第32章 音波の想い
目を覚ました、極夜、音波、縁の3人は、すぐに極夜の部屋を出て、小悪魔の部屋へ向かった。小悪魔の部屋に着くまで、今回も誰にも邪魔されることなくたどり着いた。部屋に入ると周りを見回し、誰もいないことを確認してから音波が言った。
「やはり、皆見て見ぬふりだったな。」
「楽でよかったじゃないか。」
極夜が笑いながら答えた。
音波は、極夜の隣で小悪魔を見つめながら難しい顔をしている縁に気付いた。
「縁、どうしたんだ?」
「ん~、僕、今回は小悪魔を連れて行くのやめとくね。体力を使わないようにしなくちゃ!」
縁はもう決めたというように答えた。
それを聞いた極夜も音波に言った。
「俺もいいや。特に使うこともないし。音波が連れて行く分で充分だろ?」
「まぁな。じゃあ、今回は私が連れて行く小悪魔だけでいいか。とりあえず、縁の今の状態を確認しに行くだけだしな。」
音波はそう言い、小悪魔を20匹呼んだ。
そして3人は小悪魔の部屋を出ると、すぐに人間界へ向かった。
極夜は人間界の光に近づくにつれ、自分の感情がどんどん高ぶっていくのを感じていた。
人間界に着くと、真夜中だった。
縁はまた音波の様子が変わってしまうかと思っていた。音波の様子が変わってしまうのは縁は嫌だった。恐る恐る音波の顔を見ると、音波はいつもの表情のままだった。
「音波、今回は前にきた時より顔が普通だね。」
縁は笑いながら言った。
「そうか?まぁ、前に人間界に来てから、そんなに経っていないからな。」
音波は不安そうに極夜を見ながら答えた。極夜の表情は興奮していたが、自分の腕を強く握っていた。
しかし、極夜は自分では意外と落ち着いていると思っていた。前回、人間界にきた時よりも確実に自分を抑えられていた。これなら大丈夫だと極夜は安心した。極夜は人間界にくることをギリギリまで、ずっと悩んでいた。人間界にきた瞬間に暴走してしまうようだったら、すぐに魔界に帰ろうと心に決めていた。しかし、今の極夜の心の中には、抑えようと思えば抑えられるという嬉しさが、力を使いたいという欲望に勝っていた。
音波は極夜から目をそらした。声をかけようと思ったが、極夜を信じることにした。
「今回は、夜でよかった。人間も家に帰っているし、もしかしたら寝ているかもしれない。縁は今日初めて魔空を使う。できたら人間には動かないで黙っていてもらいたいからな。寝ている人間を小悪魔に探させるか。」
音波はそう言うと、魔笛を出し小悪魔に命令した。
小悪魔は散り散りに飛んで行った。
「ねぇ、音波。寝ている人間には何もすることができないんでしょ?それなのに寝ている人を探すの?」
縁が不思議そうに音波に聞いた。
「あぁ、寝ている人間には何も影響を与えることができない。しかし、今回は魔空で中に入るだけだ。闇を広げることはできないが、闇の大きさや、どんな闇を抱えているかは魔空で知ることができる。今はとりあえず縁の感覚がどういう状態なのか確認するだけだからな。それに、影響を与えないほうが、縁も安心して魔空を使えるだろ?」
音波は縁の頭に手を置きながら答えた。
「うん。僕も自分がわからないから、とりあえずは人に影響を与えない状態で魔空を使いたい。まずは魔空で自分が何を感じるのか知りたいだけだから。」
縁は下を向き、落ち込んだように言った。
「よし。小悪魔が見つけたようだ。一番近い小悪魔のところへ向かうぞ。」
音波は極夜と縁にそう言うと、飛び立った。
縁はすぐに音波に追いつき、音波の隣を飛びながら不安そうに言った。
「ああ、僕なんか怖いなぁ。」
極夜は縁を音波との間に挟むように飛び、縁を少しからかってやろうと思った。
「おい、縁、いざ魔空をやろうとしたら、できなくなってたりしてな。」
「もう!そんなこと言わないでよ!」
縁が怒り、極夜を叩こうと腕を上げた。しかし、叩こうとしているのがわかった極夜は笑いながらさっとかわした。かわされたのが悔しかった縁は意地でも極夜を叩いてやろうと、音波の影に隠れた極夜を追いかけた。しかし、極夜はわざと縁が追いつけるようにゆっくりと飛び、当たりそうになるとすいっとよけた。そんな極夜の様子に縁は更にムキになり、追いかけてはかわされ、かわされては追いかけ、そんなことを繰り返し、音波の周りをぐるぐる回るように極夜と縁は飛んだ。
しかし、音波はそんな2人を見ながらも、心の中は不安でいっぱいだった。本当にこれでよかったのかわからなかった。どうしても不安が拭えず、音波は無言で飛んでいた。
「ほら、2人とも、ここだ。着いたぞ。」
音波が家の真上で止まると、極夜は縁に1度だけ叩かれてやった。
「やった!当たった!」
縁が勝ち誇ったように極夜を見たので、極夜はにやりと笑いながら縁に言った。
「叩かれてやったんだ。どうだ、少しは気がまぎれたか?」
すると、縁は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに極夜に笑いかけ言った。
「極夜がそんなこと思ってると思わなかった!」
縁の隣で極夜の言葉を聞き、目を丸くしていた音波も極夜を見てふっと笑っていた。
