十二「募金箱」
「ありがとう! 903円貯まったよ!」
僕を含めた店内の客が振り返る。声の主は募金箱だ。正確に言うなら、募金箱として使われている貯金箱だ。
「ありがとう! 914円貯まったよ!」
しゃべる貯金箱を募金用に使うというのは、なかなかいいアイディアだ。一円でもいいから入れようかな、という気になる。
「ありがとう! 961円貯まったよ!」
レジに並ぶ人が次々と釣り銭の端数を入れていく。僕と同じく、つい入れたくなる人が多いようだ。
「ありがとう! 980円貯まったよ!」
「いらっしゃっせーお待たせしましったー」
若い男性店員がレジを打っている間、僕は募金箱を見ていた。金額がデジタル表示されているのは分かりやすい。ところで、隣にくっついている、ボックスティッシュぐらいの箱部分はなんだろう。
「1,000円貯まると、そこ光るんすよー」
僕の視線に気づいた店員が話しかけてきた。
「光る?」
「面白いっすよー」
店員はニコニコしながら、商品を袋に入れている。
あと二十円か。支払いはカードで済ませたものの、ちょっと気になる。今月末の、地元の祭りの協賛募金のようだ。
「いかがっすかー? なかなか見れないっすよー」
こういう募金の勧誘も斬新だ。僕は財布をのぞきこむ。十円玉がちょうど二枚ある、これは入れてみるしかない。
「ありがとう! 1,000円貯まったよ!」
ピロロロロロ、とにぎやかな効果音と共に募金箱(貯金箱)が光る。数字が点滅し、その回りを光がグルグル回る。なるほど、ちょっと楽しい。
「あ、そっちの箱見ててください」
店内にいた客が三人、音を聞きつけてやって来た。
黒い箱の前面部分がパッパッと明滅したかと思うと、右から左へ千円札の簡単イラストが流れてきた。よく店先にある電光掲示板になっていたのだ。
「おー!」
誰からともなく声がもれる。五人が囲んで見つめる中、千円札は真ん中で止まり、二度点滅した。続いて「3,000円」「達成!!」、「ありがとう」の回りを光がクルクル回る。三周ほどしてから光が全部消えて、また黒い箱に戻った。
「面白いねー」
「俺、今度入れよう」
一緒に見ていた客たちは買い物に戻っていく。僕もいいものを見たと思った。地元の祭りのためにもなるし、有意義な二十円の使い道だったと満足した。
だが、帰ろうとした僕の頭に、突然大きな疑問符が。
(3,000円……980円だったのに?)
小銭側の募金箱(貯金箱)を見ると、表示が0になっている。千円貯まるごとに表示がリセットされるのか。見れば五桁まで表示できるようなのに、なぜわざわざそんなことをするんだろう。今いくら貯まっているのか、次に千円貯まってみないと分からないじゃないか。
「ねえ、これなんで0に戻るの? 3,000、って出しとけばいいのに」
気になって仕方なくなり、僕は店員に聞いた。
「は?」
「いや、せっかく3,000円入ってるのに、これじゃ空っぽみたいじゃない?」
「え、だって空っぽっすよ?」
……何を言っているのか分からない。
「そっちの箱に送ったんですから、空っぽっすよ?」
「え? 小銭の音とか、しなかったと思うけど」
「小銭?」
客が来て、店員はキョトンとした顔をしたままレジを打つ。ジュースと弁当を買った客が釣りから六円を入れると、当たり前のように「ありがとう! 6円貯まったよ!」と声が響き、入れた客は微笑みを浮かべて店を出ていった。
「えっと……今の6円しか入ってないんで、1,000円はそっち送ったんで」
店員が募金箱を片手で持ち上げて振る。たしかに、五円玉一枚と一円玉一枚しか入っていなさそうな音がする。黒い箱は小銭側とがっちり接着されているようだ。
「んーと、小銭をこっちに送る? 時にジャラジャラ音した?」
「え? 小銭の音はしないっすよ」
「だよね? しなかったよね?」
「だって、札送るっすから」
「……はい?」
「小銭だと重いし、貯まったら両替するっすよね、フツー」
店員は、本気で言ってる意味が分からない、という顔をしている。たぶん僕も同じ顔をしていたはずだ。何を言ってんだコイツ、と。
「え? 両替してから送る、ってこと?」
「そうっすよ、便利っすよねー」
いやいや、そういうことじゃないだろう。
「じゃあ、僕がさっき入れた20円とか、それまで入ってた小銭とかはどこに行ったわけ? 札はどこから来たの?」
「あ、そういうことっすか。この辺でなんとかなってるらしいっすよ」
店員は募金箱を持ち上げ、接続部分を見せてきた。よく見ると一センチメートルほど色が違う部分が挟まっている。それにしても軽そうだ。たしかに、三千円分の小銭が入っている気はしない。
「俺も最初は意味不明だったんすけど、開けるとちゃんと札出てくるんで諦めたっす」
僕は店を出た。これ以上は話してもムダだと思った。マンガだったら、頭の上に「?」がたくさん浮かんでいたことだろう。
だまされているのか、画期的な発明品なのか、地球の科学を超越したものを見てしまったのか……一センチメートルの中に、次元を超えるホールでも入っているのだろうか。
「意味不明……」
腹が減っていたのも忘れて、僕は歩いた。家が見えてきた頃、袋からペットボトルを取り出してお茶を一気に半分ほど飲んだ。
あの二十円、今頃どこにあるんだろう。




