ニート、初めてのファミリーレストラン
とりあえずデイリーズレストランの前まで来たものの、待ち人をしていそうな人が全く見当たらない。中にいるのだろうか。
店のドアを開けるとカランカランという甲高い音が鳴り響き、すぐに店員が駆けつけてきた。
「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」
「あ、ああ、えーっと、一人なんだけど……後で増えるというか……もういるかもしれないというか……」
明るい店員の声とは裏腹に、俺はハッキリと声を出すことが出来なかった。人と話す事なんてコンビニのお箸いりますか、温めますかの返答程度だ。それが数年も続いたとなればしょうがない。
店員は少し戸惑ったものの、すぐに理解を示してくれた。
「待ち人をしているのですね、相手は店内で待たれているのですか?」
「は……はい、多分……」
「それじゃあどうぞ」
店員はそう言って俺は店内のテーブル席へと通された。
周辺を見渡すと夜にも関わらず大勢の人がいた。親子連れが一番多くて、明日が日曜日だからゆっくり出来るという算段だろう、ニートの俺には関係ない話だが。そしてカップルや友達同士も多く、一つのドリンク飲み放題を大人数で回して飲んでいる姿は青春そのものだ。……若干の法には触れはいるのだが。
とりあえず待ち人をしていそうな人はいなかった。そもそも一人で来ている人がいないというか、……一人だけいるにはいるのだが。
「すげー、美人な人だなぁ……」
俺は少し呆然とした状態になった。
一人でコーヒーを飲んでいる女性がいた。髪は茶色で長くて多少癖っ毛があり、サングラスをしている。紫で短めのスカートに少し胸の開いたワンピース、豪華ではないが軽い装飾品を数多くしていて、いかにも恋愛をエンジョイしていそうな女性だ。
その女性はゆっくりとカップを置いた。そして俺と目が合った。俺は急いで目を外して他に人を探し始めたのだが……
もう一度バレないように彼女をチラ見した。すると彼女はこっちを向いてカップを上げていた。
「…………まさか、いや、まさかな」
俺は恐る恐る近づいて行った。彼女の顔がはっきり見える位置までついた。化粧もバッチリで唇もプルプルだ。
「こんばんは、待ってたわよ。あなたを」
「えーっと、掲示板に書き込んでた人は……」
「そうよ、私よ私」
彼女は軽く手を振った。
まさに予想外だった。ネットなんて女みたいな書き込みをしてる人でさえほぼ男の世界だ。それが男の書き込みなのに美しい女性だと誰が予想出来ようか。
しかもどこかで見たことがある顔のような──
「ん? 私の顔になんかついてる?」
「いや、そんな事より重要な話があるだろ。神……じゃなくて、舞の事についてなんだが、お前は本当に知ってるのか?」
「ふふ、あなたはリアルでも神って言ってるのね。それと、まさか私を知らないって訳じゃないでしょう」
「顔が分からないというか……、サングラスが邪魔というか」
「ああ、そうだったわね」
ピーンと大きめのグラサンを外しオデコにかけ、笑顔でこちらを向いた。目も大きくパチクリとしていて可愛い。
「ああ、どうりで見たことがあると思ったぞ」
俺は大きく頷いた。
「でしょー」
彼女は得意気に笑ってみせた。
「で、誰なんだお前?」
爽やかな表情から一変、テーブルに頭がつきそうなほど彼女はガックリと項垂れた。よほど自分に自信があったと見た。
「俺は見たことがあると思った程度で、誰かとかは分からん。まあオーラからして有名人なんだろうが、そもそも俺はテレビなんてほとんど見ないし」
そう、神が出るテレビ以外はほとんど見ない。
「あのねぇ一般人はともかく、あんたは知ってないとダメでしょう。ミサだよミサ。ミサエル様って言えば分かるかな」
「ああ、NND69のお色気担当の子か」
