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ニート、初めての殺人

 少しの間気を失っていたのか、俺はゆっくりと目を開けた。左の手首を軽く回す、右の手首を軽く回す、首を軽く回す。少しぎこちないが難なく出来た。

 辺りを見回すと、そこは木で出来た民家の中だった。特に何があるという訳ではないが、生活するにあたっての最低限は揃っていて台所や冷蔵庫、一人用ベッドに道具を収集する箱、時計に食卓机。広さは俺の住み慣れた家と同じで8畳ほどだ。

 家や家具のほとんどが木製という、どこか懐かしい香りのする場所だ。あくまで推測だが、ここが俺の拠点となるのだろう。

 台所の近くに一枚の紙がかかっていた。『設定』と書いてある。そこを優しく指で押してみた。

 目の前にブンッと音を鳴らしながらデジタルな設定画面が姿を現した。年齢、性別、職業など俺のリアルでの個人情報を書き込む場所だ。アンケートのためとはいえあまり書きたくはないのだが、アイテムが貰えるということでやらない理由がなくなった。


「えーっと、年齢は21なんだが……、まあ今日から新たな人生のスタートいうことで、0才にしておこうかな!」

 と、思ったものの、色々と問題がありそうなので12才とうっておく。

 そしていきなり最重要項目と相成ることになった。


『性別』

 男という文字を指の色が変わるぐらい強く押した。

 股の間を手のひらで優しく確認してみる。

 右下、あった。「やあオスカル、久しぶりだね」

 左下、あった。「おかえりアントワネット、元気してた?」

 真ん中、あった。「アンドレ、会いたかったよ」




 とりあえず男の勲章を全て取り返した。もう二度と君たちを離さない、絶対に。約束する。それはまるで恋愛ドラマのような甘くて切ない大人の物語────




 職業の欄を見ていった。あ行から順に探していく。登録されている職業の数が多く、なかなか探している物が見当たらない。

 か行の後ろの方へと入った。

『警備員』という文字。


「ありました」

 迷わずそこをクリックした。さ行まで探しても自宅警備員という文字があるのは望み薄だろう、妥協で警備員を選んだのだ、決して見栄ではないと。自分にそう言い聞かせた。

 設定を終了すると中から薬草が3つ出てきた。チュートリアルで既に1つ持っているのだが、数があるに越したことはない。

 装備と道具を確認する、薬草4つにこれまたチュートリアルで手に入れた剣が一本、地図でおそらく今いる街を上から写したのが一枚。

 序盤としてはまあまあの持ち物だと思う。特に薬草が4つは大きい、序盤の要になるはずだ。

 今現在のライフポイントを見てみる。肩幅ぐらいのライフポイントが半分ぐらい無くなっていて、黄色になっている。どうやらチュートリアルでかなり削られたみたいだ。ちなみにライフポイントの色の解説をすると緑が元気、黄色が注意で赤が危険というのが一般的だ。

 ここで薬草を使うか否か、プレイヤーとしての技量が試される点だ。薬草は4つもあるが無駄には出来ない、かといって使わないで死ぬのは論外。


「まあ、大丈夫かな。そこら辺で休めるだろうし」

 そう腹をくくって、ぐぐぐーーーっと背伸びをした。窓からの明るい日差しが木造部屋を照らす。まだ夜にもなってないにも関わらず外に出る、少しドキドキするが今はそれより使命感が勝っている。

 絶対に舞をこの世界から現実の世界へ連れ戻していく。その思いだけを胸に、俺は勢いよく外へ繋がるドアを開けた。

 外へ一歩踏み出してみると、そこは街外れの並木通りだった。前にはマンションらしき建物が並んでいて人が住んでいる気配はあるのだが、人通りは無かった。

 明るい光がさんさんと降り注ぐ中で、俺は上を見上げた。少し眩しいが太陽がニッコリと俺を歓迎しているように見えた。


「……まあリアルでやったら目が潰れるだろうが、帽子でも被ったなら出来るかな、今の俺でも」

 と、物思いにふけっていたとき、とんでもない異変が起きた。



 ────ゴゴ……ゴゴゴゴ…………ゴゴゴゴゴ



「な、なんだ! なんの音だ!」

 まるでこの大地を裂ききらんばかりの地割れのような音が小さく鳴り響いた。

 しかもだんだん音は大きさを増していった。それとかすかに聞こえる女性の声。

 前を大きく見開いた目で確認してみた、特に異変は無い。同様に左も右も異常無し。


「まさか!」

 今来たばかりの後ろを振り向いてみた。当然、何も起こっていない。

 しかしそうこうしているうちに地割れの音はどんどんと大きくなっている。近づいてくる恐怖、もしくは死に焦りは募る。

 そして女性の声が徐々にはっきりと聞こえ始めた。


「あーー、あーー、聞こえますかーー、あーー、あーー、助けて、助けて、繰り返します」

 まるで朝礼のマイクテストをしているような、感情のこもっていない女性の声だった。


「誰だよ! そしてどこにいる!」

「あーー、あーー、聞こえる? そこにいればいいのよ、あーー、あーー、テスト終了、マイクテスト終了」

 やる気の無い女性の声が響いた。というか、本当にマイクテストと言いやがった……。

 しかし間の抜けた彼女の声とは裏腹に、どんどんと大きくなっていく地割れの音。

 よーーーーく真上に目を凝らして見てみると、女性が正座をしたまま、周りの空気を引き裂かんばかりに大加速をつけながら俺の上から落ちてきている。


「なんで! どういう状況これ!」

 一瞬焦った俺だったが、冷静に考えをめぐらしてみた。俺の引きこもりならではの無駄な時に限って発生する謎の集中力を発揮する時間だ。

 このまま女性を抱きかかえて助ければ仲間になるフラグがたつかもしれない。旅の目的は膨大な数の中での人探しだ、仲間は一人でも多いほうが良い。

 彼女が誰かは分からない、だが助ける。そう心に決めて上を見た。




 ────ゴゴゴゴゴ!!!!!!!




