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神道日向流柔術

 神道(しんとう)日向流(ひなたりゅう)柔術と書かれた看板の横にある引き戸を、僕は開けた。

 そこには玄関があり、その先に道着に身を包んだ20人ほどの人達が、稽古をしているのが見える。基礎鍛錬中なのだろう。若い女性の号令の元、その人達は短い気合と共に突きを出していた。

 その様子を眺めていたら、声をかけられた。


 「見学ですか? 」


 「はい、いいですか? 」


 「どうぞ。お入りください。」


 初老のその男性は、僕を中に導いた。その男性は、道着姿で、使いこまれた帯をしている。その帯はほとんど白いが、元は黒であったようで、僅かに黒色が残っていた。

 この人が師範なのかもしれないと僕は思っていた。


 それから1時間ほどは基礎鍛錬だった。


 『柔術というから、寝技や関節技、受身が主体かと思ったが、ちょっと違うようだな。』


 勇次郎の言葉に僕は無言で小さく肯いた。

 基礎鍛錬が終わったのか、小休止に入った。みな脇に下がりタオルを手に汗を拭いている。


 「あの、体験させていただいてもよろしいですか? 」


 僕は先程の男性に声をかけた。


 「ああ、いいですよ。舞! ちょっと。」


 男性は号令をかけていた女性を呼びつけた。


 「この子が体験したいそうだ。面倒見てあげなさい。」


 「はい。分かりました。」


 舞と呼ばれた女性は男性に一礼をすると僕に体を向けた。


 「私はここの主席師範をしてる日向舞です。君は何か武道をやっているのかな? 」


 「はい、少しばかり。」


 「そうですか。なら、少し体をほぐしておいてください。これから実戦向きの稽古になりますから。」


 その女性は、そういうや自らも体をほぐし始めた。僕も持ってきた空手着に着替え、ストレッチをする。あの女性が主席師範? 背もさほど高くないというか、どちらかと言えば小柄だ。


 「では、稽古を再開する。」


 舞と呼ばれた女性の一言で、門弟であろう者たちが、並ぶ。


 「では、隣りの者と二人一組になって。…… はじめっ! 」


 門弟たちは、それぞれ技を出し合いはじめた。空手で言う自由組手、柔道で言う乱取稽古だと思う。

 僕は黙って見ていたが、先程の舞に声をかけられた。


 「私が相手をしよう。」


 僕は戸惑った。女性を相手にした事はなかったし、舞がそれほど強いようには見えなかったから。

 それでも、せっかくなのでやってみることにした。


 「お願いします。」


 「自由に攻めていいぞ。」


 舞は余裕だ。僕は少しむっとして、掛かっていった。


 「せいっ! 」


 僕は気合と共に、上段回し蹴りを繰り出す。僕の得意技だ。僕の蹴りは弧を描き、舞の側頭部に…… 当たらなかった! 舞はすっと上体を後に下げ、僕の蹴りをかわした。平然とした表情だ。僕は悔しくなり、続けて上段回し蹴り…… やはり蹴りをかわす舞。僕はかわされた蹴り足を地に着けることなく、そのまま後回し蹴りを出した。…… やはり、かわされた。それも僕の蹴りぎりぎりの範囲でかわす。結構、やるかもしれないと僕は思った。

 それから、僕はむきになり、突きを繰り出したり、蹴りと突きのコンビネーションを使ったりしたのだが、かすりもしなかった。


 「小休止! 」


 舞の一言で、また小休止が入る。悔しかった。僕は座り込み、乱れた呼吸を整えながら、汗を拭いていると、舞が話しかけてきた。


 「君は高校生だろう? なかなか筋がいいと思う。それに君のスタイルは、小野寺勇次郎に似ているな。」


 舞の口から勇次郎の名が出て、僕はとても驚いた。


 「知っているんですか!? 小野寺勇次郎を。」


 「ああ、彼のスタイルは好きだったな。彼も君が出したように回し蹴りを得意としていた。」


 「僕も好きなんです。僕の目標でもある。」


 「そうか。それで似ているんだな。だが君は蹴りを出す時、癖がある。構えてごらん。」


 舞は僕にそう言って、僕を立たせて対峙した。僕は素直に構えて見せた。


 「これが、君の構えだ。では私のこの手に蹴りを出して。」


 そう言って掌を出した。ちょうど回し蹴りの当たる位置に。僕はそれに向かって蹴りを出そうとした時だ。


 「動くな! 」


 僕の動きは止められた。何事だろうと思っていた。


 「ほら、右手が少し下がっているだろう? 」


 僕は自分の右手を見てみた。言われたとおりだった。この女性の実力を垣間見た気がした。それから舞は、僕に待っていろと言って、門弟たちの所を廻り、何やら指導していた。それがひと段落したのか、再び戻って来て、続きをやろうと言った。


 『今度は俺にやらせろ。』


 勇次郎が囁いた。僕は頷くと、体の力を抜く。勇次郎が体に入ってくるのが分かる。そして僕は…… 僕と勇次郎は舞の前に出た。

 『勇次郎』が構えると、舞は少し不思議そうな顔をした。僕ではなく『勇次郎』が構えていたからだろう。


 勇次郎が蹴りを出す。前蹴りの軌道から、回し蹴りへと変化する勇次郎の得意技だ。生前の勇次郎はこの技を凌がれた事は数度しかなかった。しかし、舞はそれを捌いて、背中側に回り込む。そこを狙って勇次郎の裏拳がうなる。総合格闘技でバックハンドとか言われている技だ。


 僕は手を取られ、体は宙に舞い、床に叩きつけられ、手を捻られたまま押さえつけられていた。


 『こいつ、強いぞ! 』


 勇次郎が言う。


 「まだやるかい? 」


 舞が手を放して言った。


 『やめとこう。今日は俺の負けだ。』


 「いえ、もう十分です。ありがとうございます。」


 「そうか。楽しかった。君は二つのスタイルを持っているんだな。」


 「夢中になると、そうなるみたいで……。」


 僕はごまかした。勇次郎の存在を言ったところで信じてもらえるとは思っていないから。





 「いてててっ!」


 僕は帰り道、舞にひねられた腕をさすりながら歩いていた。たぶん2・3日は痛みは取れないだろう。


 《だから、言ったのに。》


 礼子が言う。

 僕はそれには答えずに呟いた。


 「でも、あの人強いな。また来いって言ってくれたし、また行こう。」


 『おう、行こう。俺も負けたのは久しぶりだ。楽しかったな。』


 僕らは満足だった。それから、ちょくちょく、その道場に顔を出すようになる。


 〔(のぼる)。私をxとした場合だが、生前の私がx+αとなる。αはつまり肉体だ。αの定義は、物質量の値を……。 〕


 「やめろ! 」

 《やめて! 》

 『やめろ! 』


 教授の呟きに、僕ら三人は同時に叫んでいた。

神道日向流柔術の主席師範・日向舞…… 私の他の作品を見ていただいた方は、あれ? と思ったかも。そう別の作品『へなちょこESP倶楽部』の登場人物・日向舞と同一人物です。興味のある方は『へなちょこESP倶楽部』も読んでみてください。

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