先生と豊永君はげぼ……いえ、可愛い生徒です。
叶歌が去った後のししょーの話。穏やかな口調だけどけっこうアレな性格です。
では、どぞ!
図書棟から校舎へと戻っていった生徒を見送りながら、私はお茶を啜った。
「ふむ、少し探りを入れましょうかね」
そう呟くとカウンターに置かれたパソコンを操作する。液晶画面には転校生である滝沢三崎の写真とプロフィールが表示される。
「篝之宮女子付属高校、成績は体育を除き5。容姿端麗、品行方正、世界的な洋菓子メーカーTAKIの社長令嬢。……中学は公立の南第一、木瀬さんと同じですね。備考――――、フランス人のクオーターで、外見が目立つので教員は在校生との軋轢に注意。風紀には予め染髪していない事の証明書を発行済。別記書類参考。本校二年一組に転校。担任林原昌利、副担任小堀夕子」
写真を見る限り清純そうな、育ちの良い美少女だ。どちらかというと綺麗系ですね。
「木瀬さんが言う通りの美人さんですね」
私は更にネットにアクセスして情報を収集する。得意のブラインドタッチでキーワードを打ち込み、埋もれた情報をサルベージする。液晶に表示された情報に私は目を走らせると、一人溜息を吐いた。
「……木瀬さん。貴方は本当に面白い生徒ですね」
駅構内や繁華街に設置されたいくつかの監視カメラデータから、ナンパされたり女子生徒に絡まれた滝沢三崎を救出する木瀬叶歌の姿があった。飛び蹴りで変態を撃退したり、痴漢に掌底を食らわしている彼女の姿が鮮明に映っている写真は中々痛快です。
本の趣味が合い、良く図書棟を利用してくれる常連さんでもある木瀬さんは、学内でも少々エキセントリックな分類に入る女子生徒です。転校生が来る事で更なる化学反応を起こし、面白い事をしてくれそうで今から楽しみですね。その為なら避難場所くらい喜んで引き受けますとも。
私は転校生の素行調査書を確認しながら、出てくる事例を前に知らずに笑いが漏れ出してくる。
中学時代にあったいじめや男子生徒の告白、ストーカーや痴漢などの被害等警察沙汰も含めてかなりの件数の問題が出てきた。
「あれまあ。良くうちの高校に入れましたねぇ。篝之宮の方がセキュリティ高いでしょうに。……ああ、彼女寮生なんですね。御両親が海外転勤、この辺りで評判の良い寮のある高校はうちだけですしね」
私は成程と納得して、パソコンを切った。そろそろ仕事をしましょうかね。返却書架の整理が溜まっています。
椅子から腰を上げた私の前に息を切らした男子生徒が現れる。
「はあ……きっつう。くれ先生、叶歌居ねえ? 探してるんだけど」
私に声を掛けてきたのは三年一組の豊永貴礼君。ぼさぼさの髪に緩められたネクタイ。シャツのボタンも開いていて褒められた格好はしていません。
「服装の乱れ、髪の乱れ、おまけに授業放棄。減点3ですね、豊永君」
「こ……れ、は走ったからで校則違反じゃないっすよ。……ふう。ついでに一限目は単位取れてるんで出る必要ないし」
息を整えた豊永君はぼさぼさの髪を撫でつける。服装は直す心算は無いようです。まあ風紀でもないですし、自己責任で構わないですけどね。
「木瀬さんなら、LHRに出る為教室に戻られましたよ。行き違いですね」
残念ながら、と首を振れば豊永君はその場にしゃがみ込んで溜息を吐いた。
「はぁー。生徒会の雑用頼もうと思ったのに。俺様を走らすとは不逞な後輩だぜ」
「押し付けるの間違いでは? 丁度良かった、豊永君。書架整理が溜まってるんで手伝っていって下さい。時間は有り余っているでしょう?」
私がにっこりとほほ笑んで溜まった本の山を彼の前に置けば、苦虫を噛み潰したような顔をして、呻き声を上げ不平を漏らしています。
「うげっ! まじかよ……。はあ、来るんじゃなかった」
「さあさあ、ちゃんと単位差し上げますから留年生は大人しく働きましょうね」
そう言って急き立てれば渋々立ち上がり本の山を担いでくれます。やはり力仕事は若い男の子に任せるに限ります。
「ふふ、助かりましたね。今日の仕事ははかどりそうです」
そう私が声を掛ければ、豊永君はうがぁぁぁ――っ!! と奇声を上げて大股で本を運び出しました。
「くそ、くそっ叶歌の奴ぅ~! うろちょろすんじゃねえよっ。無駄に働かされたろーが!」
そもそも生徒会の雑用も君がやるべき仕事では? と思いましたが、余計な事を言って機嫌を損ねたら仕事の能率が下がりそうなので黙っておきましょう。
豊永君のブレザーの背中にくっきりと靴跡が残っているのを見送りながら、私も作業を再開する。
上履きのサイズは28cmですね。と心の中で呟いたのは内緒です。