一 「墓参り」
前の人の話からキーワードを拾い、引き継いで語っていく百物語。
複数の語り手が登場します。
怖い話より、不思議系が多くなると思いますので、恐怖を味わいたい方はあまり期待しないでくださいませ。
あれはもう二十年ほど前になるかな。私はいつものように、親父の命日に墓参りに行った。いつもは母親も一緒に行くんだが、このときは風邪をひいていて家にいたんだ。
「一人で墓参りに行くもんじゃない、転んで怪我などしたら命をとられる。気をつけろ」
母に散々注意されたから、慎重に足元を見ながら坂道をのぼった。そのせいで、気づくのが遅れた。うちの墓に、誰かいることに。
女性が手を合わせている。三十代前半くらいだろうか。私よりは確実に年下だろうと思った。
彼女は私に気づくと立ち上がり、軽く一礼した。私も礼をした。見たことのない女性だ。誰だろう、たずねようと思った矢先。
「夫とは、どういったご関係でしょうか?」
「お……っと?」
言われた意味が分かるまで数秒かかった。この墓には、彼女の夫が眠っているのだ。私は墓石や法名碑を確認した。ここは……うちの墓に間違いなかった。
「夫のご友人の方ですか? わざわざありがとうございます」
深々と頭を下げる彼女を見て、どうしたものかと思案した。ここでうちの墓だと主張するのは簡単だが、後味が悪いことになりそうだ。それとなく誘導して、間違いに気づいてもらうことはできないだろうか。
私は当たり障りのない質問をしながら、様子を探ることにした。
「はい、生前ちょっとお世話になったことがありまして。もう何年になりますかねえ」
「そうでしたか……早いもので、もう五年になります」
きた! さっそくの破綻に、これは勝てると思ったよ。
親父が亡くなったのは、その時より四十年前だった。法名碑に刻まれた命日も、昭和の年号だ。平成も二十年を過ぎた頃になって、五年前に亡くなったってことはないだろう?
「息子も五歳になります。息子の歳を数えると、夫が亡くなって何年か分かりますから」
なんと気の毒な。うちと同じだ。子供が生まれて間もなく、父親が亡くなったのか。私は同情した。
「今日は命日なので……本当に、わざわざありがとうございます。夫も喜びます」
命日も同じだとは。これも何かの縁かもしれない。夫を亡くしたショックで、精神的に不安定な人かもしれない。今日は合わせてあげるとしよう。
五年間、一度も会ったことがないのだから、心が落ち着けば、二度と会わないかもしれないのだから。
線香をあげようとしたその時、後ろでカツーン、と音が響いた。私は思わず振り返った。
カラスが、寺の本堂の屋根に何かを落としている。目的があるのか遊びなのか、いつものことだ。クルミでも割ろうとしてるのかもしれない。
正面に向き直ると、女性は……消えていた。
ほんの数秒の間に、跡形もなく。
慌てて立ち上がって辺りを見回したが、見渡す限り、誰の姿も見えなかった。私は気味が悪くなって、大急ぎで掃除を済ませ、そそくさと帰った。母には言わなかったというより、言えなかった。
そして、ここからは先週の話だ。
母も九十になり、今は特別養護老人ホームに入っている。もう、息子である私のことも、時々しか分からなくなった。毎回「どちら様でしたかね?」って聞かれるのも、ようやく慣れたんだが……。
「あら、以前に一度お会いしましたね。主人のお墓参りに来ていただいて。あの節はありがとうございました」
何を言ってるのか、と笑い飛ばそうとしたんだが、次の瞬間に思い出したんだよ。そうしたら……
「あの時、カラスがイタズラしてましたねえ。つい見ている間に帰ってしまわれて。お名前もお伺いできず、失礼いたしました。お会いできてよかったです」
ニコニコして、ハッキリした口調でしゃべる母を、久しぶりに見たよ。
「それにしても、五十五年もたちますのに、お若くていらっしゃる。うらやましいですねえ」
ああ、あの女性が老けたらこの顔になる。そう思った。