私のクラスメイトは手駒のひとつです。
私は、親友の逆ハーフラグをへし折ろうと思います。
私の親友はとっても可愛い。活発で天真爛漫だから男女共に人気があって、その癖一人で居るのを苦にもしない強い女の子。
肩口で揃えて切られた髪を、前髪の左側だけピンで留めた笑顔の綺麗な女の子。幼い頃から空手道場に通っていて、男の子顔負けに強くてかっこいい私の大好きな親友。
親友の名前は木瀬叶歌と言う。
中学時代の親友で、高校は別々になった。私は私立の女子高である篝之宮女子付属高校に。叶ちゃんは私立の校風自由な宝英高校に、学校は別々になっても連絡は取り合っていたし、休日は勿論一緒に遊んだりしていたわ。
ことの始まりは私が宝英に転入するという話を、叶ちゃんに電話したことから始まった。
パパの海外転勤に付いて行くなんて真っ平。日本に残りたいに決まってる。ママに付いて家族三人での海外生活なんて考えられない。あのバカップルぶりを見たら、明らかに私お邪魔虫じゃない。何より叶ちゃんと離れてしまうのが嫌よ。だけどパパは女の子の一人暮らしは心配だからと言って煩いから、なんだかんだと説き伏せて叶ちゃんの通う、寮のある宝英高校に転入する事になった。転校先が宝英になった一番の理由は、叶ちゃんと一緒の学校が良いから。これ、重要よ。
中学時代私に群がる羽虫共を千切っては投げ、平穏な学園生活を守ってくれたのは他でもない叶ちゃん。パパも叶ちゃんを物凄く頼りにしている。だからって家に遊びに来る度、叶ちゃんに根掘り葉掘り聞くのは勘弁して欲しいのだけど。
転校先には叶ちゃんの事を少なからず想っている男子も居る筈。中学時代は私を守る為その強さが前面に出て表立って叶ちゃんに近付く輩は居なかっただろうけど、一年間も離れていればどんな害虫が群がっているやら。それを駆除するのは親友である私の役目。不埒な輩から、絶対に叶ちゃんを守るのよ。
だから私は自分の美貌も有効に活用して、親友の逆ハーフラグをへし折るべく、学校に向かった。朝のHRでは特大の猫を被って男共の視線を私に集めるの。そうすれば自然と叶ちゃん自身が、私に群がる羽虫と混同して勝手に害虫を駆除するわ。中学時代と同じように。
職員室で担任の先生と話している私の後ろで、聞き覚えのある声がする。嫌だわ、早速害虫に出くわしたみたい。
「あら、清澄先輩。お久しぶりです。もしかして朝練ですか?」
社交辞令の笑顔と共にその男に声を掛ける。手には道場の鍵を持っているから鍵を返しに来た所ね。ちっ、何ともタイミングのいい男ね。
「……滝沢か。そうだが」
あら、あんまり驚いてないのね。私が転校して来る事事前に知っていたって事は……もしかして叶ちゃんと一緒だったのかしら。相変わらず全然相手にされてない癖に、諦めだけは悪いったら。でも私と出会う前から叶ちゃんと親しくしているから、中々引き剥がせないのは癪だわ。
「なんだ、涌井。滝沢と知り合いか?」
担任の声に、しかめっ面で答えた清澄は、私を苦々しい顔で見下ろしている。
「ええまあ。中学の後輩です」
「良かったなあ、知り合いがいて心強いだろう」
「そうですね。清澄先輩、また仲良くして下さいね」
そして、叶ちゃんに誤解されるがいいわ。
「……そう、だな」
この場で嫌だなんて言ったら、あんたの株が下がるだけだもの。お茶を濁すのが肝要ね。でもそれじゃあ私には勝てないわよ。
「じゃあ、滝沢教室行くか」
「はい。清澄先輩、また今度」
担任に促されて私は職員室を出た。去り際に、勝ち誇った笑みを清澄に向けるのも忘れない。私が来たからには今までの様に近付けると思わない事ね?
私が今日から通うのは二年一組。叶ちゃんは二組って言っていたから、同じクラスじゃない。それは残念だけど、一先ずこのクラスの男子の眼を私に釘付けにしておきましょうか。他に目がいかないように。
「初めまして、滝沢三崎です。両親の海外転勤を機に寮のある宝英に移る事になりました。以前は女子高だったので、慣れない事もあると思いますが皆さん仲良くして下さいね」
ここで、極上の笑顔をお見舞いする。よし、殆どの男子生徒は私に見惚れているわ。
女子の眼が厳しくなるのは仕方ないけど、簡単な男共ね。まったく。でも、何人かは反応が薄いわ。私はどっちかって言うと綺麗系だから、可愛い系が好みの男の反応はイマイチなのよね。そうゆう男ほど叶ちゃんに近付けたくないんだけど……。
「滝沢の席は窓際の一番後ろだ。隣の奴手を上げろ」
担任の声に気だるげに手を上げたのは男子生徒。私を一度しか見なかった男。私は隣の席に座ると、さっきより一段甘い声を出して囁くように声を掛けた。
「よろしくね。名前聞いても良い?」
「真田政樹。宜しく」
短い短髪に引き締まった体。日に焼けた肌から見ると運動部のようね。多少は顔を赤くしているけど、転校生に向ける好奇心しか感じられない。
担任の話が終われば私の周りに羽虫共が集まってくる。
好きなものとか、好みのタイプとか聞く事があからさま過ぎるわよ。見なさい、クラスの女子の面白くなさそうな顔。今度も女子とは仲良くなれそうにないわね。まいいけど。いい加減ウザい。自分でやったことだけど、さっさと引いてくれないかしら。なんかもう、相手するのも面倒臭くなっちゃったわ。
「みーさーきぃーっ!!」
廊下から聞き慣れた声が聞こえて来る。叶ちゃん?
