私のルームメイトは空気が読めないみたいです。
大変お待たせしました。三崎視点のお話になります。
では、どぞ。
校門の隣にある学園寮の前で、三崎は叶歌と友子の二人と別れた。
「気を付けて帰ってね、叶ちゃん」
「大袈裟だなぁ。いつも帰ってるから大丈夫だよ~」
カラカラと笑う叶歌に、私は笑みを深めた。
折角、叶ちゃんと同じ学校でも校門前までしか一緒にはいられない。手を振りその姿が小さくなるのを見送ると、私は溜息を吐いた。
玄関扉を開けたそこで待っていた寮母のお姉さんは、食堂の椅子に座っていた女子生徒を手招きした。
「あら、貴方が滝沢さんね。ようこそ学園寮へ。ルームメイトを紹介するわね」
「はっじめましてっ!! さっき特別補講室で会ったよね。私、竹岡姫果同じクラスだよ。よろしくねっ!」
そう自己紹介した彼女は、長い髪を片側に寄せて高く結んだ髪型をしていた。明るい茶色に染めた髪が話すたびに揺れている。髪留めは動物の顔のヘアゴムで、それが子供っぽい印象を強調させていた。羽織っただけのシャツから覗く鮮やかなTシャツには起伏が無く、幼児体型の典型みたいな少女だった。例に漏れず身長も三崎に比べて随分小さい。
元気一杯、満面の笑顔で出迎えた竹岡さんに三崎は乾いた笑いを漏らした。
えらくテンションの高い子ね……。
「滝沢三崎よ。よろしくね、――――竹岡さん」
「やだなー、姫でいいよう。みさちゃん」
竹岡さんはそう言うと、私の手を取りグイグイ引っ張っていく。
「お部屋に案内するねー。ずっと一人部屋で寂しかったんだぁ、ルームメイトが出来て嬉しいなっ」
「えっちょ、ちょっと……」
階段を駆け上がるたび、片側に括った髪の毛が目の前でピョンと跳ねる。階段を上って直ぐの部屋を開けると、小柄な体にも拘らず、竹岡さんの勢いに負けて私は部屋に誘導された。
つんと鼻に付くどことなく和風な空気が室内には広がっていた。そこが、私と彼女の部屋だった。竹岡さんは酷くご機嫌な様子だ。
「ベッドと机はそっちのを使ってね。クローゼットは共用だけど、私はあんまり使ってないから気にせず服を入れてね」
竹岡さんは左側のベッドを指さしながらそう説明する。ふむ、結構広いのね。
縦長の部屋の突き当たりには窓。壁の両側には可愛らしい天蓋付きベッドが並ぶ。その脇には勉強机が同じ様に並んでいた。クローゼットは扉の向かいに大きなのがひとつだけ。
「えっと、簡単に私の自己紹介するね。生徒会の書記で書道の特待生なの。この部屋、元々特待生用の部屋なんだ。でもかぁちーは、あっ木瀬さんの事ね。かぁちー寮生じゃないでしょ? だから一年からずっと一人部屋だったんだ~」
自分のベッドに腰を下ろしてそう言った竹岡さんに、私もベッドに座って向かい合った。
成程。特待生は部屋が他の寮生と違うのね。パンフレットには四人部屋と載ってた筈だし、ここは特別なのね。
ベッドの上で跳ねながら楽しそうに笑う竹岡さんに、私は感心したように問い掛ける。
「特待生で生徒会書記なんて、竹岡さんって優秀なんですね」
「えー頭良く見える? ふへへ、私は習字が得意だからってんで書記を任されただけだよ~」
何が面白いのか、竹岡さんはクスクスと笑っていた。大分頭の捻子が緩んだ能天気さだ。お世辞には気付いた様子はないわね。
「そういえば、補講の時間も何か書いていましたね」
思い出したように私がそう呟くと、竹岡さんは目をキラキラさせて声を上げた。
「あれはねぇ、先生に頼まれて校長室に飾る字を書いてたんだよ。もう直ぐある体育祭の案内板とかも色々私の仕事なんだよ~」
「へえ」
よくよく見てみれば、彼女のシャツの袖口には墨汁の染みが滲んでいた。と、いうより袖口は何度も汚れた所為か灰色に染まっている。随分大雑把な性格らしく、汚れを気にするそぶりも見せない。私は鼻を擦る竹岡さんを遠い目で見つめた。
「私一応プロの書道家なの。題字のお仕事で学費を免除になってるんだよ。バイトみたいなものだね」
習字道具を手に取り『みさちゃんにも何か書いたげよっか?』と無邪気に聞いて来る竹岡さんの顔から目を逸らす。
……物凄く、どうでもいいわ。
「……へえ」
乾いた相槌にも、竹岡さんは気が付かないよう。
