私のパパはストーカーとしか言いようが無いのです。
ひと月お休みして、すみません。今回は三崎視点のお話になります。
では、どぞ。
これは、とある人間の通話記録である。
『もしもし、パパ?』
『ええ、平気よ。同室の子も明るくて良い子だし。生徒会に入っているから頼りになるわ』
『叶ちゃん? 残念だけどクラスは違うの。ええ、でもお昼は一緒に食べたから安心して』
『もうっパパったら、大袈裟よ』
『分かってる。ちゃんと毎週連絡するから』
『パパ、お仕事お疲れ様。一緒に行けなくてごめんなさい』
『ええ、じゃあお休みなさい』
ここで、通話は切れる。まるで父親を敬愛しているような和やかな会話だった。
携帯のボタンを押して、三崎は溜息を吐く。
「はあ……。好い加減子離れしないかしら」
転校初日と言う事で、遠い異国の地で働く父に無事を知らせる。それ自体はごく一般的な親子の会話だ。
けれど、その会話の内容は、三崎にはうんざりするレベルである。
父子の会話は正しくは、こう、だ。
『もしもし、パパ?』
『ああっ!? もしかして、三崎かい? 可愛い私の天使ちゃんかい? 転校先は共学校だから、男嫌いの天使ちゃんには苦痛だろう。変な男に声を掛けられたりしていないだろうね? 本当に天使ちゃんは天使なんだから気を付けなくちゃ駄目だよ? パパ男女交際なんか認めた覚え無いからね?』
もう、この段階で会話を続けるのが困難な心理状態になるのを、三崎はぐっと我慢した。手の中の携帯がミシリと音を立てたのは、この際置いておく。
『ええ、平気よ(パパの頭の中以外は)。同室の子も明るくて良い子だし。生徒会に入っているから頼りになるわ』
『生徒会? ああそうだったっ!! 可愛い天使ちゃんが侵されないように、一人部屋を希望したんだけどね? 空いてないって話だったから。同室の子は特待生だから、下らない嫌がらせなんかしないと思うよ。僕もお仕事一緒にした事あるけどね? マイペースな子だったし。それより、叶歌ちゃんは元気だったかい? 昨日の内に天使ちゃんの事頼んで置いたんだけど……』
テンションの高い父親の声を流し聴きながら、三崎は眉を顰める。朝から叶ちゃんが自分の元を訪れたのは、父親の差し金のよう。予想された応えに、小さく首を振った。
『叶ちゃん? 残念だけどクラスは違うの。ええ、でもお昼は一緒に食べたから安心して』
『そうか。中学も叶歌ちゃんにはお世話になったからね。彼女がいれば安心だ。本当に、叶歌ちゃんが男の子だったらお婿さんに欲しい位だよ。まあ、男の子だったら実際は、近付かせもしないだろうけどね。でもそれ位彼女の事は信頼しているよ。中々僕じゃ天使ちゃんの側にずっとは居れないからね」
『もうっパパったら、大袈裟よ(本当にウザいわね)』
日本に居たら、下手したら本当に四六時中監視されるだろう事が想像するに難くない。女子校時代だって、一時間毎に携帯に安否確認メールが送られて来ていたのだから。それらの拘束は、叶歌が居る事によって一時的に緩和されている。
本当に、叶ちゃんさまさま、である。
『そんな事は無いよ。パパ物凄く心配なんだからね。天使ちゃんがまた誘拐されそうになったらと思うと、ハイジャックしてでも直ぐに日本に帰りたいんだから。ちゃんと、元気で可愛い天使ちゃんでいるか、毎日連絡してくれなきゃ』
『分かってる。ちゃんと毎週連絡するから』
面倒臭くなって、三崎は話を切り上げた。父親は携帯の向こう側から、喚いているが興味は無い。
『ちょ、毎日だ……』
『パパ、お仕事お疲れ様。一緒に行けなくてごめんなさい(いいから、さっさと切ってくれない?)』
おねだりするように、猫なで声で話せば、途端に興奮した声が耳元で叫ばれる。
『――――もうっ!! そんな可愛い声で謝られたら、パパうっかりパソコンのデータ消しちゃったよ。ああ、でも今の声録音させてくれたら、パパ一時間で終わらせる自信あるけどねっ!?』
『(気色悪いわね。もういいわ)ええ、じゃあお休みなさい』
そう言って一方的に話を切り上げた。多少強引だけど、もうどうでもいいわ。
『え、ちょっ切っちゃ駄目ぇぇぇっ!! パパもう少しお話した』
ブチンッ。
耳を離した時、あちらからは泣き出しそうな制止の声が放たれていたが、三崎は構わず通話を切った。耳元でわんわん反響していた声が無くなり、すっきりとする。
しかし、その後に襲って来るのはメールの嵐。五分毎に着信を告げるランプが点滅するのを見て、三崎は電源を切った。
一々相手してられないわ。
ところで、父は世界的な洋菓子メーカーTAKIの社長兼、専属パティシエである。
フランス人で、名前はアンリ・バロー・滝沢。ちなみに母はTAKIの創業者、滝沢航太郎の孫娘で現・代表取締役の滝沢・バロー・湊と言う。
今頃、転勤先のフランスで砂糖より甘い新婚生活をぶり返して、父方の祖父母を食傷気味にさせている事だろう。
反吐が出る程のバカップルである。
これだけ見ると、三崎はハーフの様だが、父であるアンリは元々フランス国籍のハーフでスウェーデン人の血も半分受け継いでいる。
その為、見た目だけは白皙の肌に白金の髪の麗しい王子様のような出で立ちだ。まあ、今は幾分年を取ってナイスミドルと呼ぶのが相応しいが。
だからと言って、三崎がフランス人染みた外見をしている訳では無い。日本人の黒目黒髪、黄色の肌を上手い事混ぜ合わせて、日本人ながらも異国情緒溢れる目鼻立ちを僅かに彷彿させる美少女へと生み出された。あくまで、日本人好きのする『美少女』だ。
それらは、母を愛する父の盲目的な感性により三崎を溺愛するに至る。そして三崎の背後にある大きな肩書きによって、半ば行き過ぎとも言える過保護を生み出してきたのである。
しかし、その父は自覚が無い。
三崎に群がる羽虫共と同じストーカー紛いの事を自分の娘にしている事を。
それを娘は、引いた目で見ているという事実。
三崎は、真っ暗になった液晶を横目に、携帯を充電器に差し込んだ。
朝起きたら、メールボックスが『パパ』の文字で埋まっているだろうけど、それはこの際どうでもいいわ。着信拒否出来ないのは辛いけど、明日になればいつもの通り、ママの叱責により大人しくなるのがいつものパターンなのだから。
うちのママは、世に言う所の『カカア天下』なのであった。
(一々付き合って相手すると、調子に乗るしね)
三崎が父親に対してそんな酷い事を考えている等、海の向こうのパパには知る由も無い。