花火大会〈2〉
「白石さーん! こっちこっち!」
ぶんぶんと千遥が手を振る。こういうところは中学時代と変わっていないと、圭太は思う。白石と比べると、「ほんとに高校生か?」と訊きたくなるような言動である。
「ほら、圭太も手ー振って!」
「やだよ」
付き合ってられるか、とばかりに余所を向いた圭太を、千遥は笑った。彼がそんな風に言うことを見越していたかのようだ。
「もうっ、ノリ悪いなぁ」
「つか、なんでそんなにテンション高いんだよ」
「圭太が低すぎるの!」
千遥はそう言って、再び白石に向かって手を振り始めた。しかも、今度はぴょんぴょんと飛び跳ねながら。
アスファルトに響く下駄の音は、この雑踏のなかではさほど気にならない。それでも変に目立つのが嫌で、圭太はちょっとだけ千遥から離れた。
「……ところで白石さん、なんで制服?」
「さあ。私服バレするのが嫌だったんじゃない?」
「えー」
千遥は浴衣が着崩れない程度に飛び跳ねて手を振りながら、横にいる夕季に話しかける。器用なことするな、と圭太は思った。
白石は人の流れに乗りながら、こちらへ向かっている。あの集団は、おそらく今到着したバスから降りて来た人たちだろう。
「お疲れー。もしかして、部活帰り?」
「うん」
「そうなんだ。浴衣着れなくて残念だね」
白石は小さく頷くと、圭太の方に目を向けた。
「友則くんも、制服……」
「あ、俺も午後練だったから。今日ぐらいオフでも良いと思うんだけどさ、うちのキャプテンがやるって言うから」
「へー。真面目なんだ、弓道部」
「一応、秋に新人戦あるからな。そう言う佐浦だって、今日もあったんだろ?」
「まあね。たまたま午前で助かったけど」
夕季は「浴衣着れたし」と言って、袖を軽く握った。
「ねぇねぇ、どこ行く?」
「とりあえず、屋台が並んでる方じゃない?」
「さんせーい。白石さんもそれでいい?」
「うん」
女子だけで会話が進んでいく。圭太は逆らう気もないので、彼女たちに付いていくことにした。
「残念だったなー、圭太」
「何が?」
「決まってんだろ。白石の浴衣だよ」
背後から囁くように話しかけてきたのは伸だった。こちらも制服姿で、圭太と同じく部活帰りである。
「部活だったんだから仕方ないだろ」
自分だって制服のくせに、と言おうとしたが止めた。伸の言っていることは、「そういうこと」ではない。
「……にしても、美術部って土曜もやってんだな」
伸が感心半分、呆れ半分のように呟く。美術部のような、活発なイメージのないクラブが休日に活動しているということが意外だったようだ。
それは圭太も同感だった。吹奏楽に代表されるようなハードなクラブを除き、基本的に文化部というのは平日にちょいちょい活動しているだけだと思っていた。
「大会でも近いんじゃねぇの?」
適当なことを言っていると、
「遅いよぉー!」
左斜め前方から千遥の声がした。人と人の合間から巾着が揺れているのが見えるは、彼女が振り回しているせいだ。
圭太は伸と顔を見合わせ、彼女たちに追いつくべく、人混みに身体を滑り込ませた。
※
橙色の空が色を変える頃になると、人の数は一気に増した。打ち上げまでまだ一時間以上あるが、そろそろ場所取りをしていた方が良いかもしれない。
圭太らは屋台で食べ物を買ってから、観覧スペースに移動することにした。
観覧スペースといっても、ロープが張られているだけで、椅子やテーブルのようなものは一切ない。だから芝生の上にシートを置いて座っている人や、自分で折り畳み式の椅子を持って来ている人がほとんどだ。
圭太らはどちらも持ってきていないので、絶景スポットからはやや離れるものの、良い感じに段差のある花壇を探していた。そこならば、座ることができる。
しかし、同じことを考える人間は大勢いるもので、既に花壇の周りも人で溢れかえっている。例年花火が良く見えるとされる主要なポイントは、全て押さえられているように思われた。
「やっぱ混んでるなー」
「あっち側、ちょっと空いてるっぽいよ」
千遥が目ざとく、空きスペースを見付ける。
「もうあそこにしない? 早く行かないと埋まっちゃうかもしれないし。これから探すのも大変だって」
