私は副ちょーの前でも敢えて空気は読みません。
今、私は学園寮を出て、校舎の中にある購買に向かっていた。
何でかって? うん、私のシャツは全部みさちゃんに捨てられちゃったからなんだけど……。
まあ別に、お金に余裕はあるから構わない。これでもプロの書道家だから、色々題字料とか入って来るし、懐自体は三年先まで安泰だ。
でも、それだけが目的じゃないんだな、これが。
「金子副ちょー、います?」
購買のある教務棟玄関口の直ぐ上。二階の角部屋が生徒会室だ。私はそのドアを開けると、挨拶と同時に部屋の中に入り込んだ。
「竹岡か。来たな」
一番奥にある生徒会長の座る机の横で作業するのは、副会長の金子玲二先輩である。
右で分け目を作った柔らかいショートヘアで、長い睫毛の下にある切れ長の瞳がクールな、我が校一の美青年と呼び声高いお人。童話の中の王子様みたいに、頭良し・顔良し・将来性良しの隙の無い全方位イケメンだ。
副ちょーの両親は、彼の上に男を作らず(同類の姉は作った)、彼の下に(結果的に)可哀相な男達を作ってしまった罪深い人間だと思う。ふっ、美しいって、罪なんだぜ……。
「かぁちーは、今日は来ませんよぅ」
私の言葉に副ちょーは、眉を歪めて舌打ちする。悪い顔してるなぁ、黒い笑顔が眩しい。
「報告を」
「はいなー」
黒い笑顔の副ちょーの前で、私は一冊のメモ帳を取り出した。
「今日はウチのクラスに転校生が来ましたよー。副ちょーは知ってると思いますけど、みさちゃんは私と同室になりました。とても嬉しいです!!」
「貴女の感想は聞いてませんよ」
わぁお、ばっさり。でも私はそのまま続ける。
「朝方ウチのクラスにかぁちーが来て、一組の男子生徒数名を回し蹴り。先生に反省文書かされてましたぁ。会計君が尻拭いしてたはずー、どんまい。あと、みさちゃんのファンクラブなるものが創設されてたよー。一応同好会扱いで申請受けてたから、承認は庶務君と……あ~、会計君だねぇ。ちなみにファンクラブ会長はかぁちーです」
「はぁ……。あの子は何をしてるんだか」
溜息吐いてる副ちょー。かぁちーの事、大好きだよねー。
でも毎日生徒会役員に報告させるとか、引くわー。面白いから良いけど。会ちょーも、同じ事頼んで来るからどっちにしろ一緒だけど。うしし、似たもの双子だ。
「後ー、特補室で監りーに頭わしゃわしゃされてたですよー」
ぴくり、と副ちょ―の眉が歪む。
「あの駄目監理……、後で潰す」
エマージェンシー! エマージェンシー!! 逃げてっ、あっ逃げられないんだった。合掌。まあ、私の関係無い所だからいっか。
「今日は、部活に行ったみたいですねぇ。見た所ー、副ちょーの『命令』よりみさちゃんの『お願い』の方が優先順位高いみたいですよぉ? フラれちゃいましたねー、副ちょー」
ふふふ。私は空気を読まないとか巷では言われているけど、敢えて、敢えて(大事な事だから二回言うよっ!)読んでないのだ。これぞ至高なるエアライダー!!
副ちょーの眉間の皺を増やすのも私の仕事なのですっ! なぜなら、渋めのが私の好みだからです。異論は聞きませんっ!! おじ様万歳!
「……明日はどう可愛がってあげましょうか」
副ちょーの含み笑いに背中がぞぞぞっと鳥肌が立つ。顔と性格のギャップやばい。誰だ、王子様とかキャーキャー言ってたの。とんだ詐欺ですよ、慰謝料下さい。
何のって? ほら、あれだよ……精神的苦痛みたいな? いや、言った瞬間死ぬか。――――もう、帰って良いですか?
「もういいですかー? みさちゃんにシャツ買って来いって言われてるんで、長居はちょっと……」
そそくさとドアの側まで下がってそう言うと、副ちょーはにっこりと笑って見送ってくれた。わーい美形の笑顔御馳走さまー。おえっぷ。
「今井戸を呼ぶんで貴女はもう良いですよ、寧ろ消えて下さい。」
もう、愛が怖い。
副ちょーはさぁ、ヤンデレが過ぎるよ。流石の私でも怖いよ。かぁちーには是非とも人身御供になって貰わにゃねー。
この間渡したヘアゴムが発信機だって、――――死んでも言えない。私はこの咎を墓場まで持って行くよ。
ドアを閉めてトボトボと階段を下りる。あ、購買。シャツシャツー、何枚買えば良いんだ? 四枚でいっか。
「おばちゃんー。シャツ四枚頂戴ー」
購買のおばちゃん(年齢的にはお姉さんだけど、ココはイメージ的にそう呼ぶ)に声を掛けると、おばちゃんはこめかみを引き攣らせながら返事をしてくれた。
「おばっ……あいよー、何色にする?」
「ん~、白・白・水色・ピンクで取り敢えずフルハウス待ちでっ」
どうせまた買う事になるだろうしね。私は二千円をおばちゃんに渡した。シャツ一枚五百円なりー。高いのか安いのか微妙だ~。
「まいどっ」
おばちゃんから袋を受け取って私は、玄関口に脱ぎっぱなしのスニーカーを突っかけた。さぁて早く帰ってみさちゃんと、女子トークしようっと。




