クラス替え〈4〉
旧クラスでの圭太のポジションは、実に「普通」だった。
普段はどちらかというと物静かなタイプだが、時には仲間と馬鹿騒ぎもするし、女子とも適度に会話する。
普段は一人だったり、馬の合う二、三人とつるんだりする程度だが、グループで遊びに誘われれば積極的に参加する。
個人プレイが好きだが、集団において協力も惜しまない。
程よく一人で、程よく集団に溶け込む。
それが、友則圭太という人間だ。
おかげで、圭太が一年生の時に獲得した評価は、「良い奴」というのが多くを占めていた。男女ともにそう評価してくれるのだから、まあ大方の認識と理解していいだろう。
つまり、圭太は極めて「普通」の男子生徒だった。
※
「――そういうわけで、手伝ってくれ」
圭太は、昨日聞いた裏ワザを実行してみようとクラス全員――の前に、まず伸に対して協力要請をした。
SHRの時にぶっつけ本番で言ってみても良いが、新クラスではやや抵抗がある。先に、良く知った友人で反応を確かめておく方が安全だろう。そう考えたからだ。
要請を聞いた伸は、「話はわかった」とやけに神妙に頷き、「けど」と続ける。何か問題があるのかと考えた圭太に、伸はオーバーリアクション気味に叫んだ。
「勿体ないじゃねぇか!」
「はぁ?」
「せっかく白石と二人きりになれるチャンスだってのに!」
そう言われても、今のところ、白石と二人きりになりたいという願望は持っていない。
確かに白石が可愛いことは認めるが、だからといって「二人きり」になって楽しいかと言われれば、正直微妙である。この前のやり取りを思えば、トークが盛り上がるとも思えなかった。
「いいよ、別に。楽な方がいいし」
「枯れてんなー」
呆れたような友人に、圭太は「ほっとけ」と返す。
「俺なら、この手のイベントは絶対逃さねぇけどな」
「毎週同じことやるのが?」
「週末の楽しみってことにしとけよ。役得、役得」
言いたいことは分からなくもない。が、圭太は特にそのプランに魅力を感じなかったので、やはりクラスのみんなに協力してもらおうと決めた。
そんな圭太の協力要請は、あっさりとクラスに受け入れられた。思わず、「おまえら、いい奴だな……」と、じんとする。どうやら恵まれたクラスのようだ。
ほどなくして、圭太の元には依頼しておいた箇所の報告がきた。
当然、彼の中では、「問題なし」の報告がくる予定だった。
掃除用具入れに、早々不備があってたまるものか。あるはずはない。そういった意識が彼の中にあったからだ。
が、蓋を開けてみれば。
「雑巾全然足りなかったんだけど」
「え、こっちは二枚多かったぞ」
「なんか講堂の裏に箒が置いてあったんだけどさぁ、これ何処のー?」
(ふっつーに「異常箇所あり」じゃん……)
次々にあがってくる「異常」報告を聞き、チェックリストに書かれた「異常箇所あり」項目にチェックをしながら、圭太はげんなりした。隣では、同じく報告を受けている白石が無言で✓をつけている。
「講堂掃除の時に、どっかのクラスがごちゃごちゃに仕舞ったんじゃない? ほら、手当たり次第に雑巾とか箒とかかき集めたから」
そういえば、式典の準備をさせられた時に、そんな状態になっていたような気がする。だからこそ、さっそく美化委員が召集をかけられたのかと、圭太は妙に納得してしまった。
「これ、今から行くんだよなぁ」
隣の白石に問うと、彼女は無言で頷いた。やはり、いまいち感情は読み取れなかった。
※
そもそも、二年六組の障子場所に講堂周辺が割り当てられていることが不運なのだ。
「異常箇所あり」の報告を受けたロッカー(三か所目)を開けて、圭太はつくづくそう思った。
他の場所はそうでもないに決まっている。なぜなら、さっき知り合いの美化委員がそそくさと部活に出ている現場を目撃したから。
一体何時までさせる気だよ、と美化委員なるものを作った人間を恨む。これでは部活に間に合わないかもしれない。
「時間、大丈夫か?」
「うん」
気を遣って隣の白石に尋ねるも、いつも通りの返事だった。掃除場所を回り始めてから何度か声を掛けたものの、毎回こんな感じである。
素っ気ないというか、何というか。伸は何と表現していたっけ。……ああそうだ、「シンプル」と言っていたか。
昨日の会話を脳内リピートしていると、白石が急に立ち止まった。
「何かあったか?」
彼女は講堂の脇をじっと見ている。そこに放置されていた掃除用具は、ついさっき片付けたはずである。まだ何かあるのか、と圭太は怪訝に思った。
「あと、ここだけだから」
「うん?」
「後で、私がやるね」
「は?」
「だから、先に戻ってて」
え、と思う間もなく、白石は講堂の脇を抜けてグラウンドへ走って行く。緑色のネットが張られた場所も器用に避けながら、真っ直ぐに駆けて行った。
「お、おい……」
誰もいない講堂横ロッカー前で、圭太の声が虚しく響く。
一瞬の出来事だった。残された圭太は、意味がわからずその場に止まる。開かれたままのロッカー扉が、風に揺れてカタカタと音を鳴らしていた。
「なんなんだ……?」
誰も反応してくれる者がいないと分かっていても、そう呟かずにはいられなかった。
だいぶ麻痺しつつある思考のなかで、圭太は「意外と足早いのな」と、どうでもいいことを思った。