私と彼は初対面。
三崎サイドのお話で、二限目です。合同授業で三組の子と遭遇します。
では、どぞ。
体育館に入って直ぐに、視線が集まる。どうやら二限目の授業は、他のクラスと合同授業らしい。
バレーとバスケか……。どっちにしようかしら。
ほんの少し思案している間にも男子生徒の視線を集めている私。ははん、見惚れるがいいわ。体操服姿でも360度、何処から見ても完璧な自信はあるわよ。
そうやって視姦されるのを甘んじて受け入れていたら、私をじっと見ている視線を見つける。知らない顔ね? うちのクラスの男子じゃないみたい。その隣には見慣れた三つ編みに眼鏡の女子。あら、太田さんこの学校だったのね。私は太田さんの方へ近付いて声を掛けた。
「太田さん、久しぶり。宝英に通ってたのね」
「あっ、滝沢さん、中学振り。そっか一組と三組合同授業だもんね。相変わらず……綺麗だね~」
私を見ながらうっとりとしている太田さん。中学時代では数少ない話の出来る女子の一人だわ。叶ちゃんの友達ってだけだけど、変な子よね。
鼻に脱脂綿の詰め物をしている太田さんは、意外と見慣れた光景だわ。この子朝以外鼻が埋まってない事無かったものね。
「太田さんも相変わらずみたいね。……そっちの彼は友達?」
太田さんの隣に立っている、さっきから私の事をじっと凝視している男子を見て、私は首を傾げた。
「ううん学級委員の今井戸君だよ。私ちょっと貧血で……。体育の授業見学するから、それで」
「そうなの」
今井戸翔と名乗る、外ハネの金髪の短髪に、耳にはピアスを付けた吊り目の彼は、おおよそ学級委員をしそうな柄じゃない。
この不良みたいな見た目の男子がねぇ? 私立って本当、校風自由よね。それとも以外に真面目なのかしら?
「今井戸君、一組の転校生、滝沢さんだよ。同中なの。叶歌ちゃんも一緒なんだ」
にこやかに太田さんが私を紹介したら、今井戸の眉間の皺が更に深くなって、目つきの悪さが倍増した。ガラ悪いわね……。
「……木瀬と?」
今井戸が叶ちゃんの名前を忌々しそうに呼ぶ。ちょっと、あんた何の因縁があって可愛い叶ちゃんが気に入らないのよっ。内心罵倒してやりたい気持ちを抑えて、私は可愛らしく首を傾げた。あんた、害虫決定よ。
「うん? 叶ちゃんの知り合いなの?」
「今井戸君は生徒会の会計もやってるんだよ~。叶歌ちゃんが生徒会の雑用してるから仲良いよね?」
のほほんと言葉を返す太田さんに、今井戸は呆れた様に溜息を吐く。くぅ、忌々しいわね。
「仲良くねえよっ!!」
「え~、いつも叶歌ちゃんと副会長を取り合ってる仲じゃない」
太田さんは、ずれた思考の発言を返している。キラキラした目で見ている太田さんに、今井戸は引き気味に怪訝そうな顔をした。
「誤解を招く言い方するな。あいつが気に入らないだけだっつの」
「ふぅん……」
本当、どうしてやろうかしら。私の叶ちゃんを貶めた罪は重いわよ? 真田みたいに横恋慕も面倒臭いけど、叶ちゃんを軽視する輩も許せないわね。
「そんな事言って、わんこ属性の今井戸君は、叶歌ちゃんが副会長のお気に入りなのが嫌なんだよねぇ。これぞ禁断の道ならぬ恋っ」
太田さんは脱脂綿を鼻息で吹き飛ばし、鼻血を垂れ流す。わぁ……、あれか。叶ちゃんが朝、手ぇ真っ赤にしてたのは、十中八九――――コレね。
「鼻血出てんぞっ!!」
「おっと、失礼妄想が……」
今井戸は間一髪飛んで来た脱脂綿を、飛びさすって回避して叫び声を上げた。それに太田さんはてへと曖昧な笑みを浮かべて頭を掻いた。鼻血出っ放しよ……。
「副会長って、男よね?」
「そうだよ~。ちょっとクールな王子様だよ。いやあ、私は副会長をガン見する為にこの学校に入ったと言っても過言じゃないよっ!」
私が一応確認すると、太田さんは拳を握りしめて力説した。鼻血鼻血、いい加減倒れるわよ、もう。
「……相変わらずね」
呆れ声で苦笑を返せば、今井戸は肩を落として首を振ると、しっしっと、太田さんを手で追い払う仕草をした。
「太田はいつまでも鼻垂らしてないで、もう保健室に戻れ……。お前ここに居るな」
「ぶう、まあいいけど。滝沢さんまたね~」
頬を膨らませて睨んだ太田さんの視線を今井戸は黙殺している。
「お大事に」
私に向かって緩い笑顔を向けた太田さんに、私は形ばかりのお愛想を返しておいた。
「……。滝沢、何て言うんだ?」
体育館の騒がしさの中で、消え入るような小さな声が今井戸から漏れる。目を泳がして、そわそわと頭を掻いている挙動から見るに、……ははぁ。
あ~あ、顔真っ赤じゃないの。あんたも羽虫の類なのね。残念だけど、あんたに靡く可能性は皆無よ。私の叶ちゃんを邪険にしたんだから、当然よ。
「三崎、三崎よ。よろしくね」
まあ、後でこっぴどく振る為に愛想だけは良くしておこうっと。私はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「お、おうっ?! よ、よよよ、よろしくしてやんよ。何か困った事あったら、せ、生徒会来いよなっ!」
私の笑顔に当てられて、今井戸は捨て台詞の様に言うだけ言って背を向ける。
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「……おう」
滲み出る喜びを噛み締めるように、小さく頷くと、今井戸はふらふらと視線を彷徨わせ男子の輪に入って行った。
ちょろい、ちょろ過ぎるわ、今井戸翔。
私が話す事は終わったと一組の輪の中に戻るべく踵を返すと、真田の苦虫を噛み潰したような顔と目が合った。
「何よ?」
「ほんっと、性悪だな……」
頭を抱えた真田に向かって、私はふんと鼻を鳴らして笑った。
「褒め言葉と、取っておくわ」