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ニート、初めての異世界へ

 目の前が真っ暗だ。しかしまぶたの裏では無い。

 そこは異世界だった。


『よ、よ、ようこそ、お越しくだしゃいました。こ、ここ。ここは、ここあ……』

 何やらナビをしたいであろう声が聞こえてきた。たどたどしく慣れていない上に、それは幼い女の子の声だった。


「緊張しなくても良いぞ。ゆっくり話してくれ」

『は……はひ。わたくし、頑張りまふ……ます……』

 もはや息継ぎのタイミングさえおかしくなっていた。

 どうやら初っ端から詰んでいるように思えた。ほとんどネトゲーをしない俺にガキのナビと来た。まあ急ぐ必要もないので腰をすえて聞くことにした。


『こ、ここ、ここのしぇかいは、でしゅね。世界は、『ファイナル! ポケッッツ、クーエィスト!』と、言いまひて……』

「外人特有のカタカナだけ上手い言い方やめろ。敬語が言いにくいんだろ、普段の言葉でいいよ」

『……たすかる。それじゃあ、言う。聞いてね、最後まで』

 ようやく少し落ち着きを見せてくれたようだ。今度は少し淡々としすぎているように思えるが。


『今はまだ暗い世界、だけど、正真正銘、あなたは異世界へと足を踏み入れた。もちろん、途中でログアウト、ログインも自由。ただしログアウト中の時間は異世界でも同じ時間だけ流れ、その間は無防備な状態になる。人前でログアウトはしない方が良い、イタズラされるかも。

 このオンライン最大の特徴、それは限りなく現実に近いRPG。詳細は、プレイすれば嫌でも分かるはず。

 私がナビする、最初だけ。基礎だけ。基本だけ。根本に関わるゲームの内容、等、言えない。そういうルール。

 何か質問あるか? 無かったら嬉しい。楽だから』

 本当に淡々と、業務的にナビは言った。少女の声なのだが、感情がまるで感じられない。

「そうだな、ここに舞っていうプレイヤーがいるか探して欲しいんだけど」

『舞? それは、友達か?』

「うーん、まあそんな所かな(大嘘)。神……じゃなくて、舞は結構我が強いタイプだったから本名でやってると思うし」

『……言えない。それ、ゲームの内容。自分で探す。何か質問あるか?』

「もう無いよ。早くプレイしたいしな」

「そう。でも少し待つ。旅はチュートリアルの後、だから」

 すると突然、暗闇の世界から一変、白い部屋の中へと世界が変わった。見渡す一面が真っ白で、無限大のように感じられる。

 俺はそこに一人立っていた。服装などは部屋にいた時のままだ。

 試しに左腕に力を入れてみた。多少ぎこちない動きだが反応してくれた、違和感も慣れれば困らない程度のものだ。

 しかし何かが軽い気がする……


『それじゃあチュートリアル、やる。準備は良いか?』

「あーーー! お、俺の、俺の玉が無い!!」

 普段、股の間にぷらぷらついている物が無くなっている。あるのが当たり前に思っていた、無くなって初めて分かる2つの温もり。いつまでも、あると思うな親と金と玉。


『準備は、良いか?』

「棒もねえじゃねえか! ふざけんな! 立ってることが奇跡だよ! 生きてる事が奇跡だよ!」

 俺は拳を握り締めて叫んだ。


『うるさいな……、その辺探してみろ、時間はある』

「そんな簡単に落ちる物じゃねーよ! そんなに大した物でもねーけどな!」

『一応忠告する、チュートリアルでも死ぬ、お前。ふざけない方が良い。集中』

「な、なに!」

 俺は冷静になった。死ぬ、それは肝が冷える思いだ。今現在、肝は無いが。無駄金は一切無い、そんな俺が死んだとなると。


「ふっ。どうやら俺はアレを無くすよりも大事な事に気がついたようだ」

『お、そうか。なら、チュートリアル』

「って! んなわけあるかーーーー! さすがに俺のアレでも3000円以下って事はねーわ!」

『そうだな、日本円の価値、下がってる』

「バブル時代でも3000円より上だわ!」

 余りに大声で叫んだために俺はむせてしまった。喉がイガイガと痛い。普段声を出していない弊害がまた出てしまった。

 その姿を好機と見たのか、ナビ役の少女は勝手に話を進めて行った。


『アレが無いのは女、男の設定がまだだから。それは、自分でやること。私が教えるの、基本的な動きだけ』

「それを早く言えっての」

『じゃあチュートリアル始める。まずはいつも通り立つ。特別な事はいらない。前を向くだけ』

 俺はそっと力を抜いた。両足を地につけて立つ、当たり前のことを意識してやってみる。

 前を向く、その景色は無限とも思える白い世界。行き着く先は桃源郷か、はたまた地獄か……。


『前、後ろ、左、右。現実と同じ。行きたいと思う方へ体を動かす、足を動かす。これは地上、海、空、宇宙、どこへ行っても同じ原理、のはず』

 動く。思った通りに体は動く。当たり前の事だが、いざ言われてみると確かに人間は良く出来てるなぁと思う。

 ふと現実を思い返してみた。俺はこうやって地に足をつけて歩いた事などあっただろうか。いや、あったんだろう。俺にも無邪気な時期が。

 年齢を重ねるにつれて、だんだんと背は高くなった。ただ、だんだんと目線は下がっていったんだなと、そんなことを思った。昔の方が周りの景色を良く見えていたんじゃないだろうか。


