第7章 死魔
極夜、音波、縁の3人はしばらく沈黙の中にいた。勇気を振り絞りながら最初に口を開いたのは縁だった。
「あのっ、死魔様って誰なの?」
極夜と音波は一瞬固まったがやはり答えたのは音波だった。
「四魔には、百鬼様、五蘊様、天邪様、そして、死魔様。死魔様は四魔のお一人なんだ。」
それを聞いた縁は驚いた。死魔様は四魔の一人。まさか四魔の一人なんて・・・。
「だって、そんな、魔羅様に選ばれた一人が悪魔を消しに来るって。不名誉なことって、一体どういうことなの?」
極夜は表情を変えなかったが、音波は渋い顔をしていた。
「死魔様は四魔のお一人だが、我々悪魔の中では恐れの対象なんだ。死魔様は悪魔を消す力を持つ。魔羅様の中に戻ることを人で言う死ぬことだと言ったが、死魔様に消されたら魔羅様の中に戻ることはできない。まさしく消えてしまうんだ。跡形もなく。」
「でも、でも、四魔の人は魔の部類から選ばれるんでしょ?死魔様だってそうだったはずだ!」
縁は立ち上がり拳を握りしめ、信じないという顔をしていた。四魔は尊敬の人たちなのに、そのうちの一人が悪魔を消しにくるなんて縁は信じたくなかった。
「死魔様も伝説のような人でね。噂では500年以上前から変わっていないそうだ。他の四魔様たちが生まれたときから死魔様は四魔の一人だったみたいだしね。なにより不思議なのは死魔様の部屋はないんだ。だから、死魔様の力の強さも一切わからない。」
縁は気が抜けたように座りながら、極夜を見たが相変わらず無表情のままだった。
「じゃあ、不名誉ってどういうことなの?」縁が聞いた。
「それは死魔様が悪魔を消す理由にある。死魔様が悪魔を消すとき、それは悪魔が自分の快楽に溺れたとき。人を殺した悪魔はすぐに死魔様に消される。それはとても不名誉なことなんだ。魔羅様の手足である悪魔がその命令も聞かず自分の快楽に溺れるなんて。」
音波は極夜にも言っているつもりだったが、極夜は他人事のような顔をしていた。音波は何度言っても聞かない極夜に我慢の限界がきていた。しかし、一方でなぜこんなに極夜のことが気になるのか自分ではまったくわからなかった。極夜が人を殺してきたことは今まで何度もある。そのたびに、死魔に消されると思いはしたが、別に心配はしていなかった。心配したのは言い伝えにどう影響するのかということだけだった。しかし、極夜が禁忌を犯したと聞いたあの日からもう言い伝えのことは音波の頭の中にはなかった。ただただ、極夜のことが気になってしょうがなかったのだ。自分が理解できない苛立ちと、忠告を聞こうともしない極夜、魔羅様を裏切っている極夜を心配している自分。音波は自分の感情をどうしたらいいのかわからなかった。
「私はお前にも言っているんだ、極夜。本当だったらすでにお前は消されている。わかっているのか。」
「わかってるさ。でも、俺は本当にどうでもいいんだ。この力で快感を得られれば。」
「待って待って。なんで極夜の話になるの?何かあったの?」縁が言った。
「俺が人を殺し続けてるって話だよ。」縁を睨みつけながら極夜が言った。
「縁、よく覚えておくんだ。悪魔は人を殺してはいけない。これは魔羅様の命令だ。心を染めきったら次を探しに行くんだ。心を染めきった後の人間の闇は魔羅様のものだ。人を殺してしまっては、魔羅様の力にならない。」
「人を殺すって、どうやるの?」縁が聞いた。
「それは簡単さ。心が闇に染まった人間はもう自分の心の声なのか、悪魔の声なのかわからない。だから俺たちの言いなりになる。そうなったらもう遊ぶだけだ。自殺させたり、人を殺させてから自分も死ぬようにしたり、一番面白いのは人を殺させてから心の闇を抜くことだな。その瞬間が一番楽しい。殺したいとまで憎んでいなかった奴を突然殺したくなるんだ。そうして殺したら、なぜ殺したのかわからない。あの絶望の顔。恐怖。一度やったらやめられねぇぞ。」
極夜は縁の目をじっと見ながら誘うように語った。
縁の目に妖しい光を感じた音波はあわててつけくわえた。
「いいか、縁。それは極夜だからできることだ。我々悪魔の力ではそこまでできない。できるとしたら、人間自身を追い詰めて追い詰めて自殺させるくらいだろう。並みの悪魔はそれだけでもすごい快感が味わえるという。しかし、それは絶対に駄目なんだ。縁、何度も繰り返すが魔羅様への忠誠を忘れるな。」
この話を聞き、極夜はおもしろくないとばかりにまた台に横になり、縁は音波を見つめ何度もうなずいていた。
「あのさ、死魔様はどうやって悪魔を消すの?」縁はまたおどおどした様子に戻っていた。
「悪魔が人を殺した直後に目の前に突然現れる。そして死魔様が手を悪魔にあてると、そこには何もなかったかのように消滅するらしい。悪魔の闇のかけらも残さず、悲痛な叫び声と共にね。人間界で何度かその声は聞いたことはある。しかし、死魔様が現れた時に逃げ出したらもっと悲惨なことになる。どんなに遠くに逃げても気が付いたら鎖が首や手や足に巻き付いていて、そのまま魔界に連れてこられる。そして、魔界の広場で少しずつ手や足を消滅させていくんだ。それは少しずつ魂を削っているかのような苦しみだという。一週間ほどかけてじわじわと体を消滅させるんだ。その間、魔界には叫び声がこだまし続ける。人間の叫び声と違って、悪魔の叫び声は楽しいとはいえないな。」
ここまで言い終わり、音波は顔をあげ、自分の膝を叩いた。
「さぁ、魔界の仕組みはこんな感じだ。縁は極夜と違ってちゃんと聞くから長くなってしまったか。」
「そんなことないよ、最初に極夜に説明された時はまったくわからなかったもん。言い方も乱暴だし。」
「まあ、口が悪いのはいつものことだ。気にするな。ただ、部屋の外に出るときは気をつけろよ。絶対に極夜の側から離れるな。縁は私とは比べ物にならないほど、人間に近い顔立ちや話し方をする。他の悪魔たちにどんな扱いをうけるか。極夜、縁の教育を命令されてるんだ。きちんとやれよ。」
極夜はため息をついたが返事はなかった。縁はやっぱり自分は他の悪魔と違うんだとわかり、落ち込んだ。
「大丈夫、極夜の側にいればそうそう悪魔も近寄れない。それに、周りから白い目で見られる気持ちは極夜が一番わかってる。対処の仕方も教えてもらえ。私はもう部屋に戻るからな。」
そういって極夜と縁を残し音波は部屋を出て行った。