俺は名前を聞いてようやく理解することができた。
ミサ、舞がデビューした少し後に入ってきた子だ。活発で明るい舞とは対称的に大人っぽい色気を武器にして人気があった。体はアイドルというよりグラビアアイドルみたいな凹凸がある。ステージ衣装などを着ると更に目立つ。
ミサエル様という愛称は、ミサという名にちなんでミカエルを少し捻った感じだ。実にくだらない。
「ほーら、生のミサエル様の生胸だぞー、よーく拝んどきなさい」
そう言って彼女はただえさえ胸の谷間が少し見える上着を少し下にずらした。
服の下の布らしき物が見えた。
「で、ミサさん。話を続けようか」
俺は意外にも冷静に対処をした。目的はあくまで舞の現在で、他には全くの興味がない。
俺が普通に返答したのを聞いてミサは少し驚いた表情を見せた。
「へー、私の体に動揺しないなんて普通の男でもいないのに。まさかお金持ちで家に女の子でも飼ってるのかな? それとも男が好きとか……」
「性癖は至ってアブノーマルだ。金も持って無い。無職ニートの引きこもりだ」
「そうなの。やっぱりね」
「やっぱりって何だよ……」
人と目が会うだけでも緊張する俺が、普通にミサみたいな女性と会って話をするのは動揺しないはずが無いが、今は舞の件について話しているだけだ。今に限って言えば舞以外の女などどうでもいい。
「で、見ず知らずの相手にさえ無職ニートと分かってしまう俺に何の用があるんだよ」
早く話を進めたかった俺は、普段から良く使う自虐で話を進めた。
「まあまあ、そう自分を卑下しなさんなって。あんたって、ずっと舞の掲示板やブログに居座って見てたでしょう。だから相談したいなって思えるのよ」
……おかしい、匿名掲示板なのに何故俺がずっと見てた事がバレているのか。
「なんで分かったって言いたそうな顔してるわね。教えましょう。あなたの書き込みには特徴があって、他人の書き込みをしたすぐ後に書き込んでるのよね。ずっと見張ってないと出来ない芸当よ」
「でもそれが全部俺とは限らないだろ」
「いいえ、あなたは書き込む時に一つ癖があって、最初に一マス開けるのよ。律儀にね」
さも当然と言わんばかりにミサは言った。
……俺のバカやろう、こんな初歩的なミスをしていたとは……。何だろう、舞の神オーラで俺の気が動転していたのか……。
いや待てよ、神の隣にいたこいつもその恩恵を受けているのではないか……、だから常任では気がつかない事に気がついたと。そうなるともはや……
「まさか、あんたも神だったのかー!」
「何か考えてるなーと思ったら、そんなしょーもない事を。良いから拝むの止めなさい」
「神がしょーもないだとお!!!! 神を舐めてんじゃねーよ! ……いや待て、彼女もまた神なのだ!」
「このアホ」
ミサに手で持っていた分厚い本で頭を叩かれた。首だけじゃなく背中まで伝わる痛さだ。
本は何かの台本だった。そいうえばミサは舞台だとかドラマによく出てたなぁ。
「落ち着いた? その引きこもり特有の急にテンションが上がるのは勘弁して下さいよねね本当に」
ミサは皮肉満々に敬語で言った。
「それじゃああんたは書き込みで『WwW』って律儀につけてた人か?」
「そうよ。それが何か?」
ミサは堂々と公言した。どうやらわざとやっていたようにも思える。
「仲間をボロカスに言うとか、お前は性格悪いんだな」
俺はミサの顔を睨みながら言った。
「まあそれに関しては置いておきましょう。それじゃあ結論から言いましょう」
ミサはそう言いながら台本をゆっくりとカバンへ閉まって、二度三度、唇を少し開いたり閉じたりした。軽くではあるが、視点も定まっていない。
そして俺の顔をジッと、祈るような顔で見つめた。
「彼女は今ね、引きこもっているのよ」
「……は?」
……………は?? は??????? は???
