第18章 涙のおかえり
極夜は縁の腕を掴み、急いで望乃の家に向かった。縁は自分の手で目をふさぎ、何も見ないようにしていた。望乃の家が見えてくると極夜が縁に言った。
「縁、望乃の家が見えてきたぞ」
「ねぇ、本当に人はもういない?」
縁は目をふさいだまま聞いた。極夜は家を透かして中を見たが、誰もいなかった。けもの道があるあたりを見てみると、立ち上る闇がゆっくりと家から遠ざかって行くのが見えた。その色は少し薄くなっているような気がした。
「大丈夫だ。誰もいない。さっきの人間もだいぶ遠くに行ったみたいだ。闇が遠ざかって行くのが見える」
極夜は望乃の家の上空でとまり、縁に言った。
「そっか・・・。じゃあ、闇が見えなくなったら教えて。僕、怖くて目を開けたくない」
「あぁ、わかった」
極夜はまわりを見渡した。やはり、望乃の家のまわりは闇もなく、とても澄んでいた。
「縁、お前も感じるか?やはりここはすごいな。さっきまで闇のある人間がいたのに、その闇の痕跡さえないぞ」
「うん。すごく安心する。それに、さっきまで胸がざわざわしてたのに、それも落ち着いてきたよ。でも極夜、僕が目を開けるまで腕を離さないでね。望乃を直接見るのが怖いから・・・」
縁は震えていた。
「あぁ、大丈夫だ」
極夜は縁の腕を強く握りながら答えた。
「ねぇ、望乃はどこにいるの?」
「家の前にいる。俺たちを待ってるのか、さっきの人間のことが気になるのかわからないが、森を見たまま動かない」
「そっか・・・。さっきの人は誰だったんだろうね」
それから2人はしばらく上空にいたが、縁はなかなか目を開けなかった。極夜は、これは長くなるなと思い縁に声をかけた。
「縁、お前どうせすぐ目を開けないだろ?飛んでるの疲れないか?」
「・・・・ちょっと疲れた」
極夜はため息をつき、縁を抱えた。縁はそのまま何も言わず、目をつぶったまま難しい顔をしていた。縁は目を開ける勇気がわかず、そのまま2時間は望乃の家の上を飛んでいた。望乃は家の前から動かなかった。立ったり、座ったり、森を見たり、空を見渡したりしていたが、極夜達には気づかないようだった。
「縁、望乃は飛んでる俺たちは見えないみたいだぞ。さっきからこっちを見てるのに気づいてない」
「えっ!?そうなの?じゃあ、目を開けてみようかな。たとえ興奮しても、望乃が見えてないなら安心だし。もう望乃に興奮してる僕を見せたくないから・・・」
縁はそういうと極夜の腕から離れた。極夜は自分の前を飛ぶ縁の肩をつかんだ。
「よし!開けるからね!」
「あぁ」
縁は深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。最初に家が見えた。そのまま家の前に目線を移すと、望乃が座っているのが見えた。そのままじっと望乃のことを見つめ、極夜に振り返った。
「極夜!大丈夫だよ!僕、大丈夫!!」
縁は満面の笑みだった。極夜はたぶん大丈夫だろうと思っていたが、縁の喜びようを見て微笑んだ。
「あぁ、よかったな。じゃあ家に帰るか」
「うん!目の前に僕らが突然現れたら、きっと望乃驚くね!」
縁はとても嬉しそうだった。
極夜と縁は望乃の前にゆっくりと降り立った。降り立った瞬間、望乃が体をビクッと硬直させ、とても驚いているようだったが、すぐに笑顔になった。
「お、おかえり・・・」
望乃はそう言うと、目から涙がこぼれ、両腕に極夜と縁を抱きしめた。
「遅いわよ・・・。もう帰ってこないと思った。もう、心配したんだから・・・」
望乃は泣きながら更に強く、極夜と縁を抱きしめた。
「ご、ごめんね、望乃。泣かないでよぉ」
縁は望乃に抱きしめられながら、どうしていいかわからずあたふたしていた。極夜はいきなり抱きつかれ驚いたが、余程心配していたんだろうと思い、望乃の背中をポンポンと優しくたたいてやった。
しばらく泣き続けると、望乃は2人から離れ、にっこりと微笑んだ。
「もう、泣いたのなんて久しぶりよ。きっと縁が帰らないって言ったのね?」
望乃はいじめるように縁を見た。縁は落ち込み、しょんぼりしていた。それを見て、望乃は優しく縁を抱きしめた。
「ごめんね、縁。ちょっと意地悪しちゃったわね。あなたが私を想って帰ってこなかったのはわかってるわ。でも、本当に心配したんだからね」
縁は戸惑いながらも、嬉しそうな顔をしていた。
「うん。望乃、本当にごめんね」
望乃は縁に笑いかけ、優しく頭をなでた。
「もう、いいのよ。私こそ意地悪言ってごめんね。さぁ、とりあえず家に入りましょう!もう暗くなってきたわ」
望乃は縁にそう言うと、極夜を見た。極夜は何を言われるんだろうと少し焦った。しかし望乃は、満面の笑みで、心から安心している顔をしていた。極夜は、なんだか嬉しかった。
「まぁ、あれだ、ちゃんと帰ってきただろ?」
極夜は恥ずかしさを隠すように頭をかいた。
「うん!!」
望乃はとても嬉しそうに笑った。極夜は望乃の顔を見てもう何もいう事ができず、家に向かって歩き出した。その後ろを望乃と縁が追いかけ、皆で家に入った。
