俺と豊永は同級の先輩。
清澄君サイドのお話です。叶歌ちゃんが好きなのに報われない残念好青年。
これからもあんまり報われない予定です(笑)
では、どぞ。
恐ろしい女が帰って来る。
叶歌の言葉を聞いて、俺は道場に呆然と座り込んでいた。
ついさっきまであった離れがたい体温は何の感慨も無く、この場を去っていった。
「あの魔女が宝英に来るのか……」
俺の苦手な女。叶歌に会いに行くと、絶対に隣にいて有る事無い事吹き込んだり、要らぬ誤解を呼ぶ発言を繰り返す悪魔みたいな女。
それが滝沢三崎という後輩だ。
高校に入って宝英に叶歌が来て、人知れずガッツポーズをしたというのに、あいつは女子高に行ったそうだから叶歌を独り占め出来て至福の一年間だったというのに。
中学どころか同じ道場に通う空手仲間である叶歌は、俺を少なからず慕ってくれている。宝英の空手部員は相手にならないから(たまに相手をしては全員ボコボコにしている)、いつも俺と組手をして、たまに柔道技を教えてやったりして。他の奴らより親しくしている心算だ。
だのに、だというのに……。
「また、あいつに邪魔されてたまるか」
只でさえだ、この春から部長という面倒な仕事を任されて、会える時間が減ったというのに。そしてその元凶である元柔道部長に叶歌は生徒会の雑用として駆り出されているというのに。
「……なんとか、対策を考えねば、ならないか」
渋面を浮かべて、床の木目を睨んだ俺を背に、部員達の声が掛かる。
「部長、そろそろ俺らも上がんないと」
「ああ、じゃあ解散。続きは放課後な」
「っさしたっ!」
そうやって更衣室に消えていく後輩達を見送りながら、俺は再度拳を握り直した。
「あの魔女になんか負けるかっ!」
さしあたって、まずは叶歌の誤解を解かなくてはならない。
何を思ったか叶歌は、自分が滝沢三崎に会いに行く口実に叶歌と親しくしていると勘違いをしている。
大体だ、まず叶歌と俺は小学校からの付き合いで同じ空手道場に通っているにも関わらず、なぜ滝沢目当てだと思われているのか。
「……分からん」
もしや、中学に入って少しは色恋に敏くなっただろうと思い、接触を増やしたが、それが逆効果だったのか?
「それとなく好意は伝えていた心算なんだが……」
いや、あの魔女が有る事無い事吹き込んでいたのは事実だ。その証拠に叶歌が宝英に入ってからの俺たちの関係は極めて良好だった。
これまでの一年間の積み重ねが、滝沢の登場で水泡に帰すのは我慢ならない。一番良いのは思いを伝える事だが、せめてもう少し叶歌が男として意識してくれないと見込みが無い。
「お前、顔馴染みの先輩としか思われてないぞ」
「うおっ。……部長」
後ろから声を掛けてきたのは、留年生で元柔道部長である現生徒会監理、豊永貴礼だ。
「元部長な。叶歌はなー、自分の事には鈍感だし、他人の事にも鈍感だからな」
面白がるようににやにやと笑いながら豊永は俺の肩を叩いた。
「馬鹿にしてるだろ」
「いや、可愛がってるぜ? なんたって清澄の片思いの相手だもんなー? 何年越し? 十年だっけ」
一年先輩とは思えないので敬語を話す気にもなれず睨むと、豊永は俺の頭を掻きまわして撫でた。くそう、うっかり叶歌の事話すんじゃなかった。思わずジト目で睨み付けると、俺は溜息と共に呟く。
「八年だよ」
長いな、我ながら。でも色々、本当に色々な妨害をかいくぐってここまでの仲になったのに。
「ホント長いなぁ。良く我慢してるな」
豊永の感心した声に、俺は肩を落とした。正直、なんとかしたいのは山々なんだが。
「はあ……」
「苦労するなお前。……で、叶歌どこ? 生徒会の雑用頼みたいんだけど」
俺の協力はする気がないらしい。なんで豊永まで邪魔すんだっ!
「知るかっ!」
俺は豊永を力一杯蹴り飛ばし、更衣室に向かった。あいつは当てになりゃしない!