『後ろへ早く下がると、通称バックステップが出来る、コツがいる。戦闘での回避の要。だが過信はダメ、無防備になる。

 逆に前へ早く出ると、通称前ステップ。距離を詰めるためや、フェイントはもちろん。少ししゃがんだ状態になる、よって回避にも使える、が、お前は使うな、上級者御用達、見せプレイ。モテたい男、よく使う、回避失敗、恥ずかしいだけ』

 体に身を任せるように、自然体で臨んだ。前へ強く出る、すると見ている景色が歪むほど勢いがあった。後ろへ強く、気を抜けばクビを持っていかれそうなほど反動がある。

 途中まで前へ強く出る、そしてすぐに後ろへ。前へ行くふりをしながらのバックダッシュ。


「痛っ!」

 軽い電撃を食らったような感覚が体全体を走った。筋肉が硬直しているのが分かる。強い選択肢ではあるが、連発するには時間がかかりそうだ。


『お前筋が良い。今のは中々出来ない。次の特殊ステップも教える、特別だ。誰にも言うな、怒られる。私が。

 少し前ステップをしてキャンセル、少し前ステップをしてキャンセル、これを繰り返す、早く。コツは前へ行くより、斜め下へ行くような感覚。出来なくていい、それが普通』

 感覚は斜め下へ。下へと溶け込むような……。下向きは得意だ、何故なら俺はずっと下を見てきた。

 それを──少し前へ。前へ!

 そうすると、凄いスピードで前へ移動を始めた。軽く屈伸運動をしながら前へ前へと進んでいる。頭が上下にぶれて視界は定まらなくまっすぐに進めないが、充分な手応えがあった。


『凄い。出来てる。でもやる必要ない。走る速度より少し早い程度、視界は揺れる、見た目不細工。かわいくない』

「ならやらせるんじゃねーよ!」

 とにかく前ステの連続、名付けてステステが出来るようになった。注意点は視界が安定しないのと不細工なこと。


『次に行く。ちょっと待って、準備する』

 俺の見下ろす位置ぐらいに。四角い箱が現れた。どっしりと木で出来た立派な宝箱だ。


『開ける、アイテム取る、終わり』

「これは簡単そうだな」

 しかし宝箱を開けようとした瞬間、俺の脳裏に電流が走るッッ!

 ざわ……ざわ……ざわ……

 俺はそっと手を離して、そのままびた一文動けなくなってしまった。


『……? なにしてる? ぎっくり腰か? 腰トントン必要か?』

 ちょっと待てよ、少し冷静になれよ俺。もし仮にこの宝箱が敵というトラップだったとすると、今のフルチン装備の俺では間違いなく死んでしまうだろう。まあ今現在チンも無いのだが。

 死んだらどうなるのか、再課金により所持金が7000円から4000円になる。要するに一日平均130円……。

 貧乏生活には慣れた俺でもさすがに無理だ。どうやって暮らしていくというレベルではない。せいを諦め、死ぬ前に何を食べたいのかレベルだ。

 4000円、そう考えると豪華な気もしてきたなぁ……。

 いやいや気を確かに持て俺、さすがに生きるを諦めるのはダメだ。一日130円と考えて……って、おにぎりでも選ばないと買えないじゃないか……。昆布ならいけるがシャケは買える場所が少なそうだ。牛肉やウナギはどうだって? 生意気言ってるんじゃねーよ、課金前の俺でも買えねえわ!


「こほん」

 一つ咳をして前を見据える。

 さて、今は宝箱をどうするかだ。俺は少し距離を取ってファイティングポーズをとり、宝箱を睨みつけた。


『本当、なにしてる? 寝て良いか?』

 俺はカッと大きく目を開けた。そして勢い良くステステをしながら宝箱へ接近していった。


『なんだ急に? 狂ったか?』

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 加速を止めずに宝箱の前で足を振り上げ、思い切り蹴り上げた。


「ダラァッツッッッ!!!!!!」

 加速と回転、この二つが組み合わさった蹴りを喰らった宝箱は遠くまで飛ばされ、見事に空中で粉砕された。

 もっさりと、薬草が落ちてきた。


「取ったどおおおおおおおお!!!!」

 俺はぐしゃぐしゃになった薬草を掴みながら歓喜に満ち溢れた。勝つ事、それは素晴らしい事! 人生勝とうぜニートのみんな!


