第10章 縁の目覚め
望乃の家に来てから2か月が経ったが、縁はまだ目を覚まさなかった。極夜はいても立ってもいられなかった。ただ黙って座っていることができず、同じ場所を行ったり来たりしていた。
「縁の傷はよくなったのに、まだ目を覚まさないわね・・・」
望乃は心配そうに縁を見ながら言った。
「あぁ。この場所に来ればすぐ目を覚ますと思ったのに!ちくしょう!」
「えっ、ここと縁が目を覚ますのと何か関係があるの?」
望乃は極夜の言葉を聞き、驚いたようだった。しかし、極夜は望乃の言ったことを聞いてはいなかった。極夜は焦っていた。縁が元に戻らなければ、ここは光の場所ではないということになる。ここが光の場所じゃないとするとまた探しに行かなければならない。縁を置いて探しに行こうかとも考えたが、もし離れている間に縁が消えてしまったらと思うと、極夜は縁の側を離れられなかった。かといって、この場所にきて縁のようすが変わったのも事実だ。縁をここから動かしていいものか極夜は決めかねていた。
「ねぇ、一度落ち着いて。何をそんなに焦っているのかわからないけど、今のままじゃ、考えなんてまとまらないわ」
極夜は望乃に自分の事、そして自分や縁に関する今までの話しは一切していない。話してもしょうがないと思ったし、望乃も聞きはしなかった。望乃は極夜の様子を見て、この場所が縁とどういう関係があるのかはもう聞かなかった。
望乃は行ったり来たりしている極夜にそっと近づき、優しく極夜の背中にふれた。
「ほら、落ち着いて。まずは座った方がいいわ」
極夜は望乃に言われるまま、素直に縁のベットに座った。しかし、座ったところで冷静になれるはずもなく、極夜の頭の中は考えでいっぱいだった。極夜は自問自答を繰り返していた。
ここが光の場所だとしても、あまりに眠りが長すぎる!ここは人間界だぞ!もし寝ている間に闇が尽きたら縁はどうなるんだ。ここが光の場所だから関係ないのか?そもそもここは光の場所なのか。もし違ったら縁はどうなる。ちくしょう!死魔の野郎!光の場所ってだけじゃどこかわかんねぇよ!
極夜は何も考えがまとまらず、うなだれた。極夜が大きなため息をついた時、縁が少し動いた気がした。極夜が慌てて縁を見ると、少し目を開けていた。
「よす・・が?縁、おい」
極夜は優しく縁を揺すった。すると、縁はゆっくりと目を開け、極夜を見たのだ。縁は長い眠りからやっと目覚めた。
「縁、縁・・・本当によかった」
極夜は、体中の力が抜けた。不安や恐怖から心が解放され、極夜の目には涙が浮かんでいた。
「縁、大丈夫か?俺がわかるか?」
極夜は声を大にして喜びたかったが、ぐっと我慢し、縁が驚かないよう優しく声をかけた。しかし、まだ意識がはっきりしていないようだった。
「縁、ここは人間界だぞ。色々あってな・・・」
極夜が言った瞬間、縁は目を見開き、すごい勢いで起き上がった。その顔は怯えたように引きつっていた。
「縁!?」
極夜が縁に手を伸ばそうとすると、縁は極夜から離れるようにベットの隅に逃げた。
「縁、どうしたんだ!俺がわからないのか?」
「きょ・・極夜。僕に・・僕に触らないで・・・」
「縁、どうしたんだ。どういう意味だ?一体何があったんだ!」
「僕は・・僕は・・・」
縁は自分の頭を抱え、体は恐怖を感じているかのように震えていた。
「縁、落ち着け。落ち着くんだ。ここにはお前を傷つけるやつなんていない。大丈夫だから」
極夜はそう言い、縁に近づいた。縁が極夜を見たとき、極夜の後ろを見たまま急に固まった。極夜がそれに気づき振り返ると、望乃が立っていた。
「ああ、あいつは気にするな。後で説明するから。とりあえず、落ち着くんだ」
縁は望乃から目を離さなかった。そして、体の震えが更に激しくなり、その目からは涙がこぼれた。
「あ、あ・・・。な、なんで?どう・・どうして、人間が・・・」
縁は腕を組むように、両手で二の腕をつかんだ。そして、その指が自分の腕の肉に食い込み、血が流れた。
「おい!縁!何してる!何してるんだ!!」
極夜は縁の腕から血が流れているのに気づき、やめさせようと縁の腕をつかんだ。
「極夜!触らないで!!離してーーー!!!」
縁は極夜の手を振り払い、また極夜から逃げるようにベットの隅に離れてしまった。極夜はあまりのショックと悲しみで、縁を見つめたまま動けなかった。やはり、縁は憎んでいた。音波を消してしまった自分のことを憎み、触られたくないと自分の側から逃げていく。極夜はもう、一言も話せず、一歩も動くことができなかった。
「ダメなの。ダメなんだ・・。僕、力を抑えられない。僕は・・自分がどうなってるのかわからないんだ。どんなに抑えようとしても、どんどん力が迫ってくる。でも、どうやっても止められない・・・。僕は極夜に何をするかわからないんだ・・・。だからお願い、僕に近づかないで・・・」
縁はそう言うと、悲しそうに、本当に悲しそうに涙を流した。極夜は縁の言っている意味がまったくわからなかった。何もわからなかったが、縁が自分を思って涙を流していることはわかった。極夜はゆっくりと縁に近づいた。縁は怯えるように身構えた。しかし、極夜はそれでもかまわず縁に近づき、逃げようとする縁を力ずくで抱きしめた。
「いやっ、極夜、離して!離してよ!僕、極夜を傷つけたくないんだ!」
縁は極夜から離れようと、力いっぱいもがいた。しかし、極夜は更に強く縁を抱きしめ、決して離さなかった。
「縁、俺はお前にどうされようとかまわない。お前が無事ならそれでいい。いつもの縁に戻ったならそれでいいんだ。大丈夫だ、お前のことは俺が守ってやる。俺が守ってやるからな」
極夜の言葉を聞き、縁は暴れるのをやめた。
「極夜、でもね、僕・・・」
「お前はずっと一人で悩んでいたのか。自分がわからないまま、ずっと一人で・・・。縁、ごめんな。ずっと気づいてやれなくて・・。もう一人じゃない。一人じゃないからな」
縁の体から力が抜けた。そして、大粒の涙を流し声を出して泣き出した。
「ごめんな。縁、本当にごめんな」
泣き続ける縁を抱きしめながら、極夜の目からも涙がこぼれた。
ずっと見ていた望乃は、極夜と縁の邪魔をしないように、そっと自分の涙をふいた。




