第13章 混乱
死魔が現れ、極夜は凍りついたように笑いを止めた。音波と極夜の後ろで様子を見ていた縁でさえ死魔を見て青い顔をして震えている。極夜は初めて死魔を見た。今まで一度も見たことはなかった。死魔は縁と同じくらいの身長しかなく、その背中は少し曲がっていた。引きずるほど長い黒のローブを着ていて、顔はローブの帽子を深くかぶりまったく見えない。しかし、すぐに死魔だとわかった。死魔がそこにいるだけでその場に冷たい空気が流れ、自分がこのまま消されてしまうと覚悟させるだけの恐怖を身にまとっていた。死魔に抗う術は絶対にないと極夜は思った。
「・・・・・・・悪魔にとっての未来か。」
死魔はゆっくりと言った。その声は老人のようにしわがれていたが、その分さらに恐怖を感じさせた。四魔たちは死魔の声を聞くのは初めてだった。死魔が話せるということを初めて知った。
「夢魔よ。言い伝えは本当だ。お前は悪魔の災いか、歓喜となるか。歓喜となりて、災いとなるか。お前はどの道を選ぶのかねぇ。」
そう言うと極夜のほうにゆっくり歩み寄り、極夜の中をすり抜けるように消えた。誰も口を開くことも、動くこともできなかった。しばらく皆が固まったままだったが、極夜は我に返りまだ身じろぎしない音波と縁の腕をひっぱり広場を出た。口を開こうとした音波に、まだ何も話すな、とだけ言い急いで自分の部屋に向かった。部屋に着くと、音波と縁を詰め込むように部屋に入れすぐに入口を閉めた。
音波と縁はまだ青い顔をしていたが、極夜の顔は興奮し目はギラついていた。
「おい、しっかりしろよ!」極夜が言った。
「し、しっかりしろも何も、だって、あの・・・」音波はまだ恐怖が抜けきっていなかった。
「音波、お前俺に気づかせてくれたよ!そうだよ。魔羅様だって悪魔の一人なんだ。この魔界が気に食わないなら俺が魔羅様の地位に就けばいいんだよ!そうしたら、俺の好きなように生きられる。人間を殺しまくってやる。」
この言葉を聞きやっと音波が正気に戻った。
「お前は何を言ってるんだ?私がいつそんなことを言った!」
もう極夜は音波の言葉を聞いていなかった。
「そうだよ。魔界は魔羅様だけのものじゃない。俺たち悪魔のものでもあるんだ。俺たちが俺たちの好きに生きられるように俺は生まれたんだ。皆を解放してやるのが歓喜につながる!俺はそのために生まれてきたんだよ。」
音波は首を強く振り、言った。
「違う!私はそんなことを望んでいるんじゃない!魔羅様は絶対の存在だ!私はただ、言い伝えを魔羅様だけのことではなく、自分たちの未来として受け取り、魔羅様を中心として皆で魔界の災いを防ぐ方法を考えようと言いたかっただけだ!」
「何言ってるんだ。同じことだよ。悪魔が自分の未来を考えたら好きに生きること以外に何を望む。人間への強い執着以外に何があるんだよ!」
音波はすぐに言い返そうと口を開けたが、なにも言わずにうなだれた。その顔は悲しみに満ちていた。極夜は音波が何を言いたいのかわからず、じっと音波を見つめた。しばらくして、音波はゆっくりと話し始めた。
「私は、私はただ、極夜の負担を軽くしてやりたかったんだ。夢魔で生まれてしまったために、伝説や言い伝えを一人で背負うことになった極夜を助けたかった。お前が禁忌を犯した時から、色々考えたんだ。そして気づいた。極夜、お前はずっと魔界に居づらかっただろう?私を含め、皆お前自身を見ていないから。皆が夢魔は魔羅様にとっての災いか、魔羅様の歓喜か、としか思っていないから。」
音波はとても悲しそうに話を続けた。