「なんだよ。そんなに笑うことないだろ!まったく。」
極夜は笑われたことが気に食わず、なんとなく下を見た。すると、前回人間界にきた時には気がつかなかったが、前よりも広い範囲を透けるように見ることができた。人間が皆浮いているように見えた。これには極夜自身も驚いた。力がつくとこんなに見える範囲も広くなるんだと思い、周りを見渡すと、極夜の目に衝撃的なものが飛び込んできた。決して見てはいけないものを見てしまった。人間が、家の中で包丁を見つめ、佇んでいた。極夜はすぐにその人間の周りを見渡し、他の悪魔がついていないか確かめた。ついていないのを確認すると、自分の心臓の音がどんどん大きくなり、自分の頭に響くように鳴っている。もう一声だ、もう一声かけるだけであいつは、死ぬ。しかし、極夜の頭の中が衝動でいっぱいになる前に、縁が極夜の手をひっぱった。
「ねぇ、極夜。どうしたの?何かあったの?」
縁が極夜の異変に気づき、慌てて手をひっぱったのだ。縁を見ると、心配そうに極夜を見ていた。そして、その後ろにいる音波も、じっと心配そうに極夜を見ていた。2人の顔を見た極夜は、深呼吸をし、自分を落ち着けた。すると、自分でも驚くほど簡単に落ち着くことができた。しかし、音波との約束を破りそうになった極夜はとても気まずかった。
「大丈夫だ。ちょっと、な。でももう大丈夫。もう行くか?」
気まずさをごまかすように極夜が言った。音波はその顔を見て安心したのか、縁のほうを向き声をかけた。
「さぁ、縁、この家には一人しかいないようだ。これだったら、他の人間に邪魔もされないし、縁のタイミングで魔空を使うことができる。ここにしようと思うが、いいか?」
縁はゆっくりとうなずいた。その顔はとても苦しそうだった。3人は家の中に入り、人間が寝ているベットの側に降り立った。音波は縁を人間の側に優しく押した。
「いいか、縁。無理をすることはないからな。いやなら今すぐやめてもいい。」
音波は背中に手を当てたまま縁に言った。
「いや、僕やってみるよ。魔空でただ入るだけなら、人間を苦しめることにはならないもんね?」
縁は音波を見上げながら聞いた。
「ああ、そうだ。魔空で入るだけなら、人間の闇の大きさと、闇の種類がわかるだけだ。夢魔でもないかぎり、影響は与えられない。とりあえず、安心して魔空で入ってみろ。」
音波にうながされ、縁は闇を体からにじませた。そして、ゆっくりと人間の口に入った。
それを見ていた極夜は縁の雰囲気が変わっていくのを感じた。人間に入ってから、縁の目は見開かれ、興奮で瞳孔が開いた。それでいて無表情で、それがさらに不気味だった。しかし、その口元がゆっくりと不気味な笑みを浮かべた瞬間、人間が急にうなされるような声を上げた。そして、その目が見開かれると同時に、悲痛な、恐怖におののく叫び声を上げ、動かなくなった。
本当に一瞬の出来事だった。何が起こったのかわからない。音波が様子を見ようと人間に近づいた。そして、驚きと恐怖が入り混じった顔をして言った。
「死んでいる。」
これを聞いた縁は、その場で膝から崩れ落ちるように床に座り込んだ。そして、人間を見つめると、頭を抱え、その顔は恐怖と懺悔で満ちていた。
「あっ・・・、あっ・・・・あっ・・あぁぁぁ、あ゛ぁぁーーーーーーーーーーー!!!!」
縁は全身を震わせ、叫んだ。その目からはとめどなく涙が流れていた。音波はすぐに縁に駆け寄り顔を見たが、縁の焦点は合っていなかった。
「縁!縁、どうしたんだ!何があった!!」
音波は縁の肩を揺さぶったが、まだ縁は意識が混乱しているのか、叫び続けていた。音波が極夜を見ると、極夜はただ呆然と人間を見ていた。しかし、その目はもういつもの極夜の目ではなかった。目の前で人間が死に、その興奮で目が血走っていた。
「おい、極夜!魔界に帰るぞ!極夜!!」
音波は泣きわめき、今にも暴れ出しそうな縁を抱え、必死に極夜に叫んだ。しかし、極夜は微動だにせず死んだ人間を見ていた。
「極夜!私について来い!極夜!!!」
すると、極夜はその言葉を聞いたかのように飛んだ。音波もすぐにその後ろを追い、建物を出たが、極夜はつなぎめには向かわず、猛スピードでどこかへ飛んで行った。
「極夜!!どこへ行く!極夜ーーー!!!!」
極夜は振り向きもしなかった。慌てた音波は、近くにいた小悪魔に極夜の後ろを追いかけさせた。縁は音波の腕の中で、暴れ、もがき、叫び続けていた。音波はすぐにでも極夜を追いたかったが、今の縁を抱えながら極夜を止めるのは無理だと判断し、自分の出せる最大のスピードでつなぎめに向かった。
音波はまずは縁を魔界に連れ帰ることを優先した。縁が部屋の外に出ないように、自分の部屋に縁を置き、すぐに人間界に戻ろうと思っていた。これは音波にとっての賭けでもあった。とっさに思いついたのは、縁を部屋に置き、そのまま急いで人間界に戻れば、小悪魔はまだ魔界へ帰らず、極夜の近くにいるかもしれないと思った。
その音波の心の中は、後悔の念でいっぱいだった。この結果を招いたのは自分だとわかっていた。縁と極夜を想い、何度も心の中で謝っていた。




