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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

完結済み

友情の駆け引き

作者: 牧田紗矢乃

 部屋の中はしんと静まり返っていた。

 無音の空間に二人でいると、互いに気まずさを感じて適当な話題で間を持たせようとすることがほとんどだ。それが必要ないのは、よほど親密な間柄――たとえば家族――くらいだろう。


 この部屋にいる二人の女は、年の頃こそ同じくらいであるが、顔立ちや体型は似ても似つかない。そのことから血縁関係にないことは明確であった。

 二人は親友だった。高校生という、青春の真っ只中を共に歩んだ相棒である。

 とはいえ、二人は五年ぶりの再会を果たしたばかりだった。そのことが想像もつかないほど、当時の空気と距離感を取り戻していた。


「……あ。もう十二時過ぎてる」


 雑誌を読んでいた女が顔を上げた。明るい茶色に染められた髪が柔らかく波打つ。自分の家の中だというのにしっかりと化粧をした彼女の手にあるのは、若者向けのファッション誌だ。

 彼女も雑誌のモデル顔負けの派手なトップスと際どい丈のスカートをはいている。

 せわしくキーボードを打っていたもう一人の女が手を止め、壁掛け時計に目をやった。彼女の方は肩ほどまでの髪を適当にまとめ、化粧っ気のない顔でパソコンの画面とにらめっこをしていた。


「リィ何食べる?」


 眉間を指で揉みほぐしながら問いかける。


「んー、オムライス!」

「あいよ」


 材料あるんだろうね、と言いながら椅子を立った。


「あるよー。ちほたんの作るオムライス大好きー!」


 無邪気に笑ったかと思うと、佳乃はすぐに雑誌をめくり始める。

 千穂は何も言わずに玉ねぎを刻み、熱したフライパンにバターをひとかけら落とした。

 ご飯にケチャップを絡めると、良い香りが広がった。その匂いに誘われ、雑誌を放り出した佳乃が台所にぱたぱたと足音を響かせてやってくる。


「ちほたん!」

「もうちょい」


 味見をよこせと手を差し出した佳乃に、千穂は思わず噴き出した。

 千穂がフライパンを振る間も、佳乃は隣で鼻をひくひくさせながら催促の視線を送り続けていた。

 千穂がケチャップライスを少し木べらに取って差し出すと、佳乃はすぐさまそれを口へ運んだ。


「どう?」

「熱い」

「……じゃなくて、味は?」


 苦笑交じりに水を注いだコップを佳乃に手渡した。


「んぐ」


 水を口へ流し込みながら佳乃はオーケーサインを出す。それを受けた千穂はケチャップライスのフライパンをよけると、一回り小さなフライパンをコンロに上げた。

 手早く卵を割ってかき混ぜると、ほどよくバターの溶けたフライパンに流し込んだ。じゅうっと良い音が弾け、千穂は火加減を見ながらゆっくりと卵を混ぜ焼いてゆく。

 その間に新しく卵を二つ割ると、砂糖と塩のケースを佳乃に手渡した。

 佳乃はスプーンに山盛り一杯の砂糖を投入すると、塩は無視してかき混ぜた。


「塩は?」

「甘党だから」

「入れた方がおいしいのに」


 慣れた手つきで形を整え、オムレツの形に整えながら言う。

 佳乃は千穂に疑惑の目を向けただけで砂糖と塩のケースをもとの棚にしまった。


「リィ」

「おうよ!」


 おどけた風にポーズを決めた佳乃に、千穂は食器棚を指さして指示を出した。


「ごはん盛って」

「ラジャー」


 卵に火が入りすぎはしないかとハラハラしている千穂をよそに、佳乃はマイペースにケチャップライスを盛り付ける。千穂は火を止め、佳乃が盛り終えるのを待つことにした。

 ようやくケチャップライスの上に乗せられたオムレツは、少し焦げていた。下手にほぐそうとすれば崩れてしまうことが必須なので、あえてそのままの形で鎮座させる。

 すぐに新たなバターをひき、コンロの火をつけた。


「どうする?」


 千穂はフライパンの持ち手を佳乃に差し伸べながら首をかしげた。


「いやいやご遠慮なく」


 佳乃は自分の分のライスを盛ると、逃げるようにしてリビングに戻っていく。

 千穂がその背中に問いかけた。


「ケチャップ? デミ?」

「ケチャーップ!」


 佳乃がいなくなったのを見計らって、千穂はこっそりと塩を入れ、佳乃の分のオムレツを作った。

 半熟のオムレツの真ん中に切れ目を入れると、中からとろりとした半熟の卵が出てくる。有名シェフのそれとまではいかないが、自分でも納得の出来だった。


「さ、食べよ」


 二つの皿をテーブルへ運び、千穂と佳乃は向かい合って座った。

 二人の皿の間にはケチャップが置かれ、テーブルの上を見回した千穂が腰を上げる。


「飲み物は?」

「水でいいよ」


 自分から動く様子を見せない佳乃の前に、水の入ったグラスが置かれる。千穂はインスタントのコーンスープをいれ、ふぅふぅと息をかけて冷ましながらテーブルへ置いた。


「ずるい!」

「水って言ったのはリィでしょ」

「だけどさぁ」


 口を尖らせた佳乃に、千穂はコーンスープの粉末が入った袋を投げて渡した。

 佳乃はグラスの水を一気に飲み干すと、渋々と立ち上がってお湯を入れに行った。その隙に、千穂はケチャップで佳乃のオムライスに落書きをする。


「じゃーん! ……って、え?」


 佳乃はオムライスと千穂の顔を交互に見やる。

 オムライスに書かれていたのは、大きな羽の付いたハートマークの中に、「リィ」の文字。


「芸がないとか、言わないでよね」

「いやいやいや。ちほたん大好きー。らびゅー」


 オムライスを食べようとスプーンを伸ばしていた千穂に、佳乃はタックルのようなハグをした。

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