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おさつ

作者: ならず者

 大金を渡されたら、君はなにをする?

 なにを買うのかではなく、なにをするかだ。

 僕はいま札束を持っているのだが、これをくれた人物はこう言っていた。

 「このお金で買い物をすると死ぬ。好きなようにしてくれて構わないが、考えるように」

 とのお達しだ。どんな金だよそれは。あと数えてみたら野口英世が百枚だった。つまり十万円。そもそも大金ではなかった。

 おさつに不思議なところはなく、ごく普通の千円札だ。しかし奇妙なのはシワがなく、新札であること。新札なんて触ったのは初めてである。

 本当に死んでしまうのか検証するため、公園にいたホームレスに英世を一枚あげた。ホームレスは喜び、コンビニへ向かった。僕はそれを尾行する。

 パン数種類とお茶のペットボトルをレジに置き、会計を済ませてコンビニを出ようとしたところで、ホームレスは突然電池が切れたかのように倒れた。店員が駆け寄り、揺すり起すがホームレスは目を覚まさない。店員の顔がみるみる蒼白になっていき、レジに駆けこみ119番をかけた。数分して救急車が到着し、ホームレスを搬送していった。ここから先は尾行のしようがないから諦める。

 あのホームレスは本当に死んでしまったのだろうか。近くで見たわけでも、頸動脈に手をあてたわけでもないから分からない。だがあのタイミングで都合よく倒れるというのも偶然が過ぎる。

 次の検証は自動販売機。これも買い物の一つではあるが、人と人との受け渡しではない。さてどうなるか。

 自販機に英世を突っ込んだまま待機する。ラッキー、と缶ジュースを買わずにお金だけ抜き取っていってしまう輩もいるかもしれないが、それはそれで辛抱強く何度も繰り返すまでだ。

 まず一人目。高校生が自販機の前に立ち、自分の財布から小銭を取り出して投入口へ入れようとした。そこでおさつの存在に気づき、それを抜き取ってから自分のお金で飲み物を買っていった。当然そうなるか。自分でもそうするだろう。しかし一人ぐらいは、入りっぱなしのお金を使う人物が現れてもいいはずだ。

 再び同じように待機。次こそは……。

 今度は買い物かごを提げた主婦が来た。なにか急いでいるようだ。財布から取り出したのは小銭ではなくおさつ。もしかしたらくずすつもりなのかも。

 おさつを入れようと躍起になっているが、入らなくて当然だ。よほど急いでいるらしく、既に入っている英世には気付いていない模様。

 ようやく気付くと、自分のお金は仕舞い、入りっぱなしの英世でジュースを購入。お釣りを取り、走り出そうとしたところで、さきほどのホームレスのように倒れた。

 近くに人はおらず、死んでいるか確かめる絶好の機会を手に入れた。

 主婦の首元に指先をあて、脈拍を感じ取る。……脈拍なし。死んでいる。

 相変わらず人通りはないので、救急車を呼びもせずに僕はこの場所を離れた。死んでいる人間に救急車は必要ない。

 大通りに出て、思案する。

 ものを買うという行為は、お金と引き換えに商品を受け取ることだと僕は考える。だがこの引き換えに受け取る商品、形ある物、すなわち物体に限定されるのだろうか。

 ホームレスにお金をあげた時、えらく喜び、ありがとうと何度も言って僕の手を握ってきた。あれは感謝という商品とも考えられる。しかし僕はまだ生きているから、それはないのだろう。

 少し思いついたことがある。面白いことだ。

 大通りを行った先に、広場がある。そこはどこかで買ってきたファストフードを食べるためにいくつもテーブルが用意されていて、その中で一番真ん中のテーブルの上にぽんと札束を置いた。さてどうなるかな。

 通りががったサラリーマンが一枚、札束の上から掠め取った。続いて女子高生グループ、少し躊躇ったのちにそれぞれ適当に掴み取っていった。次は鼻をたらした少年。驚いたような目で見てからスルー。少年よ、札束を抱け。

 最後にずんと太ったおばさんが、およそ半分ほど残っていたのをごっそりと持っていった。

 テーブルには一枚も残っていない。

 僕は席から立ち上がり、家へ帰った。

 何が面白いのかというと、ただ誰の一人も交番へ届けようとせずに自分のものとしたことが、少し滑稽だっただけだ。

 翌朝、テレビを点けてニュースを見ると、『謎の連続死! 買い物客がつぎつぎと死亡! 市民の身にいったい何が!』という報道がされていた。

 それによると、買い物客がレジで会計を済ませて店を出ようとしたところで突然倒れ、駆け寄ると死んでいたという内容だった。

 これはまさか、あのおさつが? まさかニュースになるほどの出来事になってしまうとは。

 『なお、現在死者は百人にも昇っており、現在も増加中とのことです』

 耳を疑った。百人だって? あの時は五、六人しかいなかったはずだが。

 しかしすぐに思い至った。おさつを持っていったのは数人に過ぎないが、その枚数は百枚ある。彼らがお金を使えば例のおさつは広まり、また別の人へと渡るだろう。お金の循環だ。

 やがて僕のもとへあの千円札が渡ってくる日もあるだろう。その時には他のおさつ同様、折り目やシワがつき見分けなどつかなくなっているはずだ。

 決めた。僕はこれから一生、千円札を使わない。使えば命に関わるからだ。もし野口英世を目にしても二度と手を触れることはない。

 絶対に。

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