第14章 身の危険をかえりみず
縁が目覚めたその日の夜、望乃はいつもの様に自分のベットに座り、刺繍をしていた。縁はその隣でずっと刺繍をしているのを見ていたが、飽きてくると極夜が座っているベットに戻り、あぐらをかいている極夜の足の上に座った。
「・・・・おい」
極夜は縁を睨みつけながら言った。
「なに?」
縁はすぐに振り返り、子犬のような目で極夜を見た。
「どけ!」
「いや!!」
縁は意地でも動かないというように体を丸めた。
「お前なんなんだよ!さっきから俺のまわりをちょろちょろしやがって!魔界ではこんなじゃなかっただろ!」
極夜は怒鳴ったが、縁はピクリとも動かなかった。望乃は2人を見て笑っていた。
「極夜、いいじゃない。縁は今までずっと一人で苦しんでいたのよ。きっと近くに極夜がいるのが嬉しくて、甘えたいんだわ」
極夜はため息をつくと、後ろの壁にもたれかかった。
「ねぇ、縁、近くに極夜がいるのが嬉しいのよね?」
「うん!極夜のそばにいるのは安心するんだ」
「そう。きっと、一人でいる時は怖くて寂しかったわよね」
極夜は一人で魔界で苦しむ縁を想像して、心が痛かった。黙って縁の背中を見ていた。
「僕、自分が怖くてしょうがなかった。でもね、音波の部屋にいたから寂しくはなかったよ。極夜は音波の部屋に入ったことある?」
縁は極夜に振り返り聞いた。
「ああ。1~2回だけどな」
「音波の部屋って、水の中にいるみたいなんだ。部屋の壁の下は濃い青なんだけど、天井にむかってすごく綺麗な青になってるんだよ。なんか、音波みたいな部屋だった。音波がそばにいるような気がする部屋だったんだ」
「そうなの。とても穏やかな人だったのね」
「うん!魔界にいるときは、ね・・・」
「どういう意味?」
「悪魔は人間界にくると、すごく興奮するんだ。僕が初めて人間界にきた時に見た音波の顔、本当に怖かった・・・」
「そう。そうなの・・・」
縁は極夜に振り返り、すがるように極夜を見つめた。
「だからね、極夜、僕がおかしくなったらすぐに止めてね!僕、怖いんだ。またいつ、もう一人の僕が動き出すかわからないから・・・。そうなったら、僕は、僕は、望乃に何をするか・・・」
縁は震えていた。しかし、極夜は縁がなぜこんなに自分の側から離れないのかやっとわかった。甘えたいというのもあるだろうが、一番は自分の事が怖いからだ。自分が暴れ出したら止められるのは極夜だけだとわかっているからだ。極夜はやっと謎が解け、そういうことかとため息をついた。
「ごめんね、望乃・・・。わかってるんだ。僕はここから早く離れたほうがいいってわかってるんだ。でも、もう少しだけここにいたい。もう少しだけここにいたいんだ・・・」
縁はうつむき、鼻声になりながら言った。望乃は縁のそばにそっと近づいた。
「縁、いいのよ。好きなだけここにいて。私は縁のことが大好きよ。この先何があったとしても、それだけは変わらないわ」
望乃は縁の頭をなでた。
「それに、ここには極夜がいるんですもの!大丈夫よ!縁も極夜がいるから、安心してここにいれると思っているんでしょ?」
縁はゆっくりとうなずいた。
「極夜なら、必ずあなたを守ってくれるわ。これ以上、縁が傷つかないようにきっと守ってくれる。大丈夫よ」
望乃はそう言い、極夜に微笑んだ。極夜は望乃と目を合わせないように天井を見ていた。そして、思った。望乃は悪魔と似た考え方だなと。悪魔は魔羅の為だけを考え、自分のすべてを捧げている。望乃も自分のことなど一切考えず、縁を想い、守ろうとしていた。でも、少し違うなとも思っていた。まるで望乃は音波のようだった。いや、音波よりも深く、自分のまわりのすべてを守ろうとしていた。人間も悪魔も関係なく、自分の身の危険もかえりみず・・・。
夜も更け、望乃が眠ると、極夜は窓から外を見ていた縁に話しかけた。
「なあ、縁、こいつ凄いんだぞ!」
「こいつじゃなくて、望乃でしょ!まったくもう」
縁は振り返り、望乃を起こさないように小声で怒った。
「わかったって。望乃な」
「それで?何がすごいの?」
縁は極夜の前に座り、何のことだろうと興味津々だった。極夜は前のめりになって言った。
「ここにきた時な、望乃が何を考えてるのかまったくわからなくて、魔空を使ったんだ」
「えっ!?魔空!?極夜、どうしてそんなこと・・・!もう人に執着はないって言ってたのに!」
縁は極夜を睨みつけ、怒りが込み上げてきているようだった。極夜は慌てて付け加えるように言った。
「違うって!力は使ってない。闇をみようと思っただけだ」
極夜の言葉で安心した縁はほっと息をついた。
「闇をみてどうだったの?」
「それがさ、闇が一切なかったんだ。まったく何も感じなかった」
「闇がない!?少しもなかったの?」
縁は驚き、大きい目が更に大きくなった。
「ああ。夢にも入ってみたんだけど、何もなかった。こんな人間は初めてだ。闇がまったくない人間なんてな」
「そっかぁ。望乃には闇がないんだ。ねぇ、望乃って音波みたいだよね。すごく優しくてさ」
「まぁ、俺も少しそう思ったが。だからここにいたいのか?」
「ん~、最初はね。音波が近くにいるみたいで、嬉しかった。でも、望乃は音波とは違うよ。音波も優しかったけど、人間に対してはそんなのまったくなかったもん。望乃は悪魔の僕たちにもすごく優しくしてくれるし。なんか、望乃ってあったかいんだ。そばにいるだけで、あったかい気持ちになれる。極夜もそう思うでしょ?」
「俺はよくわかんないな。まぁ、こいつがいると部屋の中の雰囲気は変わる気がするけどな」
「でしょ?なんか望乃は守りたいって感じじゃなくて、守ってもらってる気がするんだ。すごく安心する」
極夜は縁と向き合うように座っていたが、ベットに横になり、言った。
「なぁ、縁。人の光ってなんなんだろうな」
「ん~、僕にもよくわからないけど、たぶん望乃みたいな存在の事なんじゃないかな。愛があるというか」
縁は腕を組み、首をかしげながら答えた。
「愛!?そんなもん今まで散々見てきたが、憎しみを生むだけだろ」
「僕にもよくわからないけど、そんな気がするんだ」
「ふ~ん。やっぱり俺にはよくわからないな」
極夜はベットに横になったまま、望乃の寝顔を見つめた。




