私のクラスメイトは色々残念な人達です。(お前が言うなっ!!)
LHRを告げる鐘の音と共に二年二組の教室に滑り込んだ私は、勢い良く戸を閉めつつ叫んだ。
「ぎりぎりセーフ!!」
「いや、色々アウト」
教卓の前でチョークを持った女生徒が私の額にチョークをぐりぐりと押し付けた。
「粉っ粉っぽいよっ! 東っち!」
「先生が遅れてるから自習。それはそうとなんでお前は道着のままなんだ」
この女らしくない話し方をするのは、私のクラスメイトで科学部のクールビューティー東風子。こと東っちである。
校則に則った制服の着こなしは隙が無く、スカートも膝が隠れる程の長さで、シルバーフレームの眼鏡と一度も染めた事の無いロングヘア。私を見下ろす女生徒にしては高い身長からの半眼はちょっと威圧感がハンパない。
「え~と、自主練だよ」
私は口を尖らせながら自分の机に置きっぱなしの鞄からシャツとブレザーを取り出すと、道着を脱いでいそいそと着替えた。ちなみに私の席は廊下側の二列目、後ろから二番目の席。
「恥じらいを持て、恥じらいを。お前はどうしてそう落ち着きが無いんだ」
呆れ顔で東っちは黒板に『自習』と書くと私の前の席に座る。東っちはこのクラスの委員長もしているのだ。
「無理無理。叶歌にそんな事出来たら今頃槍が降ってるわよ」
隣の席からにやにやと意地の悪い声が聞こえてくる。裁縫針を手にしながらテディベアを製作しているのは裁縫狂いで、私と共に東っちに問題児扱いされている手芸部の部長、長谷川由美香だ。金髪に染めたショートヘアと猫みたいな吊り目で、不良ぽい見た目とは裏腹に姉御肌で、可愛いものにとにかく目が無い。
「ひどぉ。由美香は私をなんだと思ってるのさ」
「歩くドM製造機」
由美香はテディベアにフリフリレースのドレスを着せながら答えた。
「失敬な。私が何時そんな気色悪いものを量産したと!?」
「部長を筆頭に、空手部はアンタに蹴られたがる変態だって噂だわよ」
拝み倒されて一年の秋に入部した空手部は、私をなぜか神聖視していて、事あるごとに指導という名の返り討ちを期待しているフシがある。キラキラした目で何度蹴られても『もう一回お願いしますっ』と詰め寄られるのは正直、鳥肌が立つのよね。最近は空手部の道場使用時間を避けて、わざと柔道部の練習の端っこを使わせて貰ってる。
「元々の変態を蹴って何が悪いっ! だから部活に行くの嫌なんだっ」
げんなりとした顔で答えれば、由美香は不思議そうな顔をした。
「あれ、自主練したんじゃないの?」
「今日は柔道部の方。部長に相手して貰ったもん」
「あー、涌井先輩ドンマイ」
遠い目をする由美香に私は反論する。誰彼構わず蹴ったりしてないやい。
「ちょっと、別に酷い事してないからね? 部長の方が強いし」
「由美香、叶歌に人間の感情の機微を理解させようとするのは、無謀だ」
「東っちが冷たいっ」
東っちは残念な者を見る目で私を見ながら由美香と結託して溜息を吐いている。何さ人を脳筋みたく言わないで欲しいな!!