家に入ると、望乃は暖炉に火を入れ、イスに座った。縁は望乃の向かいのイスに座り、極夜は暖炉の前の肘掛け椅子を望乃と縁が見えるように向きを変えて座った。
「なんだか、この数時間で色々あったわね」
望乃が微笑みながらも、少し疲れているように言った。
「縁のことだが、一つわかったことがあるぞ」
極夜がそう言うと、縁はすこし身構えたようだった。
「縁の中には何かいるらしい。もう一つの人格が縁の中にいて、そいつが縁の体を乗っ取ろうとしてるみたいなんだ」
望乃は息を呑み、縁を見た。
「縁、そうなの?じゃあ、その中にいるのが人を殺めようとするの?」
「うん・・・。人間を見たときに僕の中で、出ようと暴れてた。次に人間を見たら、僕どうなるかわかんないよ」
縁は落ち込んでいた。極夜は下を向き、話を続けた。
「それで、縁の話を聞いて思い出したんだ。前に死魔って悪魔がいるって言っただろ?縁を俺のところに連れてきたやつだ」
「ええ、覚えているわ」
「そいつが言ったんだ。縁を元に戻したいなら光の場所に行けって。じゃないと二度と元に戻らないって。それで俺は縁を元に戻すために光の場所を探し、ここにたどり着いたんだ」
「えっ!?じゃあ、ここがその光の場所なの?」
望乃は驚いていた。
「ああ、そうだ。望乃に直接話したことはないが、ここは人間の闇がないんだ。人間界には必ずあるはずの闇がまったく感じられない。だから、ここにくれば縁が目を覚ますと思った。俺は縁が目を覚ましてからも光の場所が関係してくるなんて思っていなかった」
極夜は気づかなかったことが悔しく、拳を強く握った。
「どういうこと?」
望乃は極夜の言っていることがよくわからないようだった。
「縁がここにきて目を覚ましたのは、きっと縁の中の人格が大人しくなったからだと思う。縁は目を覚ました時に、黒い自分の存在は感じないって言ってたな?」
極夜が縁を見ると、力強くうなずきながら答えた。
「うん!起きてから人を見るまで、1回も感じなかったよ!」
「ということはだ、縁の中のやつはここにいる間は出てこられないんじゃないかと思うんだ。光の場所にいれば、中のやつを刺激しない限り、縁の体が乗っ取られるなんてことはないんじゃないか?」
縁は考え込むように聞いていたが、すぐに極夜を見て言った。
「だんだん僕もそんな気がしてきたよ。さっき人を見た時は、いきなり出てこようとしたから、慌てて無理矢理抑えたんだ。人から離れて落ち着いてからも、ずっとあいつの存在を感じてた。でも、家に戻ってきてからはまったく何も感じない。僕の中に何もいないみたいに静かなんだ」
縁は、心の中を確認するように、自分の胸を押えていた。望乃は嬉しそうに縁を見た。
「そう!じゃあ、縁はここにいれば、もう人を殺めなくてもいいのね!もうこれ以上、縁が苦しむこともないのね!」
望乃は本当に嬉しそうに笑い、縁に言った。縁も望乃に笑顔で答えた。
「僕、きっともう大丈夫だよ!ここにいれば、僕はもう大丈夫なんだ!」
縁は喜び、極夜を見た。極夜も縁に微笑んだが、すぐに真剣な表情になった。
「でもそれは、縁が人間の闇を見ないことが前提だ」
「闇を見る?」
望乃は首をかしげて極夜を見た。
「あぁ、俺たちは人間から出ている闇を見ることができる。人間からは常に黒い闇の煙がにじみ出ているからな」
「えっ!?そうなの?ああ、でも、それで家に人がきていたのがわかったのね」
「そうだ。でも本当なら、こんなに闇がないところに人間がきたらすぐに空気中の闇が濃くなるはずなんだ。それなのに俺たちが森にいた時、まったく気づかなかった。俺たちのすぐそばを通ったはずなのにな」
「そうだよね。僕も森で闇なんて全然感じなかった!じゃあ、直接闇を見なければ大丈夫なのかな?」
縁は不思議そうに極夜を見つめた。
「ん~、たぶんここは、闇は空に向かって立ち上るが、横に広がることはないんだと思う。そうじゃなきゃ、俺たちが気づかないはずがない。森の中で気づかなかったのは、木に隠れて闇が見えなかったからだ。縁も闇を感じたんじゃなくて、闇を見てから興奮し始めただろ?」
縁はそういえばそうだったとうなずいた。
「うん、確かにそうだった!人を見た時も肌では闇を感じなかったよ!」
「だろ?だから、とりあえず人の闇を見なければ大丈夫なはずだ」
「じゃあ、ここに人がこないようにしなくちゃね!森の奥に人がこないように看板でも立てようかしら」
今まで真剣に2人の話を聞いていた望乃が口を開いた。
「そういえば、さっきの人は誰だったの?」
縁が思い出したように望乃に聞いた。極夜も誰だったんだろうと気になり望乃を見て言った。
「ここにはあまり人がこないんじゃなかったのか?だいぶ闇の濃い人間だったが」
望乃は悲しそうに極夜を見た。極夜は何か悪い事を言ったかと、焦った。そのまま望乃は口を開かず、重たい空気が流れた。
「望乃・・・?どうしたの?」
縁が心配そうに望乃を見ながら、優しく声をかけた。望乃はふっと微笑み言った。
「あの人はね、あの人は・・・私の父さん。まだ小さかった私と母さんを捨てた人よ」




