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勇次郎

 回し蹴りが、相手の左側頭部に綺麗に決まり、(のぼる)は勝を決めた。


 「よし! (のぼる)! でかした! 」


 仲間が叫んでいる。部活の仲間や先輩達が手を振って喜んでくれている。

 僕は高校空手道県新人戦で優勝したのだ。


 『ちょっとは嬉しそうな顔をしたらどうだ。』


 勇次郎が呟いた。僕はその声に向かって言う。


 「助けてもらわなくても、僕一人で勝てたんだ。余計な事はしないでくれ。」


 『悪い、つい血が騒いでな。』


 「血なんかないくせに……。」


 僕は小声で呟いた。





 勇次郎は僕の守護霊だ。4人いるうちの一人だ。普通は守護霊っていうのは御先祖様とかがなるものだと思う。子孫を守りたいっていう気持ちで。だが、僕の守護霊たちは僕とは何の関係もない奴らだ。なぜ僕の守護霊になっているのか僕には分からない。『礼子』というやはり僕の守護霊の一人に聞いた事がある。なぜ僕の守護霊になっているのかと。そうしたら”居心地がいいから”って答えが返ってきた。



 僕は表彰式の後、着替えを済ませて、チャーターバスに乗り込むために体育館のロッカーを出た。部活のみんなは先にバスで待っている。僕は写真撮影やら地方紙のインタビューやらで遅くなった。体育館の入口に向かう間、僕と勇次郎は言い争いをしていた。


 『本当に龍ひとりで勝てたと思うか? 』


 「勝てたさ、僕も回し蹴りを出そうとしていた。」


 『でも、それじゃ一拍遅れたぜ、蹴るのが。』


 「それでも、当たったさ、コンマ何秒の差だ。」


 『まあ、そうだがな。』


 「だいたい勇次郎は……。 」


 《ちょっと待って! 》


 「なんだよ、礼子? 」


 《まだ入り口を出ちゃダメよ! 》


 僕達の会話に割って入ってきた『礼子』。僕は立ち止まって「なんで? 」と言おうとした時、入口が破壊された。勢いよく車が突っ込んできたからだ。ガラスは飛び散り、車は【シューッ】という音を発し、白い煙が吹き出ている。表の方から女の子の悲鳴が遠くで聞こえる。車が止まったのは僕のほんの2メートル先だった。

 後でニュースで見たら、車で突っ込んだ女性は、ブレーキとアクセルを間違えたらしい。


 《ね。いったでしょ。》


 礼子の声はどこか誇らしげだ。あのまま止まらずに歩いていたら巻き込まれていただろう。


 「助かったよ。」


 僕は礼を言った。礼子はこんな風に身近な危険をよく教えてくれる。礼子の言う事を聞かずにいるとろくな事がない。躓いたり、どぶに落ちたりだ。今は、なるべく言う通りにするようにしている。 




 「大丈夫か? 」


 バスに乗り込むと空手部のみんなが尋ねてきた。先程の事故に巻き込まれなかったか心配してくれている。


 「平気だよ。危なかったけどね。」


 「そうか。良かった。それより、おめでと~っ! 」


 バスの中ではみんなが僕の優勝を祝ってくれた。正直嬉しい。



 実は決勝戦の時、勇次郎が僕の体を支配して蹴りを出したのだ。支配したのはほんの一瞬だったのだけれど。それで余計な事はするなって事で、僕らは言い争いをしていた。

 勇次郎は僕も知っている人だった。憧れの選手だった。世界チャンピオン・小野寺勇次郎さ。勇次郎の試合のVTRは全部持っているし、専門誌の記事もスクラップしてある。小さな大会でも、勇次郎が出ると聞いたら観に行った。その勇次郎は2年前に交通事故で亡くなった。相手の居眠り運転だったらしい。僕はとても悲しくて、しばらくぼーっとして何もする気が起きなかった。



 とにかく、そんな勇次郎は、今、僕の守護霊になっている。守護霊になっても、体を動かしたいらしくて、たまに勝手に僕の体を使う。ちょっと迷惑だ。


 バスの中では部活のみんなとわいわいと話が尽きる事はなかった。やがてバスは学校に着く。すでに学校にも僕の優勝は知らされているらしく、クラスのみんなも拍手で迎えてくれた。只一人を除いて……。


 「嵯峨君、おめでとう! でも、これで期末は僕が勝だな。僕は君が部活でうつつを抜かしている間、勉強に打ち込んだからね。」


 その只一人って言うのが、今、小声で嫌味を言った鹿野(かのう)優介だ。そうか期末テストは来週か。嫌な事を思い出させてくれる。この優介というのは中学から一緒なんだが、勉強一筋な奴だ。中学の時は全く接点がなかった。僕がこの間のテストで、クラスで1番になった時から、何かと敵対心むき出しで接してくる。僕をライバルだと思っているようだが、僕にはそんな気はないし、いい迷惑だ。僕はただ家庭教師がいいだけだ。



 僕は成績の順位なんか気にしないが、明日からとりあえず勉強する事にしよう。優秀な家庭教師もいる事だし……。

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