俺の隣の席には女王様がいるようです。
お待たせしました。今回は三崎ちゃんに下僕認定されてしまった真田君視点のお話です。不憫フラグがひしひし出ています。がんばれ。
では、どぞ。
LHRが終わって、1限目の数学が始まる。数学教師の宇宙語を聞くのもそっちのけで、隣の席のだだ黒い女を、二度見する。
隣に澄まして座る美少女に、俺は戦慄した。さっきの言葉聞き間違いじゃないよな?
綺麗な顔に隠された、本性を垣間見た事に後悔していた。だが、こちらの都合など考えも無しに、その女は俺に笑い掛けて来た。
「真田君、教科書見せてくれる? 私のはまだ届いてないの」
周りの男子からの鋭い視線が突き刺さって、俺は冷や汗を垂らす。おいおい、勘弁してくれよ。俺の平穏な学園生活は、新学期始まって二カ月で終わりを迎えたようだ。
「……見れば」
関わりたくなくて教科書を丸々渡せば、滝沢は机を寄せてこちらに寄って来る。うおっ! 被害が広がるから止めてくれ。既に周りの視線で、俺死ねる。これ以上反感は買いたくねぇよ。
「ね、叶ちゃんの事、いつから好きなのよ?」
耳元に顔を寄せて囁くから、周りの温度がまたひとつ下がった。こいつ、絶対分かってやってるな……。しかも聞く内容が、あれだ……。その木瀬の事だから、無意識に顔を赤くしてしまう。不味い不味い、この状態でその顔は誤解を呼ぶっ!!
「関係ないだろ」
顔を反らせて、小声で答えれば、滝沢はにやりと人の悪い笑みを浮かべていた。
もうやだ、こいつやだっ!! 絶対俺で遊ぶ気だ。ハイハイどうせ一年も片思いしてますよ。だからなんだ、協力するとか言ってるけど信用ならねぇし、明らかに厄介事の匂いがするし。
「ふーん、今のままじゃあ清澄にも負けるわよ?」
そもそも、涌井先輩に勝てる気がしねぇって。ちょ、おまえなんて顔してんだ。一応美少女だろ。こえ~よ、悪い顔しすぎだ。どんだけ嫌いなんだよ涌井先輩の事。
「そもそも、戦ってすらいねえし」
悔し紛れに吐き出せば、滝沢は、はっと息を吐いて嘲笑する。なんで、周りが見てない時に合わせてそういう顔するかな。こえーよ、関わりたくねー。
「ヘタレねぇ~」
ぐっ。分かってるし。わざわざ言われるまでもねえし。くそお、こいつと暫く隣の席とか最悪だ。
そんな風にがっくりと肩を落としていたら、数学教師に当てられた。
「転校生に見惚れるのもいいが、こっちも聞けよ。真田、問い一の答え、なんだ?」
「え、あその……スンマセン」
先生、それは誤解です。言っても通じない事は教室の雰囲気から見ても明らかで、俺は慌てて立ち上がる。
正直言って何も聞いて無かった。頭真っ白だし、そもそも数学苦手だし。あ~っ何でこんな事に。
しどろもどろで目を泳がせる俺に、数学教師は隣の席の女王様に視線を送った。
「仕方ないな、滝沢分かるか」
「31です」
立ち上がって、背筋を伸ばし堂々と答える姿は、正に正統派優等生系美少女のそれだが、俺は腹の中が真っ黒なのを知ってしまったので素直に見惚れる事も出来ない。まあ、顔は良いよな確かに。
「正解だ」
満足げな数学教師に褒められた滝沢は、席に着くと俺の方にちらりと視線を向ける。ん? ノートがなんだって?
滝沢はノートに書かれた文字を読むように、シャーペンをトントンとノックした。俺が机の上を覗くと、そこに書かれた文字に絶句する。
『あんたは当て馬らしく私の言う事聞いてれば良いのよ。叶ちゃんと簡単に付き合えると思わない事ね』
え~と。
その、うん。俺パシリ決定? ていうか、当て馬って、それって涌井先輩に対抗しろって事だろ?!
しかも全然協力する気ないし、明らかに扱き使う気満々だよね? ていうか、じゃあおまえは俺をどうする心算なんだよ……。
「私、叶ちゃんに近付く男共なんか、大っ嫌い。でも、学校生活を円満に進める為に、あんたには少しだけおこぼれをあげようって言うのよ? 光栄でしょう?」
眩い笑顔で吐き出された言葉に俺は、開いた口を両手で塞いだ。
てゆーか、何だ。お前ぶっ壊れてんな……。その調子で男を排除する心算か? いくらなんでもやり過ぎだろう。
「何で、そこまで拘るんだ」
俺の問い掛けに、滝沢は酷薄な笑みを浮かべる。
「私と叶ちゃんの仲を邪魔する、屑、じゃなかった害虫を駆除するのよ。私に群がる羽虫も嫌いだけど、それは叶ちゃんが追っ払ってくれるし。だから私は、叶ちゃんを守るのよ」
こいつ、友達いないんだな。しかし、木瀬にはなんつーか、執着してる。
まあ、確かに? 俺も他の奴らに先越されるの、気に入らねぇし? そういう意味では協力してもいいけど。対等じゃねえってのがなんかな――――。
「滝沢」
「何よ?」
俺の真剣な声に、怪訝な顔をする滝沢。俺はこいつにだけ聞こえる声で言ってやった。
「しょうがないから、ダチになってやる。お前の言う害虫? とも戦ってやる。だからおまえも、約束守れよ」
「は? 約束って何よ」
訳が分からないって顔で、こちらを穴が開くほど凝視している滝沢は、眉を歪めていた。お得意のすまし顔も流石に崩れて、ちょっとだけ人間味が出て来たな。
「協力してくれんだろ? ちゃんと守るなら当て馬だろうが、何だろうがやってやろうじゃん」
どうせ、こいつに散々振り回されんなら、腹を括って付き合ってやろう。こういう手合いは懐に入り込んじまえば、案外話が分かるもんだ。
「ふん、物分かりが良いわね。良いわよ、『お友達』になりましょう。……ということで」
「で?」
「この後の授業も、教科書見せろ。あと、壁になれ真田」
完璧な美少女スマイルで俺を見た滝沢は、暴言を吐きながら俺の隣に座っていた。
その笑顔を見て、内容は聞こえていない男子の視線は、『真田、死ねっ!!』と語っている。
早まった気がするのは、多分、あれだ、……気にしたら負けだっ!!