俺の天使は難攻不落。
今井戸君視点のお話です。
では、どぞ。
ふわふわとする。
ほんの少し前まで自分と会話していた相手を、遠巻きに眺めながら俺はほう、と息を吐いた。
「一目惚れってあるんだな……」
同じクラスの太田友子の友人であると言うには、整った容姿と落ち着いた物腰の滝沢さんは、俺の理想を体現したような少女だった。
心臓がドクドクと鳴っていて、酷く落ち着かない。俺は胸の苦しさを紛らわすように体操服の上から心臓を掴んだ。
「翔、どしたー? 腹痛か?」
友人がバスケットボールを手に俺の顔を覗き込むのを、慌てて押し留めた。
「なんでもねえよ」
「そか。それにしても、転校生の滝沢さん、噂に違わず超美人~。何でも既にファンクラブが発足されてるらしいぞ」
「マジか」
「まじまじ。俺も入ろっかなぁ。今年のミスコンは荒れるぞぉ~」
友人の言葉に俺はごくりと唾を飲み込んだ。そうか、そんなにモテるのか。いやまあ、当たり前だな。天使だし。
うちの学校の昨年度ミスコン優勝者は、何を隠そう俺の所属する生徒会の会長だ。ついでに言えば、会長と副会長が女子の部、男子の部一位を圧倒的得票数で独占している。かく言う俺も、副会長に憧れて、生徒会入りした口だ。二年連続優勝かと思われた、この結果に滝沢さんが加わる事で、かなり今年は荒れるだろう事が予測される。
会長は確かに美人だが、どっちかって言うと『女王様』と呼ぶに相応しい傍若無人な人だ。それに比べて滝沢さんは、おしとやかでお嬢様っぽい正統派美少女だ。俺の好みは言わずもがな。
何とかしてお近付きになりたいが、非常に不本意な相手を頼らねば接点など持てそうも無いのが……くそう。
「木瀬の、親友とか……絶対印象悪いよな、俺」
一人呟く。
生徒会の雑用を務める特待生の木瀬叶歌は、翔にとって犬猿の仲である。
尊敬する副会長のお気に入りだと言うのが、一つと、木瀬が問題児であると言うのがもう一つ。
去年、木瀬とそれに付随する諸々の生徒による騒動によって、翔はその尻拭いを押し付けられたのである。副会長の命令じゃなかったら、木瀬とはガチでの喧嘩になっていたと思う。実際それに近い口論は何度も起こったのだ。
あいつは、女じゃない。何か別の凶暴な何か、だ。
その所為で壊れた備品の数は知れず。会計の翔には頭の痛い問題だった。
「このままだと、あいつに有る事無い事吹き込まれて、俺の印象が最底辺に落ちる……。それだけはどうにかしねぇと」
初めてこれ程惹かれる相手を見つけたのだ。翔にとっては最早、木瀬を敵対視するのは上策ではないという判断が下されている。こういった切り替えが早いのが、自分の良い所だとは思う。
その所為で、生徒会では良いように扱われている事には、本人はまだ自覚がない。
「将を射んとすれば、まずは馬。……いや暴れ馬からだ。不本意だが、あいつから滝沢さんの好みを聞こう。……不本意だが」
思わず眉を歪める。気に入らねえのは、仕方ない。
昨年の事で、翔と木瀬の仲は険悪だが、この際こちらの不満は目を瞑り、確実に滝沢さんのハートを射止める為の下準備をする事にする。ライバルは全校生徒と大きく見積もっても差し障りが無い。癪には触るが、一番身近で、恋愛成就には一番近道であろう事が、明確だ。
「太田のお蔭で、木瀬が滝沢さんの親友って知れて、ラッキーだったな」
俺は口元を緩めた。
暫くは遠巻きにされるであろう滝沢さんに、近付く糸口が身近にあると早目に知れたのは、幸運だ。
「あいつを懐柔するのは、骨が折れるが、背に腹は代えられねえ」
「翔ー? 何さっきからブツブツ言ってんだ。やっぱどっか悪いのか?」
友人はバスケットボールを指の上に乗せてくるくると回している。暢気な事だ。俺は本気だぜ。
「おい、ファンクラブってのは何処に行けば入会出来るんだ?」
「おっ、ノリノリだな。木瀬だよ、二組の木瀬叶歌。知ってるだろ?」
「木瀬、だと……?!」
俺は驚愕に目を見開いた。あいつ、自分で親友のファンクラブ作ったのか。って事は俺の恋心筒抜けじゃねえかっ!! そんな――――、あいつに頭下げるだけじゃ無く、胸の内まで晒さなきゃならないなんて……。
「くっ。覚悟か、覚悟が必要なのか? 滝沢さん……俺、悪魔に魂を売るよ。待っていてくれ」
決意も新たに、俺は崩れ落ちた身体を起こして握り拳を作った。
「……何か知らんけど、頑張れよ?」
友人の生暖かい目は、漏れなく黙殺したのは言うまでもない。