空気が凍った。周囲が凍った。人が凍った。言葉が凍った。頭が凍った。目が凍った。耳が凍った。前が凍った。後ろが凍った。
心が凍った。
「今、何て言ったんだ?」
「聞こえなかったの? 彼女は今、『引きこもっている』ってね」
「………………」
涙が出た。
「あらあら、よっぽど舞の事が好きなのね、よしよし」
見た目からは考えられないほど、まるで母親のような優しい声でミサ言った。
俺は声を押し殺して泣いた。腕で目を擦りながら泣く様は子供のように見られるかもしれない。
頭を撫でられている感触がある。人前で泣くなんていつ以来だろう、慰められるのはいつ以来だろう。
だけど、涙は凍らなかった。
「まあ良いわ。そのままの格好で聞いてね。彼女は一年前ぐらいから様子がおかしくって、半年前から仕事をサボるようになったわ。そして三ヵ月前、家から出なくなったわ……。芸能活動をしていないのは、あたなも知っているはずよ」
俺は涙を出しながらも強く前を見た。涙目を他人に見られるのは恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。
「そして舞は今、オンラインゲームにはまっているわ」
「オンラインゲーム?」
「そう、世界最大級のオンラインゲームにね。ずっと、ずーーっとやっているらしいわ……」
少し悲しげな顔をしながらミサは先ほど俺を叩いた台本を開け、一枚の紙を取り出し俺の前に出した。
紙には『世界一のオンラインゲーム』や『ネットで稼げる』や『このゲームを職業にしよう』などと景気の良い言葉が並んでいる。胡散臭く見えるのは俺の性格が曲がっているからだろうか。
「その有名なオンラインのどこかに、彼女はいるわ。以上、終わり」
そう言うとミサは台本を閉まって、コーヒーを飲み干した。そして俺を見ることも無く、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、そういう事で。頑張ってねニート君」
「ちょっと待てよ、もう終わりか? 質問ぐらいさせろよ」
「質問って言ってもオンラインゲームの事は分からないわ。せいぜい紙に載ってある事ぐらいだけど。そもそも忙しいし明日も早くて」
「いいから! とりあえず質問をさせろ!」
俺が叫ぶと、空気がピンっと張りつめた。
「……いいわ。私の知っている事なら」
俺のニート特有の気性の上げ下げが激しい気迫に押されたのか、ミサは座ってこちらを向いた。
ミサは何かを隠している、本能的にそう思った。俺も普段は親に働いていると嘘ばかりついているので、何となく空気で分かるのだ。
「それじゃあ、質問をどうぞ」
ミサの表情はまだ余裕の顔を保っている。軽く揺さぶらないと情報は手に入りそうにない。
アイドルという嘘を固めて作られたも当然な相手ではあるが、俺は疑念を全て振り払い、とにかく思いついた事を聞いてみた。
「まず俺の住所は何で分かった?」
「ブログの管理はうちの偉いさんでやってるからね。逆探知しただけよ」
なるほど、俺の書き込みは特徴的でブログでも同じようにやっていたからな。
「NND69の名簿にはまだ舞の名前が残ってて、活動中と書いてあったんだがそれはどうなんだ?」
「急に無くなったら世間から騒がれるでしょう。それこそ本当に消えてしまうことになる。だから私が上の人間に言って残してもらってるの」
なるほど、どうやら活動を休止していることは確からしい。てっきり地方で仕事をしているものだと思っていたのだが。
少し冷静になった俺は、もっと大事な事に気がついた。
「ていうか舞が家にいるという保証は? もしかしたら何かの事件に巻き込まれて……」
芸能界など明るいのは表だけ、そんなことは家を出ない俺でさえ知っている。舞は果たして無事なのか。
「それは大丈夫よ。マネージャーが毎日のように様子を見に行ってるし、携帯での返答はあるわみたいだわ。私も確認済みよ」
どうやら最悪の事態だけは免れたみたいだ。
そしてある妙案が思いつく。
「なら、ミサが行けば良いんじゃないか? 家も知ってるんだろ。なら直接行ってだな」
この何気ない質問に、ミサの表情は明らかに変わった。その様子は余裕が無いどころではない、怯えているようにさえ思えた。
「そ、それは……、私忙しくて。あの子の分まで働いてるのよ。だから……」