「私は皆が、魔羅様のためだけに極夜を災いだ、歓喜だと言うのではなく、仲間の一人として極夜のことを見て、皆で魔界の事を考えればお前一人で考えなくても済むだろうと思ったんだ。極夜は私たちとは違い、魔羅様に忠誠がない。それはわかっている。だから今まで忠誠を誓えと何度も言ってきた。しかし、魔羅様に忠誠がないお前に魔羅様のため悪魔のために歓喜をなんて言ってもお前はわからないだろう。好きに生きたいと思うだろう。だから、皆が極夜の事を考えてくれるようになれば、魔羅様に忠誠のないお前でも魔界のため悪魔のためになることを考えてくれるんじゃないかと思った。私一人がお前のことを思ってもお前の考えは変わらないだろうから。」
音波は極夜を見つめ、次は悲しそうに微笑んだ。
「まぁ、私も極夜のことをずっと思っていたわけじゃないから偉そうなことは言えないがな。ずっと、わからなかったんだ。魔羅様を裏切っているお前の事がなぜ気になるのか。でも、やっとわかった。極夜のことが気になるのは夢魔だからではない。私のことを皆が受け入れてくれない中、それでも私の側にいてくれたのは極夜だったからだ。自分でも知らず知らず極夜の前では自分の考えを話してもいいと安心していた。まぁ、極夜が私の忠告を聞いたことは一度もないがな。でも、それを思い出したら極夜のためになることを次は私がしてやりたかった。」
極夜は何も言わずただ下を向いていた。
「だが、私にとって魔羅様は絶対の存在だということに変わりはない。悪魔は魔羅様の道具だと思っている。だから、極夜が魔羅様を脅かそうというのなら私は全力で止める。何をしてもだ。」
極夜は何も言えなかった。頭が混乱しきっていて何も考えられない。自分がどうしたいのかもわからない。頭が真っ白になっていた。その時ふと縁を見ると今にも倒れそうになっていた。
「どうした。縁。」極夜が言った。
「なんか、色々考えたいのに、眠たくて、眠たくて・・・」と今にも倒れそうだ。
すぐさま音波が縁を支えながら言った。
「あぁ、そうか。縁は2日は寝ていないもんな。色々あって更に疲れただろう。極夜、台を出してやってくれ。」
音波に言われ極夜も理由がわかり、すぐに台を出してやった。音波はそっと縁を寝かせた。
「縁、お前は今の状態じゃ自分の部屋に戻れないだろう。今日は極夜の部屋で寝させてもらえ。」
「なんでこんなに眠いんだろう・・・。極夜と音波が大事な話をしてたのに・・・。」
「眠い理由は起きた時に極夜にしてもらえ。今は安心して寝ろ。」
「うん、本当に・・ごめんね・・・・・・」
そういうと縁はすぐに眠りについた。
「極夜、お前も人間界から帰ってから今まで寝ていないだろう。お前も寝ておけ。」
そう言って音波は出て行こうと壁に近づいた。しかし、極夜は出口を開けなかった。
「どうした極夜。」
「いや、今この部屋を出たら音波また悪魔に囲まれるぞ。死魔だってさっきは夢魔の俺がいたから魔羅様を裏切るような言い方をしたお前に何もしなかったのかもしれないし。外に出た途端死魔が現れるかもしれないだろ。まぁ、ここにいたって死魔は入ってこれるかもしれないけど。それに、縁に説明するのもめんどくさい。お前もここで寝て、自分で縁に説明しろ。」
そう極夜が言うと、音波は驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。
「じゃあ、私もここで寝ることにするか。私の台も出してくれるか?」
極夜は無言で縁の台の横に音波の台を出した。音波が何も言わず台に横になったのを見て極夜も自分の台に横になった。今も極夜の頭の中は真っ白で何も考えられなかったが、心は不思議と穏やかだった。生まれて初めてゆっくり眠れる気がした。




