞろと全員降りて、しばらく道路を見つめていた。遠くから車がやってくるかと、左右分担して目をこらして。
十分ほども待っただろうか。
「……そもそも車来ねえし……」
「だまされたんじゃね?」
「さっさと帰れ、ってことじゃないの? たぶん、あたしたちみたいのがいっぱい来て迷惑してるとかさあ」
「あり得るなー……」
諦めて帰ろう、という空気になった、その時。
「あ……なんだこれ!」
運転手の声に振り返った私たちは、言葉を失った。
偽物のパトカーがあった。
さっき降りたばかりの白のワンボックスカー。その下半分が、くっきりと黒く塗りつぶされていたのだった。
「か、影とかじゃない!?」
「ちが……塗装だ、ちゃんと焼き付けもしてある……」
「やだっ、何? どういうこと?」
「来る前から塗ってたとかないよな!」
「んなわけあるか! 捕まるだろ!」
「逆側も塗ってあるぞ!」
「意味わかんない!!」
一人がぺたり、と座り込んだのをきっかけに、全員がその場に崩れ落ちた。パニックが度を越すと、体の機能が停止するらしい。数分ほど誰もが無言だった。視線はうつろに、車に注がれていた。
「全員乗って、最初のコンビニで全員降りる」を実行した結果、車は嘘のように元通りになっていた。
「写真撮っとけばよかった……」
誰かがつぶやいたが、正直言えば、撮らなくてよかったのではないかと、私は思った。