「待った! それはおかしい。舞の家に行く暇が無いのなら俺と会うことも出来ないはずだろ!」
「…………そう、ね」
俺はダメ押しをした。それが何となく、ミサを傷つける行動と分かっていながらも。
「なんでマネージャーではなくメンバーが行ってやらないんだ? それを教えてくれないか。何かのヒントになるかもしれないし」
今度は一転して優しめに言うと、ミサは何かを諦めたようにため息をついた。ようやく、彼女の素が見れたような気がした。
「…………別に話しても良いけど、時間がかかるわよ?」
「ニートに時間を聞くんじゃねえよ」
「そうね、それもそうね。なら、遡って話す必要があるわね」
ミサは上を向いて儚い表情をしたまま話しはじめた。その姿はまるで、ドラマに出てくる不幸な運命を背負ったヒロインのようだ。
「あんたも知ってのとおり、舞はデビューしてすぐに売れたわ。NND69も相乗して注目されて人気があがった。私たち他のメンバーも彼女の後を追うように必死に頑張ったわ。私も今はこんな落ち着いた感じだけど、当時はおバカキャラで行こうとしていたの。周りが引くような回答や、芸人がやるような罰ゲームもやったわ。率先してね」
……知らなかった。ミサも苦労せずに売れたイメージがあったけど、こんな過去があったとは。
「でも注目されるのはいつも舞だった。しかも彼女は素の表情で売れていたのよ、楽屋でもテレビでも同じ彼女で。だから彼女に追いつけ追い越せで頑張っていた私たちの感情は、いつしか憎悪になって行ったのよ」
良くあることだ。俺の薄い人生経験の中でも、嫉妬により潰された子なんて嫌ほどいた。
そしてこの話の展開も、何となく気づいていた。
「で、イジメがあったわけか」
「そうよ。みんなでやったわ。それも、巧妙で陰湿な事をね……」
今度は俺がため息をついた。イジメなんて毎日が戦争であるアイドルの間に無いわけが無い、そう理解はしていたものの、いざ聞かされると重い気分になる。
でも、俺の感情は驚くほど平常心だった。
「あら? 怒らないのね。殴られても文句は言えないと思ってたのに」
「イジメなんて……多かれ少なかれどこに行ってもある。それに、それにな、舞ならそんなことも乗り越えていくと確信してる」
これは願望で言っている訳ではない。舞は高校生のうちからデビューして、学内で反感を買わないわけがなかった。舞を遠くから良く見ていた俺は嫌がらせを多々見てきた。
でも舞は軽々とそれらを乗り越えて見せた。嫉妬をしていた人達も最終的に友達になっていたのだから彼女のカリスマ性が分かる。そして強さも。
「そう……、私もそう思ってた……、舞なら多少イジメても問題ないって。でも……」
でも、と聞いた瞬間だった。
──ぶちっっと、何かが切れた音がした。何がキレたのか分からない、分かりたくもない。分かる必要もない。
「そう、私たちの……きゃっ! 痛いっ!」
気づけば、俺はミサの腕を掴んでいた。
「お前はそこまでやったのか! 自分で何やってるのか分かってんのか、なあ!」
自分でも驚くぐらい大きな声が出ていた。
普段の俺は声を大きく出そうと思っても小さい声しか出ないのに、抑えようと思ってる今は大きな声が出てしまう。なんとも皮肉な現象だ。
「ちょっと落ち着いて! いや、多少は熱い方が良いのかな……」
こんな状況にも関わらず余裕を見せる彼女に、俺の理性ははち切れる寸前だった。
殴っても問題ない。女に暴力はダメだがそれも人による。こんな悪魔なら殴ったほうが良い。そして俺が警察に捕まっても大丈夫だ。元から引きこもりでこれ以上落ちる事はない。
だが、一つ違和感があった。ミサの様子がおかしい。
「なあミサよ、何で俺の手を振りほどこうとしないんだ? 叫んだりしてもすぐに助けが来るだろ。なんでそのまま目をつぶってじっとしてるんだよ」
「それはね……殴られても当然な事ぐらいはしたからよ。殴られた方が、案外スッキリするかもって」
外見からは全く分からないが、彼女は震えていた。掴んだ手から振動がある。
「…………そう」
俺は手を離した。ミサが可哀想になった訳ではない、こんな奴を殴って俺が捕まったら誰が舞を助けるのか、そう思っただけだ。
「ついでに言うとね、舞は大丈夫だったの。私たちがイジメてもね。全然へっちゃらとして、むしろ仕事に没頭していたわ。私はすぐに止めて仕事が入ってくるようになったし、他のメンバーも私が見ている中では全員やめたはずだわ」
