生徒会には私の椅子はありません。
前回の続きです。叶歌視点のお話になります。
では、どぞ。
もう一度、言おう。
玲二の、膝の上に座っている木瀬叶歌。――――である。
「何です、叶歌」
副会長は叶歌の頭をひと撫でして柔らかく笑った。穏やか過ぎて逆に、とても薄気味悪かった。
「なあに、叶」
会長は顎に手を遣りながら蕩けるような笑みを浮かべていた。とても神々しかった。
「どうしたの~? かぁちー」
竹岡さんは気の抜けた声で首を傾げていた。食べカスを頬に付けた顔は、とても頼りにはなりそうもなかった。
「うるせぇな、木瀬」
今井戸は視線すら合わせず舌打ちした。ムカついた。後で、今井戸殴る。
「あ、大人しくしていてくれますか? 木瀬先輩」
田中君は邪魔そうにこちらをチラ見して、自分の仕事を続けていた。とても腹立たしかった。
「おい、てめえら揃いも揃って無視かっ。無視なのかっ!! 田中クンに至っては、この苦行を続けろとのたまうかっ!」
ギャースと喚いて暴れた私に、田中君は首を傾げてきょとんと返事をする。
「先輩の椅子は無いですから。お茶は出しましたよね? 会長の朝摘みダージリン」
「座り心地が最悪だよっ!! 美味しいけどもっ」
机に拳を叩き付けて溢れんばかりの気持ちを訴えれば、背中から這いずる様な悪寒が迫って来る。
「ほう……?」
「ひぃぃぃぃっ!? 副会長、腹をっ、お腹を撫でないで下さいぃぃぃっ」
玲二は膝の上の叶歌をぎゅっと抱くと、お腹を撫でて耳元で不穏な声を漏らした。
怖い怖い怖いって!!
「私の膝が不服だと」
「抓ってる、抓ってますっ。ひぎゃあああっ! お肉を捻らないでぇぇっ!!」
更に、叶歌のお腹を抓りながらキラキラの笑顔で囁かれる。笑顔が恐ろしいと感じるのは、気の所為ですよね?
「叶歌? 何度も言ってるでしょう? 玲二先輩、と」
「申し訳ありませんでした。大変素晴らしいお膝の座り心地であります。…………玲二せん、ぱい」
はい、気の所為じゃありませんでしたねー。うん、分かってた。
私の精神はえらい勢いでガリガリ削られていった。せめてものささやかな抵抗として、副会長から身体を目一杯離して机の脚にしがみ付く。その様子を今井戸が妬ましげに睨んでいる。
「木瀬ぇ……」
「何羨ましそうに見てんだ、今井戸ォォ。その緩んだ顔はホモか、顔崩れてるからねっ!!」
隣の熱視線を、私はうっとうしそうに手で払った。そんなに羨ましいなら、変わっておくれよっコンチクショウ!!
「うるせぇっ! 碌に仕事もしない奴が副会長に立て突くんじゃねえっ」
そうは言うが、元々この会議に叶歌は全く関係無い。叶歌は役員では無いのだから。
「あ、副会長。この書類確認お願いします」
二人の言い合いを丸無視して、田中は席を立って玲二に書類を手渡した。
「分かりました」
玲二の方も特に気にした素振りも無く、叶歌の頭の上で書類を受け取った。
「ゴラ。田中くぅん……? 人の頭の上でさらっと話を進めるんじゃないよ」
叶歌が上目遣いで恨めしげに睨めば、田中はしれっと首を振る。
「あ、先輩は見る必要ありませんから」
「何ちょっと親切に言った風に、人の事蔑んでんだ」
口を尖らせた叶歌に、田中は可愛らしく小首を傾げてイイ笑顔を返した。
「――――気付きました?」
叶歌はこめかみを引き攣らせた。
「流石に気付くわっ!?」
まったく、ふてぶてしい後輩である。
「漫才だねぇ」
しみじみと向かいから眺める竹岡さんに、私は懇願する。
「ちょおっ、助けてはくれないの?! 竹岡さんっ」
「え、副ちょーの顔見てみ?」
笑みを浮かべて指差される通りに振り向けば、眩い王子様スマイルが無言で魔王を背負っていた。
笑顔なのに背景が真っ黒である。ゴゴゴと何やら不穏な影すら見えて来る。
「……ですよね」
がっくりと肩を落として項垂れた私に、竹岡さんは両手を合わせて舌を出して謝った。
「命が惜しいんで、諦めてね。かぁちー☆」
「良い笑顔だっ?!」
悪気の無い謝罪に叶歌は今度こそ崩れ落ちる。
「あんた達、好い加減になさい」
叶歌の背に向けて鋭い視線を向けた玲奈に、玲二は叶歌を抱く腕を強めた。
「姉さん」
副会長はむっとして、私を抱き締めている。やめてー、耳に息掛かってるぅぅ!?
「玲二、叶を渡しなさい」
「嫌です」
「……玲二。だ・し・な・さ・い」
指示棒でバチンと、机を叩く。玲二は溜息ひとつ落として、叶歌を膝から下ろした。
「――――――――分かりましたよ」
その長い溜めは、不服を表している。ほっんとーに渋々、渋々だ。ほっとしたのもつかの間、私はヒョイと会長に抱えられる。会長、意外に力持ちですね。
「ああん、大丈夫だった? 玲二の硬っい膝より私の膝の方が良いわよね~?」
そのまま、自然な流れで玲奈の膝に座らされた叶歌は、玲奈に頬ずりされたのだった。
「あの、地面に降り立ちたいです。会長」
私は疲れた声で、懇願した。
「ね?」
無言の圧力に屈した叶歌は、玲奈の膝でぐったりしながら、抱き人形と化した。
会長コワイ。コレ逆らったら駄目なやつだ、絶対。
「ワーイ、カイチョウノヒザ、ヤワラカクテキモチイイナァー。ココロナシカ、イイニオイモスルヨー」
吐き出された言葉は、顎をカクカクと動かして棒読みだった。
三人の役員は、叶歌に哀れな視線を送った。
(目が死んでるな)
(死んでますね)
(ご臨終~)
痛まし過ぎて、大変不満である。
「会長には、流石に手を出せないよね……」
叶歌は遠い目をして、小さな声でいじける。聞き咎めた玲二は真顔で指摘した。
「叶歌、聞こえてますから」
「あっヤベ」
冷や汗を掻いている叶歌をぎゅっと抱き締め、勿論ちゃんと聞こえていた玲奈は、唇を引き上げて笑った。
「ふふふ、ほっんと可愛いわぁ。叶は」