「うふふふ。幼い頃からの幼馴染、いつも一緒に居るのに、当の本人には全然伝わらない恋心。甘酸っぱいわぁ~涌井先輩相変わらず御馳走様です」
私の後ろの席で、意味の解らない事を言いながらニヤニヤしているのは太田友子。長い髪を三つ編みにして度の強い眼鏡を掛けたいかにもな文化系女子である。文芸部の部長で重度の腐女子な彼女は私とは同じ南第一中学出身で一年次にクラスメイトになった気心知れた仲なのだ。
「人を妄想のネタにしないでくれる~。友子は副会長のBL妄想でもしててよ」
口を尖らせて友子に文句を言えば、真顔のまま手で制された。
「それは毎日やってるから、心配なく」
「さいですか」
友子は相変わらず己の道を突き進んでるなぁ。私も大概自由にしてるけど、あの副会長で妄想するとか、恐ろし過ぎてある意味尊敬するね。
「話変わるけど、一組に転校生が来るって、男子が騒いでたわよ」
友子の髪の毛にレースのリボンを巻きながら、由美香が思い出した様に呟く。友子は小動物みたいに可愛いから由美香が髪やら服やらを弄りたがるんだよね。本人嫌がってないから良いけど、ほっとくとゴスロリ仕様になってるから、適当な所で止めてやらないと。
「それなら職員室で見たぞ。えらい美少女だったな」
「まじでっ! 東っち、三崎見たの?!」
東っちがさして興味もなさそうに答えたのに、私は立ち上がる。え~、紹介した時に驚かせたかったのに、フライングで見ちゃうとか東っち、サプライズ潰しですか。そうですか。
「知り合いか? ……どうした友子」
怪訝な顔をした東っちの視線の先は、私の後ろの席で鼻血を垂らしながらうっとりした表情の友子。
「叶歌ちゃん知ってたなら教えてよっ。ああん、あの麗しき百合の世界が再びこの目にっ」
「戻ってこい」
東っちが友子の前で手を振ってみても、友子の妄想は止まらない。私はよよよ、と泣き真似をして東っちから目を逸らした。
「無理よ~。友子は私達の知らない世界に行ってしまったの……」
「叶歌も悪乗りしてないで、太田ちゃんを現実世界に復帰させてあげなよ」
由美香が友子の鼻をハンカチで拭きながら私の方を睨んでくる。そのピンクのハンカチ由美香に似合わないね。どんどん赤くなってるけど……。ああっそんな睨まないでよ、分かったてば。
「え~しょうがないなぁ。どっせいっ」
掛け声と共に、友子の後ろに回り込み、手刀を首裏に落とす。
「ごふぅっ……」
お、ちょっと決まり過ぎちゃったかな。友子机に潰れちゃったわ。
「……おい、友子の鼻血が止まらないが」
両手を伸ばし机の上に突っ伏しながらだらだら鼻血を流す友子を見て、東っちの顔が一段と険しくなった。
「おかしいなぁ、首の根本に手刀入れると止まるんじゃなかったっけ?」
私は首を傾げた。鼻血の対処法ってこうじゃんか。え、違う? あちゃあ、これ私のせいなの? やっぱり。
「うふふ、お花畑が見えるよ。あ、だめ副会長。副会長の濡れ場は後で見ますんで、今だけは滝沢さんと叶歌ちゃんのでお願いします。はい」
友子の妄想はとってもきわどい所までいってしまったみたい。にへにへ笑いながら幸せそうな顔をしている。……他人のフリしても良いですか?
「太田ちゃん、帰って来てっ! それ以上口にすると色々大変な事になるからっ。ごらぁっ、叶歌何他人のフリしてるのよ。アンタのせいで太田ちゃんの可愛い顔が大変な事になってるでしょーが」
ティッシュの花作りをするという現実逃避をしていたら、由美香が襟首掴んで私を揺さぶってきた。
「見て見て~ティッシュのお花だよ。はい、友子。存分に赤く染めるがいいよ」
仕方ないので、作ったやつを友子の鼻に押し付けた。
「女王様……それもいいわ。白い薔薇を赤く染める血……すてき」
私からお花を受け取った友子は鼻血を拭いながら、ぽっと顔を赤らめた。うーんまだ戻って来てないね。
「東、なんとかして。私には叶歌の面倒は見きれない」
せっせとお花を作って友子に貢いでいる私を半眼で睨みながら、由美香は東っちに後始末を押し付けた。東っちは溜息を吐きながら私に指示を出す。
「はあ。叶歌、友子を保健室に連れて行け」
「一限目は良いの?」
できれば、そのままサボタージュしたいなぁと思いながら聞き返したら、超睨まれた。ひぃっ、東っち怖いです。
「……サボるとか、許されると思うのか」
「すみません。友子を寝かせたら、直帰しまっすっ!!」
慌てて友子の鼻を押さえながら引きずって教室を飛び出る。怒ると本当怖いよね~。