「それは……ウソじゃないんだな?」
「ええ、テレビではずーっとウソついてる私だけど、あんたには全て本当の事を話すって決めたんだから」
少し悲しそうな顔をしながらミサは言った。
……とんでもない事をしてしまった。殴ってないとはいえ、冤罪で彼女の腕を掴んでしまった。しかも相手はアイドルだ。
「……すまん。なんか、勝手に誤解して怒って……」
「いいのよ、イジメたのは事実だし。それよりちょっと待ってね」
ミサは台本の余白を一枚ちぎって、しなやかで美しい指をサラサラ動かしながら何かを書いた。
「はい、これ私のアドレスよ。それもプライベート用だからね。男はあんたが初めてよ」
「そりゃ光栄だ」
まさか初めて携帯に登録する人間が女性で、しかもアイドルになるとは。
俺はたどたどしい手つきで登録を済ませていった。
「それはそうとさ、あなたが手伝ってくれる事に関してお礼をしたいのだけど、これから暇はあるかしら? いや、ニートに時間を聞いちゃダメだったわね」
ミサはいたずらっぽく言った。
なんというか、ミサは大人っぽいのだが、今は更に大人っぽく見えた。呼び方があんたからあなたに変わって、何やら甘い雰囲気に……。
「えーっと……もう質問は終わった。後は帰るだけ……」
俺は場を離れようとしたが、テーブルの下、すらりと伸びた片足で俺の逃げ道は塞がれた。更にもう一つの足で俺の量サイドが挟まれ、身動きが取れなくなってしまった。
ニヤリと妖艶に笑う女、ニンマリと顔を引つらせている俺。まだ蛇とカエルの方が良い勝負をするんじゃないだろうか。
「私は暇なのよ。明日の朝まではね。誰かと一緒にいたい気分なんだけど……あなたとかどうかしらね?」
そう言って足の側面で俺の太もも辺りを撫でてきた。俺は。
俺は──
普通にイスをズズズ……と引きずりながら下げて席を立った。
呆然としたようなミサが、こちらをジト目で見てきた。
「……あなたね、断るにしても、もう少しかっこのついた断りかた思いつかなかったの……?」
「俺は引きこもりだ。そんな事を思いつくはずがない。更に言うと、嫌々一緒になってもつまらないだけだろ」
「ど、どういう意味かしら?」
「俺が腕を掴んだときに震えてたし、今の妖艶な顔も演技なんだろ。無理してるようにしか見えない。まあ大方、俺に少しでも一生懸命に舞の救出をやって欲しいからだろう。ミサに責任感があるのは分かってるし」
そう、ミサは責任を感じている。ブログや3chのコメントでもすぐに返してきた。ずっとパソコンを見ていないと出来ない事だ。
「あなたって本当に鋭いわね」
少しバツの悪そうなミサを置いて、俺は出口に向かって歩き始めた。
「別にお前が何もしなくても全力は尽くす。そして、必ずやリアルの世界に引き戻してみせる」
振り返る事もせず、俺は出口へと向かった。ドア付近で先ほど会った店員が愛想よく頭を下げる。
考えてみると、ここの喫茶店に入った時は周りの視線が気になって仕方なかった。だが今は全くと言っていいほど気にならない。人間、やる事があると変わるもんだなぁと思った。
窓から外の景色を見た。これもまた今までとは違って見えてくる。街灯の光がまるで俺のこれから歩む道を照らしてくれているようだ。後はこの道を進むだけ──
そう決意したのも束の間、俺は足早にミサがいた場所へと戻って行った。
ミサはまだ何か考える事があるのか、少し表情が曇っている。
「おい、ミサ」
「え? な、なに?」
俺は情けないのも承知だが、この話を切り出すしかなかった。
「あ、あのー、帰りのタクシー呼んでくれないっすかね? 外とか、めっちゃ不良が溜まっててなぁ……、ついでにタクシー代とかも……」
体裁とか先ほどの流れとかは関係ない。とにかく今は不良が怖い!
一瞬ポカンとしたミサであったが、今までテレビでも見たことがない弾けるような笑顔を見せてくれた。
「ぷっ。あなた、いや、あんた! タクシーは呼んであげるからさぁ、それまで私の相手をしなさいって!」
がっつりと腕で俺のクビはロックされた。胸の感触を確かめる前に苦しい……。
「わ、分かった、聞くから! ちょっ! ちょっと!」
それから俺はタクシーが来るまでの数十分の間、ミサの話に付き合わされた。内容は世間話や愚痴などたいしたものでは無かったが、話をしている時のミサはまるで憑き物が取れたような明るい表情だった。