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十四「雷」

 七月末のその日、雷が落ちたのは僕の頭の上だった。

 雲一つない、さわやかな夏晴れの朝六時。僕はいつもの散歩コースである田んぼ道で倒れていた。

 連れていた犬のタロウだけが家に戻り、不審に思った父が探しにきたのだと、後で聞かされた。


 幸い、体は無事だった。

 電流が通り抜けたらしい火傷はあったものの(これが雷に打たれたと推測された理由だ)、程度は医者も不思議がるほど軽かった。

 意識が戻ったのは一週間後で、目を開ける前に、脳死だのドナーだのささやく家族の声が耳に入ってショックだったのを覚えている。

 後遺症もなく、奇跡だと言われながら退院してしばらくたった頃、僕は確信した。


 やっぱり、僕はおかしくなったみたいだ、と。



「またその話ー? よく覚えてるよね昔のこと」

 それは、妹のあきれ声を聞いたときだった。

「昔……?」

「だってそれ、年長の頃でしょ? 十年くらい経つじゃん」

「え、そんなに経つかな?」

「はあ? え、マジで言ってる……?」


 言葉を交わす妹が、真顔で僕の目の奥を見ていた。

 僕は、過去の時間感覚を、失っていた。



 振り返っても、僕の後ろには道がない。

 だけど、記憶がなくなった訳じゃない。

 すぐ後ろに大きな壁がついてきて、そこに記憶のすべてが、写真をコルクボードにピンでとめたみたいに貼りついている。

 その中で「お気に入り順」「最近アクセスした順」に大きく、あざやかな色彩で見える、それだけだ。


「またその話? もう何回も聞いたよ」 


 その言葉は、僕も何回も聞いてるさ。

 でも、頭に真っ先に浮かぶのは「最近アクセスした」「お気に入りの」話だから、どうしても同じことを繰り返してしまうんだ。

 だから僕は、分かっていてもやっぱり、また明日も同じことを話すかもしれない。




「人生はやがて一枚の絵になる」

 何で読んだのだったか、こんな言葉がある。

 年齢を重ねていくと、時系列に並んでいた過去の出来事が少しずつ圧縮され、ついには一枚の絵画のようになるのだという。

 だから年寄りは、子供の頃の話から最近の話まで、すべて昨日のように話すのだと。


 そう、すべて昨日なんだ。


 病院のベッドで目覚めた日。

 給食のおかわりをかけてジャンケンした日。

 高校の合格発表の日。

 保育所の遠足で水族館に行った日。

 合宿の夜にテンション上がって寝られず怒られた日。

 はじめてのケータイを手に入れた日。

 タロウと散歩していた、あの日。


 昨日なんだ。全部。



 日常のことは、あっという間に薄れていく。

 古い思い出が真っ先に主張してきて、新しい記憶が隅っこに追いやられてしまうんだ。

 特別なことがあれば思い出しやすいんだけど、たとえば……。


 妹の結婚式の日。

 雑誌の取材を受けた日。

 タロウが死んだ日。

 定期検査で一泊入院した日。

 仕事で偶然、初恋の彼女に出会った日。


 たぶん、このあたりが最近だとは思う。

 実は、自分の年齢の自覚が曖昧あいまいなんだ。

 そもそも「昨日」僕は何歳だったのか、まったくピンとこないしね。だから、ときどき人に聞いてみるんだ。

 手帳とか見れば分かるけど、なんというか、感覚的に落ち着きたくて。僕みたいな人、どこかにいるだろうかと思いながら。


「僕、何歳ぐらいに見えます?」


 

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