第6章 歓喜か災いか
極夜はふて寝するかのように台の上で仰向けになり、縁は音波が話し出すのを待っていた。
「さて、魔の部類だが、悪魔はそれぞれ魔を持って生まれる。この魔には上下の関係がない。だから、すべての悪魔を総じて魔の部類と呼んでいるんだ。」
「どんな魔があるの?」
縁の目はまるで子供のように輝いている。
「大きく分けて、3つだな。まず、1番多いのは煩悩魔だ。欲望や恨み、人に対する嫉妬、それらを煽る魔だ。次は、魅魔。これは人間同士の愛憎を煽る魔。煩悩魔にも嫉妬を煽ることはできるが、魅魔ほどではないな。魅魔たちは愛憎を巡る人間の苦しみを好む。最後は、罪魔。一番少ない魔だが、罪魔は、罪の意識をどこまでもどこまでも追い詰めることができる。」
「いろんな魔があるんだね。僕はどこに入るのかな。」
興味深そうに縁は自分の手を見つめた。
「それは、初めて力を使った時にわかる。人の闇に触れたとき心の底から湧きあがるのが何かでわかるんだ。」
「そうなんだぁ!じゃあ、人の闇にはどうやって触れればいいの?」
「悪魔は皆、魔空を使うことができる。魔空は、空気の中に自分の闇を混ぜて相手の中に入れるんだ。目、耳、鼻、口、どこでもいい。まずは自分の闇を体にほんの少し入れる。そうすることで、入れた人間の心が手に取るようにわかるんだ。自分の好みの闇かもな。」
縁は待ち遠しそうに目を輝かせ、体を動かさずにはいられないというように手を閉じたり開いたりしていた。
「音波と極夜は何の魔なの?」
音波は少し答えにくそうに口を開いた。
「私は煩悩魔だ。極夜は・・・・」
もう我慢できないというように極夜は起き上がり、鋭い目をさらに吊り上げ怒鳴った。
「音波、俺に気でも使ってるのか!?そんなだから、他の奴らにも悪魔のなりそこないって馬鹿にされるんだ!悪魔が悪魔に気を使うのはやめろ!」
音波はふっと笑い言った。
「さっき言いたい奴には言わせとけって自分が言ったんじゃないか。」
極夜は言葉も見つからず音波を睨みつけ次は背中を向けて横になってしまった。
おろおろする縁に音波は大丈夫と背中に手をあてた。
「極夜は私を心配してくれてるんだ。私は他の悪魔より顔つきも考え方も少し違うから。極夜が言ったように悪魔が悪魔に気を使うことはありえないんだ。まぁ、極夜も悪魔の心配をする時点でお互い様だとは思うんだがな。」
音波は横目で極夜を見て、また少しほほえんだようだった。
「さて、魔の話だったな。極夜は私がさっき言った3つの中には入っていないんだ。極夜の魔は、夢魔という。」
縁は聞いてもいいのかという目で、またおどおどしながら言った。
「夢魔って、どういう魔なの?」
「夢魔はな、人間の夢の中に入れる魔だ。私たち悪魔は起きている人間に対して、少しずつ自問自答させながら闇に染める。寝ている人間には手出しすることはできないんだ。まぁ、寝ている人間は悪夢を見ているだろうが、それは私たちが見せているわけじゃない。しかし、夢魔は寝ている人間にはなんでもすることができる。3つの魔すべての力を使うことができるんだ。人間の無意識の中に入って勝手に闇を広げられる。人間は起きたらもう闇のことしか考えられなくなるんだ。起きるたびに闇が大きくなっていく自分に恐れを感じながらも、自分の闇を決して抑えることができない。人をあっという間に染めることができる、本当にすごい魔なんだよ。」
また縁の目が輝きだした。
「すごいじゃないか!すごい力だよ!寝ている人間にはなんでもし放題だ!それがなんで駄目なの?どうしてそんなに言いにくそうなの?」
音波は静かに話し始めた。
「夢魔は、伝説といわれていた魔なんだ。誰も信じていなかった魔が突然現れた。それもすごい力をもっている。悪魔は力に尊敬もしているが、恐れも抱いているんだよ。」
「恐れることなんてないじゃないか!力をつけた悪魔は魔羅様の中に戻るんだし。」縁が言った。
音波は少し恐れを抱いた顔だった。
「夢魔の伝説には、言い伝えもあるんだ。」
「言い伝えって?」縁は恐る恐る聞いた。
『夢魔が生まれしとき、災いくる。夢魔が生まれしとき、歓喜くる。歓喜の中の災いか、災いの中の歓喜になるか。悪魔達よ気をつけろ。歓喜か災い始まるぞ。』
音波は言い終えると考え込んだ顔になった。
「だから、魔羅様も手を出せないでいるんだ。それにこの言い伝えを巡って、悪魔の中でも意見が分かれてる。災いをもたらす者は消すべきだ、歓喜を呼ぶ者に敬意を払え、とかね。」
この時、極夜は静かに起き上がり、音波と縁のほうを見た。その顔は人を殺してきたばかりのような表情をしており、目は異様な光を放っていた。その顔を見た縁は恐怖で仰け反った。
「俺はそんな言い伝えになんの興味もない。俺にあるのはこの力を使い、人を闇の底の底まで突き落すあの快感しかない。俺は俺の快楽のためだけに生きるんだ。」
音波はその様子を見て怒り、またかと怒鳴った。
「お前はどうしてそうなんだ!お前の力は強すぎる!もう少しコントロールしろって何度言わせる!私にもその力があったらお前のように快楽に溺れてしまうかもしれない。でもそれじゃあ駄目なんだ。極夜、きっとお前はすごい事を成し遂げられるような気がする。今のお前はもう力が大きすぎて魔羅様の中に戻ってしまうかもしれない。そうだとしても、それは魔羅様への忠誠だ。俺は誇りに思う。しかし、死魔様に消されてしまうのだけは絶対に駄目だ!お前はそんな不名誉なことを選ぶべきじゃない!俺はそんなお前の姿を見たくはない。」
その言葉を聞いて極夜は下を向き、大人しくなった。けれど、決して音波の言うことを聞いたわけではなかった。極夜はもう力に溺れていた。死魔に消されてもいいと思っていた。