『いいけど、片付ける、お前が』

「はい」

 ステステで移動しながら木の破片を一個一個拾っていった。人生の勝ち負けは誰が決める? 自分でしょ。これは世界で一番素晴らしいゴミ拾いだ!


『次やったら強制退場。理由、私が怒ったから』

「本当にすんませんでした!」

 とりあえず頭を下げての全力謝罪。お片付けも遠隔操作でナビさんに手伝ってもらった。突然の退場処分を出すなんて……うわ、このょぅι゛ょ怖い……。


『次に行く。戦闘だから準備して、心の』

 俺と5メートルは離れているかの位置に、小さくてまん丸な可愛らしいモンスターが出現した。

 足元には一メートル弱の剣が置いてある。


『これで倒す。相手は弱い、逃げるのがほとんど。ゲーム中で会うと運が良い、無傷で倒せる上にアイテムが貰える』

 しかし俺が仮に負ければ4000円となり(以下略)。

 剣を持ってみるとずしりと腕に負担がかかる。片手で扱うのは無理そうだ。

 俺は宝箱と同様に、思い切って近づいていき、敵が後ろを向く暇もないほど早く切りつけていった。


「うおおおおおおおお!! まだだ!」

 更にめった刺しの乱舞。俺が力尽きるまでひたすらに剣の乱舞!


「おらおらおら!!!!」

 カンカンカン! と、いつまでも続く甲高い音が鳴り響いた。


『一体何がこいつをここまで引き立てているのか。でももう良い、とっくに倒してる。倒した敵は消える』

 俺はふと前を見た。そこには何もなく、地面がいたずらに傷だらけとなっていた。


『また私の仕事、増やしたな』

「なら早く教えろっつーの! 俺も腕痛いっつーの!」

『……はぁ、まあいいか』

 呆れ気味の少女に泣きそうな俺。

 というかチュートリアルで既にボロボロな俺。ついでにかっこ悪いので言わなかったが、宝箱を蹴ったときに足も痛めている。


「なあ、満身創痍で挑む男の姿って、どう思う?」

『馬鹿だと思う』

「Me too ……」

 俺ががっくりとうなだれると、ナビの鼻息が漏れたような音が聞こえた。もしかして笑われているのかもしれない……、こんな敬語どころか丁寧語も使えないガキに……。


『あと最後に一つだけ言う。意外と重要。お金の譲渡、アイテムの譲渡、出来ない。使うは出来る、例えば回復とかは出来る。回復アイテムを上げるは出来ない』

「ふーん。何でそんなめんどくさいシステムが出来たんだ?」

『オンライン上で犯罪が急増した。人を脅してお金やアイテムを無理矢理振り込ます。非人道的。日本人の誇り、持って無いのか』

 ナビの少女はふつふつと沸き上がるような怒りを持って言った。怒ってますと言うより気持ちが伝わってくる。


「お前も大変なんだな」

 俺がそう言うと白い世界から一変、再び世界が暗闇に包まれた。


『もう全部、言い終わった。お疲れさん。そして私も、お疲れさん』

「ああ、お疲れさん」

 どうやら彼女とはここでお別れみたいだ。短い間だったが、結構濃厚に無駄な時間を過ごさせてもらったと思う。ニートの俺が一体何のための時間だったんだと思うレベルだ。

 しかし一応基礎的な事は結構教えてもらったので感謝もしている。


「あのさあ、これで俺たちはお別れなんだよな。これから会うこともないのか?」

『え? う、うん。そうだな。そういう事になるな……』

 ナビの喋り方は淡々として変わりないのだが、どこか歯切れの悪い感じだった。


「もしかして、寂しいのか?」

『寂しいわけが無い。私の仕事、チュートリアルだけ。プレイヤーに知識を与える、それ以上は望まない。うん……』

 やはりどこか寂しそうだった。空気的に、ここは何か一言声をかけてあげたほうが良いだろう。


「最後に俺から言いたい事があるんだが、何というか、正面きって言うとなるとあれだな……」

『なんだ? 感謝の言葉はいらないぞ、ナビに。これがお仕事』

「まあそう言うなって。言わせてくれ。頼むから」

『う……うん。うん、どうぞ』

 俺は軽く息を吸い込んだ。そう、今まで思っていた事を言う、そして伝える時!

 にっこりと、どこにいるかも分からないナビに向けて笑顔を作った。


「あのなあ、俺が宝箱の前で止まってた時に言ってたけど、ぎっくり腰の相手に腰をトントンしたら、相手は死ぬかもしれんぞ」

『お前が死ね』


 最後の最後で縁起でもない物騒な事を言われ、俺はより深く異世界の世界へと吸い込まれていった。

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