文化祭〈5〉
昼に近い時間帯ということで、ゴミステーションには多くの客が訪れる。食品系の模擬店の売り上げは上々のようだ。圭太は客を捌きながら、白石は指で指定のゴミ箱に誘導しながら、ピークに近い時間帯を乗り切った。
交代要員がやって来たのは、やはり交代時間ぎりぎりだった。
先に昼食を済ませてきたのだろう。手には串やらトレーやらが乗っかっている。
「おまえ、ゴミ持って来るなよ」
「いいだろー。自分で捨てるんだし」
見知った男子に気安い言葉をかけてから、バトンタッチする。意外と早く時間が過ぎたな、というのが圭太の印象だった。
これからどうしようかと考えながら、圭太は隣を歩く白石を見る。行く先は別々なのだろうが、気が付けば同じ方向に向かって進んでいた。
「白石の当番、午後だっけ」
「うん」
だいたいは仲の良い者同士で当番になったりするものだが、白石にそういった相手がいなかったため、空いていた時間帯に名前を入れられたのだ。
「佐々木とか、いるよな」
「え?」
「当番。他は覚えてないけど」
佐々木は、クラスの中で、特定のグループには所属していない女子生徒である。馬の合う二、三人(旧クラス繋がりのようだ)で行動しており、賑やかな女子たちからは距離を置いている存在だった。
シフト表に書かれた名前を見た時、ひそかに安堵したことを、圭太は覚えていた。彼女なら、白石も疎外感をおぼえることはないはずだ。
「終わり頃だったら、あんま人来ないかもな」
隣で白石が頷くのが見える。
こうして並んで歩いているわけだから、一緒にいるのが嫌というわけではないだろうが、反応が薄いのがいまだに気になるところではある。
白石は、誰に対してもこうなのだろうか。仲の良い相手なら、もっと別の顔を見せるのだろうか。
(例えば、クラブの奴とか――)
と、そこで大切なことを思い出した。
「そうだ! 白石、」
ぱっと隣を見ると、白石は不思議そうな顔で圭太を見返してきた。
圭太は、「言うの、忘れるとこだった」と前置きしてから、少し時間を置いて次の言葉を口にした。
「絵、見てきたよ」
白石の肩がぴくりと震える。
「サッカーしてる絵とか、どうやって描くのかと思ってたけど、描けるもんなんだな」
そこは、一番感心したところだった。
「前に、掃除ロッカーの点検中に、走ってったことがあったじゃん。あれって、サッカー部の絵を描くために走ってったとか?」
「……うん」
その時のことは記憶にあるのだろう。少しの間があったものの、白石ははっきりとした返答をした。
「その時じゃないと駄目だったんだ?」
「たぶん」
「そか」
「うん」
それきり、いつもの沈黙が訪れる。
もっと具体的な感想を述べた方が良いのだろうか――圭太は、今となっては慣れつつある沈黙に、珍しく焦りを覚え始めていた。
しかし、批評のようなことを言える立場ではないし、単に「上手だったよ」という感想はあまりに陳腐である。もし白石の作品が根岸のような出来だったなら、もっと別の感想もあっただろうが、あいにく彼女のものは「普通に上手な作品」過ぎた。
真っ直ぐな廊下に分かれ道が見え始めた時、圭太は急くように会話を繋いでいた。
「ところでさ、なんでサッカーにしたんだ?」
圭太の質問に、白石は視線を落とした。それは考えているというよりも、思い出したくないことを言われてしまった、というような表情に見えた。
「あ、特に理由はないって感じ?」
白石の表情が意味するものに気付きたくなくて、圭太はわざと軽い口調で続ける。
すると、白石は静かに首を左右に振った。
「そか。理由はあるんだ」
「うん」
またしても、沈黙。
圭太もつられるように、視線を落とす。
この日のために磨き上げられたアイボリーの床が、緩い日差しを受けて、足元を明るくしている。見浜高校の廊下は、全体的に直射日光が当たりにくい構造になっていて、それがかえってやわらかい印象を与えている。敢えてそういう風に設計してあるのだと聞いたことがあった。
なんだか眩しくなって、圭太は再び廊下の先を見た。
いつになく、圭太は焦っていた。
自分から話題を振っておいて、会話が続かないこと。
もしかして、話題にしてはいけないことだったのだろうかという不安。
それらが一緒になって、圭太を追い詰める。
だからなのだろう。普段であれば絶対に口にしないようなことを、思わず漏らしたのは。
「なんか変わってるよな、白石って」
ぴくりと、白石が反応する。
「あ、いや。けど、絵は意外に普通なんだな……って。あ、普通って悪い意味じゃなくてさ、普通に上手いっていうか……」
実のところ、白石だったら突拍子もないものを生み出してくれるのではないかという期待感は、密かにあった。白石が美術部だと知ったときは、なるほど芸術家っぽいかもしれないとも思ったものだ。
けれど、それが思い違いだとわかっても、期待を裏切られたとは思わなかった。逆に、白石にもこういう普通のところがあったのだと、自身を納得させている自分がいた。
そう、言うなれば――。
「なんか安心した」
ほっとしたのだ。
「安心……」
やっと顔を上げた白石は、圭太の言葉を繰り返した。
それだけで重苦しい空気が薄れたようで、圭太は胸を撫で下ろす。そんなはずはないのに、久々に白石の声を聞いた気がした。
圭太が、これを機に別の話題を振ろうとしたところで、急に白石の足が止まる。見ると、分かれ道に差し掛かっていた。
「あれ? そっち?」
「うん」
「そっか。俺はこれから飯食って、ステージ見に行くつもり。同中の奴が軽音でさ」
そう言いながら、進行方向を親指で示す。
期待していなかったが、やはり白石の返事はなかった。
「それじゃ、お疲れ」
「うん」
結局自分が喋り続けるという、いつものパターンに終わってしまった。
そう思いながらも、圭太はそのいつも通りにほっとしていた。