「こおらぁっ! 三崎が困ってるでしょ、離れなさーいっ」
そう叫ぶや否や、叶ちゃんは私の側の羽虫共を回し蹴りで蹴散らしてゆく。
「なあっ!? 首刈りの木瀬! なんでうちのクラスに?!」
羽虫共は青ざめた顔のまま、私と叶ちゃんから離れていく。ところで叶ちゃん、なんで両手が真っ赤に濡れてるの? ……聞いても良いのかしら。
「首刈り?」
「ちょっと、いつまでその変な二つ名で呼ぶのさ? だいたいあんたたち群がり過ぎっ。女子が話せないじゃん」
私が首を傾げていると、隣の真田がぼそりと呟いた。
「一年の時、空手部の男子部員全員を相手取って回し蹴りだけで倒したそうだぞ。首に踵が掛かって刈り取るみたいに地面に倒されたから『首刈り』って呼ばれているらしい」
流石叶ちゃん。かっこいいわ。
「詳しいね?」
「一年の時、同じクラス」
「ふぅん」
真田の叶ちゃんを見る目が、怯えている他の男子と違う。もしや懸想してるとか? 早速害虫二号見つけちゃった。でも、一号よりかは御しやすそうね。
「あ、真田君ちっすっ」
叶ちゃんは朗らかに笑いながら片手を上げて真田に挨拶する。可愛いし、良い笑顔だけどやっぱり手、赤いわよ。
「……おう」
叶ちゃんの笑顔を間近で見て、真田は首まで真っ赤になった。なにこの純粋さ。二年になってクラス離れたから、接点無いけど、久々に話せて喜びを噛み締めてるとか。
うわぁ……、叶ちゃんは相変わらずこんな分かり易いのをスルーしてるし。哀れ、真田。
よし、こいつを清澄の当て馬にして、清澄の妨害をしましょう。ふふふ、隣の席の誼で、少しくらい良い思い味あわせてあげるわ。その代りしっかり清澄に対抗するのよっ!
「真田君と仲良いの? 叶ちゃん」
「去年同じクラスだったんだよ~。委員会も同じだから結構話すよね?」
「まあな」
「真田君、三崎は私の親友なのっ。いくら可愛いからって変な事したら、真田君だからって刈るよ?」
可愛い可愛いっ。良い笑顔なのに言う事凶悪なのは相変わらずね。
「別に、滝沢みてえな美人は趣味じゃない」
「ええぇ、三崎が趣味じゃないってどんだけ理想高いのさ」
眉を下げて怪訝そうな顔の叶ちゃん。真田の必死のアピールは全然通じてないわね。
「……そうじゃねえ」
「心配しなくても真田君は、私みたいなのは好みじゃないだけよね? 例えば明るくて可愛い子とか」
私はウインクしながら、真田にアシストしてあげた。感謝しなさい、私が叶ちゃんへの好意を、捻じ曲げないのは珍しいのよ?
「なっ……にを」
「そっかぁ。人の好みはそれぞれだもんね。じゃあ安心かな。真田君三崎と仲良くしてあげてね。あと、三崎お昼一緒に食べようね~」
そう言って叶ちゃんは真っ赤な手を振って教室を出て行った。『東っちにどやされる』って呟きながら、慌てて戸を閉めていったから、周りの空気が一瞬シンとなってるわ。
「ねえ真田君って、叶ちゃんが好きなのよね」
他の生徒が自分の席に着いたのを確認してから、私は真田の方を見て笑った。断言出来るわ、私人の好意を見分けるの得意なの。
「なぁっ……」
顔を真っ赤にして、口を金魚みたいに開け閉めしてる真田に、私は人の悪い笑みを見せた。
「仲良くしましょ? その代り協力してあげてもいいわよ」
「…………くっ、何が目的だよ」
真田は私が良い性格してるって事に気付いて、怪訝そうな顔をしている。協力者に猫被るのも卑怯だしね。
「大っ嫌いな、害虫駆除したいの。友達だもん、助けてくれるわよね」
私は清澄の仏頂面を思い浮かべて、嗤って答えた。あんたに拒否権は無いわよ、真田。