無邪気な笑顔からは想像出来ないけれど、彼女もまた変わり者の類なのだろう。三崎は心中で嘆息した。
「ところで叶ちゃんは、学校でどんな活動をしているのか、竹岡さんはご存知かしら?」
目の前の彼女には興味が持てないので、私は叶ちゃんの事を聞いてみた。同じ生徒会なら馴染みがあるでしょうしね。しかし、竹岡さんはきょとんと首を傾げた。
「かぁちー? かぁちーはねぇ入学希望者倍増の為の広告塔だね。スポーツ特待は学校の宣伝にもなるし。『居るだけ』で宣伝効果があるから。でも、空手部入ってないでしょ? だから、生徒会の雑用をして評点上げてるんだよ」
詐欺だよねー。と笑う竹岡さんに同意する様に笑う。同じ特待生と言っても叶歌と竹岡さんの待遇には大きな隔たりがあるらしい。歯に衣を着せぬ率直な言葉に三崎は口元を引き攣らせた。
竹岡さんは同じクラスでルームメイト。一日に於いて行動を共にする時間が意外に長い。流石に猫かぶりがばれやすいし、生徒会に入っているから叶ちゃんとも関わりが深い。出来れば仲良くなった方が良いのは分かるけど、話が合うとは思えないのよねぇ……。
さて、快適な寮生活の為に、私はどれ位地を出したものかしら。
「竹岡さんは……叶ちゃんとは、仲良いのかしら?」
窺う様に尋ねた私に、竹岡さんは、たははと頭を掻いて笑った。
「何かねー、仲良くなりたくてお気に入りのくまさんヘアゴムあげたんだけどねー? お気に召さなかったみたい。嫌われてはいないけどねー」
「そ、そう」
その言葉に私は曖昧な笑みを浮かべた。きっと彼女は叶ちゃんに、そのセンスが残念なヘアゴムを強要したのだろう。女の子だから手荒にも出来ずに叶ちゃんが困惑するのが目に浮かぶわ。
「あ、みさちゃんにはコレ、一押しのひよこさんをあげるー。みさちゃん美人さんだから、奮発するよっ!」
そう言って竹岡さんは机の引き出しを漁ると、黄色のヘアゴムを三崎に突き出した。
(い、要らないわよっ! この私がそんな幼稚なの付ける訳ないでしょーっ!!)
怒鳴りつけたいのを抑えて、こめかみをピクピクさせた三崎は、無表情で丁寧に固辞した。
「気にしないで、それは竹岡さんが付けていた方が似合うわ」
「え、そうー? ふへへ照れるよぉ。みさちゃんはかぁちーと一緒で謙虚さんだねっ」
全く空気の読めてない彼女に、私は疲れた視線を送る。それ絶対勘違いだから。
どうやら彼女はポジティブ思考の人種のようだ。如何に社交的な叶歌であっても、人の話を全く聞かない彼女とは心の距離を取っているようで。実は叶歌は意外と、頭の良い分別の付いた人間を好むのだ。その所為か性格のずれた人間に好かれるから困るんだけどね。
緩んだ顔の竹岡さんを眺めて、私は思考を巡らせた。この子なら、ある程度適当に扱っても、勝手に良い方に解釈しそうね。これなら、適度に地を出しても遜色はなさそうだわ。
「嬉しいなー、私の部屋墨臭いって、誰も遊びに来てくれないからぁ」
ほくそ笑み掛けた私は、ピタリと止まる。……い、今、何て言ったかしら? 乙女として聞き捨てならない言葉を聞いた気がするわ。和風な空気っていうか、まんま墨じゃないのっ!!
「あ、みさちゃん。たまに半紙が床に散らばってると思うけど、捨てないでね?」
小首を傾げてこちらを見た竹岡さんに、私は無言で窓を開けた。
「みさちゃん?」
「ここは今日から私の部屋でもあるのだから、墨は片付けて、その汚れたシャツもさっさと洗って来て頂戴。もし、ちょっとでも部屋から墨の臭いがしたら、許しませんよ?」
ギンと思い切り睨み付けたのにも関わらず、竹岡さんは無邪気に笑った。
「綺麗好きなんだ~? うん、善処するね。でも、持ってるシャツ皆墨染み付いてるんだけどなぁ」
呟かれた言葉にブチ切れて、私が竹岡さんのシャツを残らずゴミ箱に捨てたのは、仕方ない事だと思うの。その後彼女を購買に走らせて、新しいシャツをまとめ買いさせたのは言うまでも無いわ。
だって、私まで墨臭くなるなんて許せる訳ないもの、ね。部屋を替わって貰わないだけ、良識的だと思って欲しいものだわ。
でも、そんな私の態度に彼女は、
「何かお姉さんみたいで、頼りになるなぁ」
と馬鹿みたいに笑っていたから、全く通じてないって呆れたけど。