 空気を切り裂くどころではない、時空を切り裂かんばかりの勢いで突っ込んできている。更に正座というのが余計に腹が立つ。


「駄目だ! どう考えても今の俺じゃ死ぬ!」

 俺は回避をすることに決めた。左右は駄目だ、間に合わない。バックステップも無理だ、距離が足りない。

 ところが一転、ここで毎日オヤツ変わりに100円の煮干しを食べていた俺の脳がようやく活性化する! 


「そうだ! 俺にはステステがあるじゃねーか! うおおおおおおお!」

 まさか無駄と罵られた技がこんなところで生きようとは! 

 俺は斜め下を意識して前へと踏み出していく!

 だがしかし!


「あ、足が動かねえ……」

 俺の足はチュートリアルでの宝箱との戦闘で既にボロボロだったのだ。ここにきて薬草を使わなかったミスが命取りになってしまう。


「う……動けえええええええ! 俺の足よ動けえええええええ!!!! 動かんかあああああああああああ!!!!!」

 チュートリアルで酷使したお前が悪いと言わんばかりに、俺の足は俺の言う事を聞いてくれない。

 再び上を向いてみた。もう数秒で俺のところに、誰かも分からない女のケツがのしかかり、チリとなって消えるのだろう。


「ケツで死ぬ。そんな人生も、悪くないね」

 俺はため息をついて下をむいた。もはや神様に祈る気力も無い。

 神様……。


「神……、舞……」

 そう、俺は一体何をしにここに来たのだ。舞を救うためだ。こんなところで諦めていて、本当に舞を救えるのだろうか……。


「いや、俺は諦めねえ! 俺の唯一の希望を守るために!」

 大丈夫、あの女を受ける、受け止めてみせる。出来る、絶対に出来る。

 降ってくる女を凝視した。時空を切り裂くスピードを超えて炎が周りを包んでいて、まるで隕石みたいになっている。


「やっぱ無理だよおおおおおおおおおおおお!」

 人間、死ぬ間際は視界がスローモーションになるという。すぐ上を女が落ちているのがパンツまでくっきりと見えている。

 俺は咄嗟に、剣を引き抜いた。そして彼女が落ちる直前、まるで体が何者かに操られているような感覚で無駄のない剣の太刀筋を出していた。

 交錯する隕石と刃。その軍配は……刃が勝った。



 ────ぶしゃあああああああああああ…………



 俺の呼吸は荒くなっていた。ゆっくりと深呼吸をして、自分の顔を手で触ってみる。感触がある。どうやら、生きているみたいだ。


「よしっ! 生き残ったぞ!」

 そう叫んだも束の間、前を見ると女はぐったりと横になっていた。血がしたから滲み出ている。


「や……やってしまいましたなぁああああああああ俺えええええええええええ!!!!!!!!!」

 異世界へ来て早々、いきなりの殺人を犯してしまった……。


「いや、まだ大丈夫だ。焦る時間じゃない。逃げる、埋めるは無いとしてどうするかだな。とりあえず薬草を使ってみるか」

 ぽむっと、薬草を彼女の上に置いてみた。青々とした緑色が血で滲んで真っ赤になった。


「だめだ明らかに効いてない!!!! せめて薬草は消えてくれよ、なに現実と同じような事になってるんだよ!」

 もう……自主するしかない。そう。俺の設定は12才だったはず。少年院で過ごす事になるだろう。

 中学で不良→少年院→出所→暴走族→暴力団→ヤクザと、言ったように王道を歩く事になるのだろう……。


「ドラフト1位でヤクザか。そんな暮らしも悪くないね」

 俺はもう全てを諦めた。とりあえず彼女をここに置いとくのは悪いから、せめて警察まで持っていこう。

 俺が起こそうとする前に、既に彼女は膝をつきながらも立ち上がっていた。しかし気のせいだろう。死人は動くことはない。


「あ痛たたた……、あー、痛いわ、いたたた」

 彼女は何かを話している。しかし気のせいだろう。死人が話すことはない。


「それより君は大丈夫だよね? 私は全然問題ないわよ! だって、無傷だから!」

 彼女はジャンプをしながら元気な事をアピールしている。しかし気のせいだろう。ライフポイントは黄色になっている。


「さてと、担いで行きますかね」

「いやん! ちょっと胸……胸持たないでよ……」

 俺は彼女の脇下に腕を入れて抱えるように歩き始めた。何故か彼女は運びやすい体制だったが気のせいだろう。死人は横になっているのが普通だ。


「ねえ……そろそろ離してもらえないかしら」

「はい」


 俺は死人と会話をした。

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