歩き過ぎて疲れたのか、それとも人混みに寄ったのか、夕季がそんなことを言った。どうでもいいから早く休みたい、という声が聞こえてきそうである。
「そうだね。白石さんも、それでいい?」
白石がこくんと頷く。
やっぱり女子だけで決められていくが、圭太も伸も、もはや違和感すら覚えなくなっていた。
「飲み物買って来なかったけど、あっちにコンビニあるから、後で買いに行けばいっか」
「うん。順番に買いに行こ」
千遥は段差に腰掛けると、さっそく下駄を脱いで足を伸ばした。ぐっぱーぐっぱーと指先の運動をしながら、足をぶらつかせる。
「疲れたぁ」
「最初に跳んでたからじゃない?」
「違うよぉ。あれぐらいで疲れたりしないってば。それに、夕季だって疲れてるじゃん」
「だって、普段こんな恰好しないし」
夕季も千遥の隣に座り、同じように素足になる。それを見ていた圭太は、「なんだかなぁ」と思った。今日最初に二人の浴衣姿を見た時は、ちょっと清楚な感じで良いなと思っていただけに、なんとなくそれが裏切られた気分だ。
「じゃあ、俺ら先にコンビニ行ってくるわ」
「えー!」
「えーって……さっき順番に行くって話にならなかったっけ」
「言ったけど……。それって、女子だけ残していくってこと?」
千遥の目に非難めいたものが見える。圭太は思考する間もなく、本能的にぎくりとした。
「そうよ。変な人にナンパされたらどうすんの」
さらに夕季にも同調され、言葉に詰まった。ここで「ないない」と言えるほどの度胸はない。それに改めて考えると、その可能性が全くないとも言えなかった。
「てことは……俺だけ先に行く、みたいな?」
「で、後で圭太一人で留守番」
「それ、俺が虚しいだろ!」
コンビニまで行って帰ってくるだけとはいえ、混んでいるだろうし、三十分はかかるだろうから、その間ずっと一人で番をしなければならないということになる。これでは、ただの場所取り要員だ。
しかしこれまでの会話の流れから、その役は誰かが――具体的には、圭太か伸のどちらかが担わなくてはならなくなりそうだ。
圭太は無意識のうちに、伸のいる方向を向こうとして――。
「俺がそれしよっか」
先に、伸が口を開いた。それまで身体を預けていた花壇から離れ、圭太の横にやって来る。
「え、いや、でも」
普段はふざけた言動も少なくないが、こういう場面では空気も読めるし、決して面倒な役を嫌がらない。友達が多いのも頷ける。
しかし、圭太とてそれに甘えるわけにはいかない。何せ、最初にコンビニに行こうと言い出したのは自分だ。
「いやマジで。俺、行ってもいいよ」
「けど、最初に行くって言ったの俺だし。やっぱ、俺が行くって。別に、そんな嫌ってわけじゃないから」
本当はちょっと嫌だったが、それは言わないことにしておく。わざと明るい表情を作ってみせると、伸は「そうかぁ」と言って引いてくれた。
「じゃ、先行ってくるから。俺のからあげ食うなよ」
「え、なんでわかったの!?」
びくっとした千遥を見て、圭太は自分の推測が正しかったことを知った。中学からの彼女の行動を思い出せば、いかにもやりそうなことである。それで、圭太が戻って来た時に言うのだ。
――行く前と変わっているところはどこでしょう?
と。
(やる。絶対、やる……!)
想像し始めて緩くなった表情を隠すように、圭太はみんなに背を向けた。
隣では既に宴会が始まっている。缶ビールに、チューハイと思われる缶が数本。転がっているものは、空っぽい。ぎゃはははと、お世辞にも上品とは言えない笑い声と、手を鳴らす音。大人の世界はわからないが、ちょっと楽しそうだなと思った。
一応腰ポケットの財布を確認してから、臨時宴会場の横を通り抜けようとして、
「――私も」
喧騒のなかでもはっきりわかる白石の声が、圭太の足を止める。
振り返ると、白石がこちらを見ていた。
(え……?)
それまで会話に加わろうとしなかった彼女が、何を言うのだろうか。圭太にわずかな緊張感が走る。
彼女は集まる四人分の視線を物ともせず、圭太の方を向いて、はっきりと言った。
「私も、行っていい?」




